聖女の首を拾ってしまった

オッコー勝森

文字の大きさ
10 / 64
一章:聖女が日常に組み込まれてしまった

クサビが打ち込まれてしまった

しおりを挟む

「はい! 終わりました! ジャジャーン! ネオ・沐美ちゃんです」
「なんでネオとか付いちゃってんの? 無印でいいんだよ無印で」

 昨日、つまり「播磨くん来店記念日」の閉店時間後のこと。
 メロウ本体はちゃんと帰ってきた。私の部屋の窓から。玄関から入れ、汚い靴で床を踏みやがって。
 分身体を口からニュルニュルと吸収する。左腕がニョキニョキ生えてきた。
 生理的嫌悪感を催す絵面だった。寝れなくなり、サボるつもりだった宿題をやる羽目になる。落書きに等しい愚かな答案を錬成してる間、メロウは部屋の真ん中で、沐美ちゃんに最後の大型アップデートとやらを施していた。
 そして朝になる。結局四時間しか眠れなかった。授業中寝るからいいけど。
 幼馴染と対面する。彼女の顔をまともに見るのは、実に三日ぶりだ。
 とりあえず、見た目は変わってない。一見無印。安心する。

「どこらへんが『ネオ』なの?」
「よくぞ聞いてくださいました!」

 メロウはフンスとふんぞり返る。一気に不安になった。

「聞きたくないけど。聞いとかないと事故りそうだし」

 実は人を食べます!
 とかあると困る。シスター・メロウの胸の駄肉で我慢してもらうしかない。
 スレンダーな自分の胸元を抑える。時代はコンパクト&スマート。
 くっ。

「意識は深層に閉じ込められていて、ほぼトランス状態です。私と、あと大好きな成子ちゃんの言うことならなんでも聞きます」
「普段通りに生活してと命じたら?」
「普段通りに生活します。表面上は。内実は伴いません」
「メロウ。人間性か、人権って言葉に聞き覚えはある?」

 いくら貧乏定食屋の蒸し芋娘を性奴隷にしようとしたからって、この結末はあまりにもかわいそう。因果応報も行き過ぎだ。メロウからはオ◯ホ扱いもされてるっぽいし。学校から帰ってくると、ちょっと変な匂いするもん。一昨日消臭剤を買ってこさせた。
 腕を組む。元に戻せんのか。
 虚ろな瞳を覗き込む。つぶらで可愛らしい瞳を。

 ……へえ。なんでも言うこと、聞くんだあ。

「……にっこり笑って」

 にっこり笑う沐美。

「お手」

 差し出した手に、沐美の手が乗っかる。

「三回回ってワンと鳴け」

 ぐるぐると三回回り、高い声でワンと鳴く。

「お座り」

 スカートの捲れを厭わない、破廉恥な姿勢で床に座る。
 あの、金持ちで、高飛車なところもあった沐美が、私の命令を全部聞く。
 ゴクリ。カチッ。良くないスイッチが、脳内で入った。



「……まあ。おかしくなったのがバレないならいいや」「はい!」
「それで。他にも『ネオ』なところあるの?」
「目からビームが出ます!」
「はい?」
「目からビームが出ます!」

 古典的改造だった。
 沐美と一緒に学校へ赴く。通学路上で「いつも通りにね」と耳打ちした。

「うん。了解。成子ちゃん」「よしよしいい子。お弁当あるから食べて」
「ありがとお。成子ちゃんの料理はおいしいから大好き」

 人間的反応だ。
 まじまじと眺める。ホント、「いつも通り」にしか見えない。けど、あくまで条件反射に過ぎず、表層意識は空っぽなのだそうだ。
 無意味に揺れるツインテール。なんて哀れな。涙を誘う。見てられない。
 ううん。ポジティブに考えよう。そうだ。沐美は命じれば、私の宿題を代わりにやってくれる。いや。もっと画期的なアイデアがある。播磨くんの部屋に、隠しカメラを設置してくれるかも。
 ゲヘヘ。ウキウキ気分で沐美と別れ、自分の教室に到着する。
 隣の御影さんが話しかけてきた。

「機嫌良さそーじゃん。友達と仲直り出来て嬉しいの?」
「まあそんな感じ。宿題写させてー」「ごめん、やってねー」
「ふっ。私の勝ち。私はやったけど全然分からんかった」
「変わんねー。結果変わんねーっ」

 宿題ノートに書いた播磨くん全体像の落書きをお披露目する。「成子画伯じゃん」と褒めてもらった。大満足だ。満たされ、眠気に襲われる。
 宿題を頑張った代償に。
 意識の断絶。起きると昼休みになっていた。袖が涎で濡れてる。捲ると、顎の下敷きになっていた部分が赤くなっている。熟睡してたようだ。
 寝ぼけ目でキョロキョロする。そして、嫌な気分になる。
 クスクス。これだからおバカちゃんは。料理しか出来ないポンコツ。

「………………ふっ」

 料理すら出来ないくせに。それに私は、今朝、優秀な奴隷を手に入れたから。
 自称だけど聖女とトモダチだから。心の中で勝ち誇る。
 陰口を叩いてるのは、ファンクラブのメンバーか、播磨くんガチ勢か。
 御影さんがスクープとか叫んだせいで、私に僻みと嫉妬が集中してるんだ。
 気持ちは分かるが、ヤになっちゃう。奴ら全員のロッカーに、お客さんの残したアジのしっぽを大量投入してやりたい。
 髪をくるくる弄る。立ち上がった。粘着質で黒々とした監視の下、お昼ご飯を食べようとは思えない。保健室横の扉を通り、あの廃車の間に向かった。
 運転席に座る。
 ファンクラブ。播磨琉という少年に焦がれし者たちが集まった、卑俗で下賤な思春期女子の群れ。顔のいい男の子について、情熱と興奮を交えて語り合う、あの爛れたぬるま湯みたいな場所には、もう戻れないんだ。
 サイは投げられた。クサビが打ち込まれた。
 弁当箱を開け、玉子焼きを齧る。

「からっ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
 ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。  これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

処理中です...