57 / 64
三章
思い出してしまった
しおりを挟む暗く静かな廊下にポツポツ落ちる、生々しい血コンをシルべとして歩く。
「ナンシーちゃーん、どこお? 忘れ物だよお!」
先ほど斬り落とした左腕を、ぷらんぷらんとかかげてみた。切断面から血が飛び散る。
舐めてみた。まずい。手のひらを眺める。飾り気はないものの、爪はきちんと手入れされ、全体として清潔だった。
さすが、ウイルスを扱うサイエンティストなだけはある。
「片方だけで研究とか出来るのかなあ? まだくっつくかもよ。希望を捨てちゃあいけないよ。取り返しにきなよ。ねえ。ナンシーちゃあぁぁぁあん!」
呼びかける。返事はない。足元の血コンが途絶えた。人体そのものに神秘性を感じるタチではない私、左腕を放り出す。
なんとなく、両手で短刀を構えた。リズムに乗って刀に尋ねる。
斬るべきお肉はどっちでしょう♪
刀は答える。あっちだよ。ふむふむ、そっか。にっこりする。
料理する時、包丁の言うことはずっと信じてきた。だから、刀の言うことも信じる。
さすがに殺すのはまずいよね。心臓をやってみたい私の本心をくんでくれるのはありがたいけど、ちょっと狙いをズラして。
刀はやれやれと肩をすくめる。もう、仕方ないなあ成子ちゃんは。
心おもむくままに舞い、短刀を振るう。ブシュッと血が弾けた。顔にあったかい体液がかかる。
悲鳴がとどろいた。泣きわめき、必死に逃げるナンシー・レイチェル。背中を広く斬ってやったはずなのに、まだ動けるらしい。浅かったかもしれない。でも内臓や背骨までやっちゃうと、死んじゃう可能性が跳ね上がるしなあ。
どうやったら人って動けなくなるんだっけ? え? 足?
「そうか。足のどっちか、もらってあげればよかったんじゃん」
「う、うあああああああああああっっ!!」
行き止まりに追いつめられたナンシーが、隅に置いてたバットで殴りかかってきた。片腕だからか、バランスが悪い。簡単によけられる。
空振ったバットは壁にぶち当たり、破壊した。思ったよりも力は強い。
壁に埋め込まれたバットを抜こうとするナンシー。そのスキを突き、足の関節を狙って斬撃を放つ。ジャンプでかろうじてかわされた。その勢いでバットが取れる。
「があああああああああああああっ!!!」
気合十分。至近距離で、バットが上から振り下ろされる。彼女のヒジに、柄の頭を打ちつけた。途端に握力が弱まり、バットはスポンと後ろに抜ける。
満を持してナンシーの右足を斬った。倒れ伏し、汚い絶叫を上げる。
「うぎゃっ、ああああっあああああっ、っぎゃああああっ!??」
「なにそれ。おもしろい顔。イ◯スタにアップ出来ないのがざんねーん」
カンに従って、残った手足の付け根に切り込みを入れる。ナンシーは動けなくなった。血と一緒に体力も流れ出たのか、やがて叫び声も止まった。英語らしき言葉をぶつぶつとつぶやくだけだ。神に祈ってるのは分かる。
「日本には、信じる者は足をすくわれるってジョークがあるよ」
“No..., no...”
「血が足りなくなって死ぬのって、私のせいじゃないよねえ? 死ぬ前に答えて。悪魔はどこにいるの? 日本語でお願いね」
「知らない……知らない……少なくともここじゃない……」
ナンシーは、弱々しく首を振る。
じゃあバイバイ、と言って立ち去ろうとした。
ふと止まる。んー、と考える。放っといたら死ぬだろうけど。
刀を握る手がウズウズする。引導を渡してあげたい。具体的には、心臓と、首も斬ってさし上げたい。でもガマン。ガマンしろ未韋成子。「時の回廊」で、メロウをさんざん止めたじゃないの。
人殺しは、ダメ。倒されるべき悪になっちゃうから。そう言って止めたのに。
あれ。倒されるべき悪ってなに? 人を傷つけた時点で悪じゃない? なんで殺すのはダメなの? 致命傷を負わせるのと殺すの、なにが違うの?
血だまりが、月明かりによく映える。おかしな線引き。なんだろう。
私が人を殺したくない理由って、ホントにそれなのか?
カタッ。
後ろから音がした。振り向き、直ちに走る。音の主に刀を突きつけた。現場を見られた。生かして帰せない。
「成子ちゃんに殺されるのなら、まったく本望って言うものじゃあないか!」
生きるか死ぬかのハザマにもかかわらず、気持ち悪いくらいに嬉しそうな声音だった。
聞き覚えがある。暗くて顔は見えないが。姿勢を変えずに呼びかける。
「佐伯さん」「やあ成子ちゃん」「ここどこか分かります?」
「さあ……。気づいたらここにいたんだ。外の車で眠ってた」
悪魔に操られてただけっぽいな。刀を少し引く。
月光に照らされる、死にかけのマッドサイエンティストの方向を眺めて、佐伯さんはイキイキと言った。
「親衛隊の方で処理しとくよ。バレないように」「え、いいの?」
「もちろん。これが二回目だ。もちろん、何度でもやるけどね」
「…………………………………………にかい、め?」
バクン。
心臓が跳ねた。
左手で、左胸を、ワシヅカミにする。
二回目。二回目? コドウがどんどん激しくなってく。それってつまり、一回目があったってことだよね?
頭が割れるように痛い。おかしくなった播磨くんの首断ちがフラッシュバックしてきた時にも、似たような痛みにおそわれた。
ずいぶん昔に封じたはずの記憶が、脱獄しようともがき暴れる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………あ?」
いつの間にか私は、ナンシーの側で、短刀を振り下ろしていた。生首がゴロゴロと転がり、佐伯さんの足元で止まる。
刃の血を払った。命を完全に絶った実感が、じんわり体を温める。
思い出した。
「成子ちゃん。けっこうなお点前で」
ほめられた。銀の刀身を、キレイな月の光に浴びせる。刃に映る自分の表情は、これまで生きたどんな時よりも――料理を作っている時よりも、圧倒的にかがやいていた。
ああ。そうだった。
「播磨くんのお母さん、殺したの私じゃん」
播磨一家の来店をきっかけに、播磨くんとちょっと仲良くなって。そしたら彼の母親に目をつけられて。ウチの子に近づかないでって口論になって。
ナイフでメッタ刺しにしてやって。
気持ちよくなって、快感すぎて、依存しちゃいそうで、でもこんなことするのは良くないって分かってて。だから、封印しようとしたんだ。
全部丸ごと。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記
ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。
これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。
設定
この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。
その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる