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二章:聖女の非日常に組み込まれてしまった
「時の回廊」に閉じ込められてしまった
しおりを挟む「起きてください成子ちゃん」「うーん、あと二時間」
「囲まれてます」
半目開ける。枕が固い。売り込みの押し相撲に負け、仕方なくメロウの胴体を使ってやったのだが、死後硬直の定めには逆らえない代物のようだ。臭くないのがせめてもの救い。
上体を起こした。視界がぼんやりとする。目を擦ろうとして、やめた。すぐ側の泉で顔を洗う。シャキッとした。珍しく脳が冴える。
空は白み始めているけど、まだ暗い。日本より南と考えると、だいたい五時くらい?
「なんかいるの?」「はい。たくさん」
「メロウなら倒せる?」「数が多いです。一点突破して逃げましょう」
素直に頷き、彼女の背中に乗る。衝撃を感じた。
中二女子にしちゃ肉付きが貧相とはいえ、人を一人抱えているのに、一足で十メートルは跳んでいる。とてつもない脚力だ。これでも本気は出してないはず。
目なしのメカニックな怪物と戦った時は、もっとすごかったもん。
「成子ちゃんは、物分かりだけは良くて助かります」
「敵ってさ。この前のと同類でしょ?」「はい」
木々の向こうに、機械的なボディが現れる。
メロウは強く踏み込んだ。
「そうです」
飛び膝蹴りが、怪物の頭に突き刺さる。粉々に砕け、倒れた。
ヒットさせた足とは反対側で着地する。スライディングしてる間に、ぐちゃぐちゃに潰れた骨なり肉なり、たちどころに再生していく。
「前のよりフォルムが厳ついね。でも脆い」
「旧式なんですよ。古い時代の不発弾です」
「ふはつだん。……黒いヒビから、神、えっと、『時間の神』とやらがこの世界に送り込んできたけど、使われないまま放置された的な?」
「鋭いですね。その通りですよ」
別の個体を撃破する。メロウの肉体は再びオシャカになった。すぐに綺麗に戻るが。「痛くないの?」と尋ねる。
あっけらかんとした口調で、「痛いですよ、でもこんなの慣れました」と答えられた。
腕の力をギュッと強める。
この自称聖女、何者なんだろう。すべてが謎だ。とはいえ、人類に仇なす悪者ではないかみたいな、疑いの気持ちはない。いい奴とも思わないけど。
少なくとも二度、街に出現した黒いヒビ。そこから落とされた神の尖兵。今、私たちにちょっかいをかける敵。コウトウムケーというか、クラスで流行ってるというあの「厨二病」チックだ、そうバカにされても仕方ないけど、賢くはない私でも推し量れることが一つある。
メロウは、「時間の神」に狙われてるんじゃないか。
あと、彼女が時たま、未韋家に隠れて何かやってるのも知ってる。よく分身になってるし。沐美んち見に行ったら、怪しげな道具でいっぱいだったし。
この遠出も、旅行というのはタテマエで、メロウの目的を達成するために必要なプロセスの一部なのかも。神とどう関係するかは全然分からんが。
ともかく、私を連れてきたってことは。
「お手伝い、必要になったの?」「まあ。はい」
「素直に言ってくれればいいのに」「それでついてきてくれました?」
「もちろん。メロウは家族だし」
目前、かかと落としで容赦なく破壊される旧式の怪物。
「死なない程度なら手伝うよ」「ふふ。死ぬかもしれませんよ」
「じゃあおウチ帰ろう」
首を絞める。「ぐえっ」と鳴くメロウ。再生系クリーチャーと言えど、苦しいものは苦しいらしい。
肘がタップされた。
「待ってください。ちょっと待って」「待たん。帰る。余は死にとうない」
「違います、なんか様子が変なんです!」
急停止した。カンセイの法則で放り出されそうになる。間一髪で押さえてもらった。
頸動脈への拘束を緩める。メロウは姿勢を低くした。機敏な動きで辺りを警戒する。同調してキョロキョロしてみる。森しかない。
「どうしたのさ」「おかしくない。でもおかしいんです」
要領を得ない。首を傾げる。
背中から下ろされた。
「違和感があります」「余の野生のカンはダンマリだけど」
「私、旧型の老兵どもをいくつ倒しました?」
「七か八。数えてなかったし、正確じゃあないよ」「十分です」
メロウは小さな声で続ける。
「さっき『一点突破して逃げる』と言いましたよね」「うん」
「気配からして、三体ほど倒せばトンヅラコケるはずでした」
「まだうじゃうじゃいそうな感じだけど」
「そうなんです。だから変なんですよ。私のカンが外れるなんて滅多にないんです。成子ちゃんの『野生のカン』とは違って」
「野生じゃないんだから仕方ないでしょ。それに、純粋培養脳みそお花畑日本人女子中学生の中だったら絶対良い方なんだからね」
「底辺争いじゃないですか」
「上位五パーセント以下なんてみんな底辺って御影さん言ってた」「まあねぇ」
おざなりな返事をしつつ、メロウは地面を物色し始める。エサでも探してるのかと思いきや、木の根元に刺さる尖った石を拾い上げた。
「上位一パーセントの聖女たる私としては、確かめてみなくてはいけません」
聖女界にもヒエラルキーがあるのか。世知辛いな。
「スマホ使えます?」「充電切れた」「ですよね。ならば」
メロウは構えて、尖った石をしっかり持つ。斜め上に振った。木の幹に、日本刀で斬りつけたような跡が生まれる。
すげー。達人だ。
たまたま近くにいて、斬撃の音を聞きつけたのか、怪物が襲いかかってくる。
メロウは石を投げつけた。開いた風穴に拳打を見舞う。敵はバラバラに砕け散った。「お~」と拍手する。
「で、何を確かめてるの?」「待ちましょう。しばらく」
しりとりして待つ。
十分ほど経つ。「り」から始まる言葉の枯渇に、私の貧弱なボキャブラリーが苦しめられていた頃合いのこと。
メロウに吹き飛ばされた怪物のカケラが、「カタリ」と動き出す。心臓が跳ねた。「リボン!?」と叫ぶ。まだ生きていたのか。
「成子ちゃんの負けです」
怪物の破片が宙に浮かぶ。ここから離れていく。彼、または彼女が走ってきた方角へと、滑らかに引っ張られていく。
呆気に取られるほかにない。肩に手が置かれる。メロウは、先ほど斬りつけた木の幹を指差した。
「あっ」
跡が消えている。戻ってる。元通りに。
時間が巻き戻ったように。
まるで、逆再生ボタンでも押されたかのように。
「そうなんです」
メロウは首肯する。
「はい。『時の回廊』に閉じ込められました」
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