聖女の首を拾ってしまった

オッコー勝森

文字の大きさ
20 / 64
二章:聖女の非日常に組み込まれてしまった

「時の回廊」に閉じ込められてしまった

しおりを挟む

「起きてください成子ちゃん」「うーん、あと二時間」
「囲まれてます」

 半目開ける。枕が固い。売り込みの押し相撲に負け、仕方なくメロウの胴体を使ってやったのだが、死後硬直の定めには逆らえない代物のようだ。臭くないのがせめてもの救い。
 上体を起こした。視界がぼんやりとする。目を擦ろうとして、やめた。すぐ側の泉で顔を洗う。シャキッとした。珍しく脳が冴える。
 空は白み始めているけど、まだ暗い。日本より南と考えると、だいたい五時くらい?

「なんかいるの?」「はい。たくさん」
「メロウなら倒せる?」「数が多いです。一点突破して逃げましょう」

 素直に頷き、彼女の背中に乗る。衝撃を感じた。
 中二女子にしちゃ肉付きが貧相とはいえ、人を一人抱えているのに、一足で十メートルは跳んでいる。とてつもない脚力だ。これでも本気は出してないはず。
 目なしのメカニックな怪物と戦った時は、もっとすごかったもん。

「成子ちゃんは、物分かりだけは良くて助かります」
「敵ってさ。この前のと同類でしょ?」「はい」

 木々の向こうに、機械的なボディが現れる。
 メロウは強く踏み込んだ。

「そうです」

 飛び膝蹴りが、怪物の頭に突き刺さる。粉々に砕け、倒れた。
 ヒットさせた足とは反対側で着地する。スライディングしてる間に、ぐちゃぐちゃに潰れた骨なり肉なり、たちどころに再生していく。

「前のよりフォルムが厳ついね。でも脆い」
「旧式なんですよ。古い時代の不発弾です」
「ふはつだん。……黒いヒビから、神、えっと、『時間の神』とやらがこの世界に送り込んできたけど、使われないまま放置された的な?」
「鋭いですね。その通りですよ」

 別の個体を撃破する。メロウの肉体は再びオシャカになった。すぐに綺麗に戻るが。「痛くないの?」と尋ねる。
 あっけらかんとした口調で、「痛いですよ、でもこんなの慣れました」と答えられた。
 腕の力をギュッと強める。
 この自称聖女、何者なんだろう。すべてが謎だ。とはいえ、人類に仇なす悪者ではないかみたいな、疑いの気持ちはない。いい奴とも思わないけど。
 少なくとも二度、街に出現した黒いヒビ。そこから落とされた神の尖兵。今、私たちにちょっかいをかける敵。コウトウムケーというか、クラスで流行ってるというあの「厨二病」チックだ、そうバカにされても仕方ないけど、賢くはない私でも推し量れることが一つある。
 メロウは、「時間の神」に狙われてるんじゃないか。
 あと、彼女が時たま、未韋家に隠れて何かやってるのも知ってる。よく分身になってるし。沐美んち見に行ったら、怪しげな道具でいっぱいだったし。
 この遠出も、旅行というのはタテマエで、メロウの目的を達成するために必要なプロセスの一部なのかも。神とどう関係するかは全然分からんが。
 ともかく、私を連れてきたってことは。

「お手伝い、必要になったの?」「まあ。はい」
「素直に言ってくれればいいのに」「それでついてきてくれました?」
「もちろん。メロウは家族だし」

 目前、かかと落としで容赦なく破壊される旧式の怪物。

「死なない程度なら手伝うよ」「ふふ。死ぬかもしれませんよ」
「じゃあおウチ帰ろう」

 首を絞める。「ぐえっ」と鳴くメロウ。再生系クリーチャーと言えど、苦しいものは苦しいらしい。
 肘がタップされた。

「待ってください。ちょっと待って」「待たん。帰る。余は死にとうない」
「違います、なんか様子が変なんです!」

 急停止した。カンセイの法則で放り出されそうになる。間一髪で押さえてもらった。
 頸動脈への拘束を緩める。メロウは姿勢を低くした。機敏な動きで辺りを警戒する。同調してキョロキョロしてみる。森しかない。

「どうしたのさ」「おかしくない。でもおかしいんです」

 要領を得ない。首を傾げる。
 背中から下ろされた。

「違和感があります」「余の野生のカンはダンマリだけど」
「私、旧型の老兵どもをいくつ倒しました?」
「七か八。数えてなかったし、正確じゃあないよ」「十分です」

 メロウは小さな声で続ける。

「さっき『一点突破して逃げる』と言いましたよね」「うん」
「気配からして、三体ほど倒せばトンヅラコケるはずでした」
「まだうじゃうじゃいそうな感じだけど」
「そうなんです。だから変なんですよ。私のカンが外れるなんて滅多にないんです。成子ちゃんの『野生のカン』とは違って」
「野生じゃないんだから仕方ないでしょ。それに、純粋培養脳みそお花畑日本人女子中学生の中だったら絶対良い方なんだからね」
「底辺争いじゃないですか」
「上位五パーセント以下なんてみんな底辺って御影さん言ってた」「まあねぇ」

 おざなりな返事をしつつ、メロウは地面を物色し始める。エサでも探してるのかと思いきや、木の根元に刺さる尖った石を拾い上げた。

「上位一パーセントの聖女たる私としては、確かめてみなくてはいけません」

 聖女界にもヒエラルキーがあるのか。世知辛いな。

「スマホ使えます?」「充電切れた」「ですよね。ならば」

 メロウは構えて、尖った石をしっかり持つ。斜め上に振った。木の幹に、日本刀で斬りつけたような跡が生まれる。
 すげー。達人だ。
 たまたま近くにいて、斬撃の音を聞きつけたのか、怪物が襲いかかってくる。
 メロウは石を投げつけた。開いた風穴に拳打を見舞う。敵はバラバラに砕け散った。「お~」と拍手する。

「で、何を確かめてるの?」「待ちましょう。しばらく」

 しりとりして待つ。
 十分ほど経つ。「り」から始まる言葉の枯渇に、私の貧弱なボキャブラリーが苦しめられていた頃合いのこと。
 メロウに吹き飛ばされた怪物のカケラが、「カタリ」と動き出す。心臓が跳ねた。「リボン!?」と叫ぶ。まだ生きていたのか。

「成子ちゃんの負けです」

 怪物の破片が宙に浮かぶ。ここから離れていく。彼、または彼女が走ってきた方角へと、滑らかに引っ張られていく。
 呆気に取られるほかにない。肩に手が置かれる。メロウは、先ほど斬りつけた木の幹を指差した。

「あっ」

 跡が消えている。戻ってる。元通りに。
 時間が巻き戻ったように。
 まるで、逆再生ボタンでも押されたかのように。

「そうなんです」

 メロウは首肯する。

「はい。『時の回廊』に閉じ込められました」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
 ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。  これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

処理中です...