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三章
こちょこちょされてしまった
しおりを挟むお菓子だけおいて、倉巳さんは42号室、つまり播磨家の隣へと向かう。バタンと扉が閉められた。リビングの机を三人で囲む。
「怖かった……」「ん?」
ボソリとつぶやく播磨くん。ヒザをギュッと抱える。背中をなでてあげたくなるかわいさだ。グッとこらえて、代わりに問う。
「ひとと話すのが、怖いの?」
ストーカー業をくり返し、そうだというのはすでに知ってる。播磨くんはかなり人見知りだ。でも、まるで今気づいたばかりかのような口調で言う。疑う様子もなく、彼はコクリとうなずいた。
「初対面の人と、話すの苦手。でも……」「でも?」
「それだけじゃなくって。なんかあの人自体も、怖くて」
メロウと顔を見合わせる。ちょっと幽霊っぽいし、不気味な感じはあるものの、怖いとは感じなかった。
ああいうタイプに後ろから驚かされたら、さぞや恐ろしいだろうけど。
「怖いというか、得体が知れないというか。少しメロウさんに似てる……」
「心外ですねえ。権利の侵害ですよ」
上手いことを言ったみたいにドヤ顔するメロウ。二つ目の「シンガイ」は漢字が分からず、ギャグとしての価値がイマイチつかめない。
「メロウはエタイが知れないどころか、人間かどうかも知れない」
「そうなの? 宇宙人なの?」「いえ。人間です」
「メ、メロウさんと似てると言っても、ほんのちょっと、だけですから。倉巳さんの方が、もっとやばい。もっと、おどろおどろしい」
「それって、私からもおどろおどろしさを感じるってことですか? あぁん?」
「ひぇっ!?」「どうどう、どうどう」
はがいじめにしてメロウを押さえる。
自称聖女の再生系クリーチャーホムンクルスの悪霊におどろおどろしさを感じるなって方が無理あるでしょ。あんたは思春期の子どもには悪い影響のある十八禁的存在なんだから、ちゃんと自重しなさい。
みたいなこと言ったら矛先が私に向いて、めっちゃコチョコチョされた。やり返す。倍返しされた。だったらこっちは百倍返し。
もうランチの時間と言うに、すさまじい運動をしてしまった。
「はあ、はあ」「はああ……お腹すいた」
起き上がれない。
「カ、カップラーメンあるけど、食べる?」「うん」「はい」
ポットに水道水を注ぐ播磨くん。「ウイルスの治療薬」と言って、念のためムシエキスを渡しておく。
寝転がって二分ちょい、呼吸が落ち着いてきた。ふと冷静になる。
口を開いた。
「倉巳さんがマッドサイエンティストのパシリかどうかは分かんないけど、でも、引っかかるところもあるよね」「なんでしょう?」
「かなりコミュ障っぽかったのに、なんでひっこしのあいさつ回りなんてしたんだろ。昔ならともかく、今はそうゆーの、それほど求められたりしないよね?」
「……あっ」「どうしたの?」
「いえ。私にはない着眼点だったなと。その通りですね」
フワリと上体を起こすメロウ。アゴをさする。
「さっきの手からの推察といい。成子ちゃんって、案外よく物事を見てますよね。逆に私は、視野が狭くなってますね。短絡的になってる。まさか、いつも赤点の成子ちゃんにそれを教えられるなんて」
「毎回、赤点はギリギリ回避してるから。全教科で火の輪くぐり成功させてますから。将来はサーカス団の団長にもなれそう」
「団長が芸するんですか?」
皮肉げに言いつつ、メロウは立ち上がった。椅子に座る。キッチンの播磨くんに聞こえぬよう、小声で語り始めた。
「『時の回廊』に閉じ込められたのが、十二月二十六日。クウィンの軍団をぶっ殺し、脱出して蟲を捕まえ、再びこの街に戻ってきたのが、死体の腐敗具合からして一月十日あたりでしょうか。未来に帰るためのタイムマシンを準備していた私の選択肢は、時間遡行しかありませんでした」
「で、タイムマシンは壊れてしまったと」
私も起き上がり、横に座る。
「はい。クリスマスの日に戻ってきて、ピリピリしてるところについ成子ちゃんのストーカー団体と関わってしまって、そして今、みそかと大みそかには、これ見よがしに怪しいエサに惑わされてます……」
「あの」
二つのカップラーメン(同じ種類)が、私とメロウの前におかれる。フタを開けると、鼻くうと食欲をくすぐる暴力的な香りが届いた。
「出来ましたけど。えーと。その、欲しいトッピングとか、ありますか?」
「ゆずコショーある?」「! うんっ。あるよ成子ちゃん!」
うれしそうにキッチンへと舞い戻る。子犬みたい。「はっはー。ベタ惚れされてるじゃないですか」「ホント? ホントにそう思う?」念押しの質問には答えず、ただ肩をすくめてから、メロウは唇をゆがめる。
おもしろくなさそうに。
「踊らされてないでしょうか、これ。転がされてないでしょうか、掌の上で」
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