32 / 64
二章:聖女の非日常に組み込まれてしまった
血を抜かれてしまった
しおりを挟むその夜は結局、すぐに寝た。メロウから逃げるのやら短刀の練習をしていたやらでほとほと疲れてたから、三十分ほどのナイトフォレストウォーキングで、足の筋肉が言うことを聞かなくなった。クウィン軍団との戦いで、メロウもちょっとは体力を削られていたらしい。子供みたいな「もーつかれたー。あるけないー!」という文句に、「はいはい」と素直に応じてくれた。
夢は見なかった。目覚めスッキリ気分爽快。森の固い地面で眠るのに慣れた感がある。私は意外と、「適応力」ってヤツに優れてるのかもしれない。
季節は冬というに、森の惠みは充実していた。食べられそうな木の実を集め、メロウに毒味をさせてから、私もお腹を満たす。あまり美味しくはない。
お腹を壊さないことを祈る。
「じゃあ行きますか」「ねえ」「はい」
「メロウが探してるムシとやら。森の奥地にいるらしいけど、森の奥地のどういうところにいるの? 木の根元? 水場?」
「水場です。濡れ場です。それも、水の組成が人の血に似た」
「そんなのがあるの? 血の池地獄?」
「この森の、それも奥深くでしか見られません」
珍しい場所にのみ生息する幻のムシの回収任務。探検家気分になる。やる気が出てきたかもしれない。腕をぐるぐる回す。
「あれ? お父さんとお母さんには、二日の旅行って言ったんだよね? 多分、二日以上たってるよね? 大丈夫かな」
「基本は二日の予定でしたが、一週間はかかるかもとも言ってあります。もちろん許可はいただいております。快く」
「娘の貴重な冬休みをなんだと思ってるんだろ、あの脳みそお花畑ども」
クーデターを起こして、今すぐ「まだい」を乗っ取ってやりたくなった。
専用ウェポンも手に入れたことだし。現役JC店長になって、SNSの話題をかっさらってやる。
「やだなあ。成子ちゃんも結構お花畑でしたよ。出会ったばかりの頃」
「もう成長したんだよ。アンノンと生きることの罪深さを理解したの。この世の闇に触れたからさ。知ってる? 聖女を自称する再生系クリーチャーの悪霊ホムンクルスに最近つきまとわれてんだけど」
「そんなのがいるんですか? 恐ろしい世の中になりましたね」
自覚持て。はらいたまえきよめたまえ。世界を平和にするために、定食屋の店長兼エクソシストになる必要がありそう。
とりあえず進む。映画館のスクリーンで見たら気圧されそうな、朝の清々しい緑の森は、相変わらず足場が悪い。太い幹を手すり代わりに、なんとかメロウについていく。足が太くなっちゃいそうだ。元々、チビで細めの中二女子にしてはかなりガッシリしてる方だけど。
定食屋は体力が大事。筋トレは欠かせない。バランスボールを購入する前、メロウがやって来たあたりからほぼ毎日、腕立て腹筋背筋スクワットを各二十回にプランク三十秒をこなしている。テスト前に行われた運動力テストで、女子の中でのトップに躍り出た。まだイケる気がする。次は男子の一位抜く。
数国理社英は相変わらずだが。学業はほぼビリ。
くっ。
「あいたっ」「っ。大丈夫?」
前を歩くメロウがコケた。反射的に、慌てて側に寄る。膝を擦りむいたようだったけど、持ち前の再生能力で即座に完治した。
「このくらいならまったくもって問題ないですよ」「知ってるけどさ」
「気を取り直してレットイットビーです」
「メロウにありのままでいられると困るよ。お行儀よくしてないとただのモンスターなんだから。レッツゴーでしょ。英語が百点満点中アラウンド30点な私でも分かる。ねえ。さっきからちょくちょく躓いてるけど、疲れてるの? 足元がおろそかだよ」「いえ。ちょっとね」
メロウは曖昧に答える。
「上が気になるものでして」「上?」
見上げる。この森には、空飛ぶドラゴンでも生息してるのかな?
「気にしてるのは、太陽の軌道ですよ」
「へえ。上ばかり気にしてると、いつか足元すくわれるよ?」
「はは。まさか、成子ちゃんに人生アドバイスを受けるとは」
「最下層の住人として、人の足元コシタンタンと狙ってるから」
「最悪ですね」
チャンスがあれば、友達の足を引っ張り、成績を私レベルまで下げてやろうと思ってる。面白いラノベマンガゲームを紹介したり、料理に興味を持たせたり、あの手この手で勉強させないように誘導する。
ようこそゴミのはきだめへ。仲良くしようぜ。先輩の命令は絶対だかんな。
「最悪ですね」
二回も最悪と言われてしまった。
でも今のところは、一度も成功したことがない。残念ながら。そりゃあちょっとは下がるのだけど、そもそもとして、私の成績が深淵すぎるのである。
くっ。
昼ごはん休憩の時も、メロウは頻繁に上を眺めていた。どこか上の空だった。
移動再開五時間後、暗くなってきた頃合い、ついに目的の泉に到達した。成分が人の血に似てると聞いてたから、さぞかし赤いのだろうと予測してたが、普通に透明だった。底まで見通せる。
ただし鉄の匂いがする。
メロウは服を脱ぎ、マッパになってザブザブ入っていく。ヌメヌメとした岩の表面を真剣に眺め始めた。体育座りで待つ。やがて立ち止まり、どこからか取り出した器具を用いて、ゴシゴシと岩を削る。削り取った岩の欠片を、どこからか取り出した試験管に入れた。
戻ってくる。服を着て、手を消毒してから、注射針を持つメロウ。
「チクッとしますよぉ」
採血される。献血レベルで持っていかれた。神聖なる成子ちゃんの赤い液体は、すぐ試験管にぶち込まれた。軽くふり混ぜる。
「これでよし」「もう遅いけど。ここがキャンプ地?」
「いえ。帰ります。飛んで」
驚く間もなく、メロウが服の内側に縛り付けられる。ふわりと浮いた。
ひゅん、と飛ぶ。
「え? え? ちょっと。展開早いって」
「『時の回廊』にハメられてから、邪魔がありませんでした」
低い声で短く言う。
「そして太陽が、十二月にしては高く昇っています。嫌な予感がします」
まさに高速飛翔。一時間弱で、旅行の最初に足を運んだ、小さな街に到着した。
命の気配がない。微妙な腐敗臭。皆が皆、地面に倒れ伏している。
明かりで照らしてみると、苦悶の表情を浮かべていた。喉や口元を強く抑えている。突然呼吸が出来なくなったらしい。ピクリとも動かない。
死んでる。
誰一人として、生き残っている者はいなかった。
つまり、全滅していた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記
ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。
これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。
設定
この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。
その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる