魔法俳優

オッコー勝森

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演じる対象への理解

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「むずい……」

 授業始まって二日目は、午後七時で解散となった。昨日とは別のテーマが提示され、再び互いに互いを演じようとしたが、やはり出来た気がしなかった。鏡を用意してもらうも、気持ち悪さは増すばかり。違和感がドロドロ渦巻く。オレとメルでは、何もかもが違う。性別も、考え方も、運動能力も。
 無理筋だ。どうやってオレがメルを演じろというのだ。ただでさえ素人なのに、不可能だろ。しかし、出来ない理由を考えてもイライラするだけだ。もっと根本から見直せ。もしかしたらオレは、「演じる」という動詞の意味を分かっていないのかも。もっと掘り下げるべきなのか。義兄さんからもらった本に、考察とか書いてあったっけ?

「大丈夫ですか? 悩んだような顔してますけれども」

 レノに話しかけられる。オレは今、彼女たちの劇団が根城としている部屋に来ていた。メンバー入りの打診を承諾してしまったからだ。コスタスさんとサージェント先生には話してある。「いいね!」と、両者ともに好意的な反応をくれた。
 五時半から練習が始まる。オレも参加する。一先ずは見学になりそうだが。十五分前、レノ以外はまだ誰も来ていない。

「ああ。悩んでる」「素直ですね。どうして?」
「互いに互いを演じてみようという課題が出されて。でも、演じる相手のタイプがオレと全然違くて。オドオドした感じの女の子」
「なるほど。人間という共通点しかなさそうです」
「だろ? 彼女『らしさ』らしきものは、だんだん掴めてきた気がするんだけど……上手く演じられないんだ。体が頭に追いつかない」「ふむふむ」

 レノは頷き、考え始める。

「そうですね。ラキさんは、恥ずかしさを捨てきれていないのではないのでしょうか。そうだとしたら、分かります。『自分とはかけ離れた自分』になろうとしても、変に冷静な自分が、冷や水を浴びせかけてくるのです。打ち克つには、とても大きな勇気が必要です。特に、ふふ、弱気な女性を演じるラキさんなど、想像すら難しいですからね。笑いが込み上げて」
「笑うな。オレは頑張ってるんだ」「知っていますよ。応援してますから」

 応援してくれてるの? 嬉しい。トゥンクと来ちゃった。
 レノの言うことは正しいと感じた。メルを演じる時に覚える心の定まらなさは、大きく恥ずかしさに起因する。「こんな自分はなんかイヤだ」という、マイルドな拒絶反応。故に動きがぎこちなくなる。
 演技を通じてアリに告白した後も、凄まじい羞恥を感じた。
 恥ずかしさを乗り越えるには、勇気が必要らしい。勇気とは? 理解不足を感じる。概念としてはもちろん知っているが、思えばオレは、たとえ人生の節目であっても、勇気なるものにあまり頼ったことがない。押されて踏まれて、ここまで来た。
 戦場で生きた人間を殺す時も、重要なのは勇気でなく、「いかに心を殺せるか」だった。そうだ。心を殺せば、恥ずかしさも無視出来るのではないか?

「ラキじゃん」「ジャック」

 後ろから呼びかけられた。振り返って応じる。マリアもいた。
 さらに二人の女子が来て、五人で練習が始まった。赤毛の子に椅子を勧められたが、立ち見を希望する。塾の疲れで、座ってたら寝ちまいそうだ。
 路上演劇をやっていた時、裏方含めてあと十人はいたはずだが、彼らはただのヘルプだったのか? 全員がそうではないだろ。サボってるのか、他の用事が忙しいのか。

「今日はとりあえず、雰囲気だけでも感じ取っていただければ」
「他のメンバーは?」「気が向いたら来るでしょう」
「あの女子二人の名前を教えてくれ」「赤毛がリーン、茶髪がミーナです」
「ありがとう」

 ジャックが手を叩き、注目を集める。

「今日は社交クラブの一幕をやってみよう。映画のシーンを参考に」

 社交クラブ。姉と住んでた街にもあった。文字通り「社交」を目的として集まるとする名目の、会員制の団体だ。が、実質、男女の出会いの場として利用されていた。クラブの会員が若い男女を集めてパーティを主催するのだ。
 ずいぶんと頽廃的なテーマじゃねえか。いや、都会では社交クラブのあり方が違うのか? 様子を眺める。魔晶壁スクリーンで映画のシーンを確認したのち、彼らは速やかに配置に付いた。
 机の左側にマリア・リーン・ミーナ、右側にジャック・レノ。ただしレノは男装している。女性対男性の構図。完全に、男女の出会いを目的としたセッティングだった。茶髪の少女ミーナの魔法によって、照明の光度が落とされる。
 話し始めた。

「あら。飲み物に氷が入ってないわ」「少し蒸し暑いのにね」「良ければ僕が作ろうか」「三人分?」「そうだな。一つは、彼にも任せよう」「どうせなら勝ち負けを決めようじゃないか。どちらの細工が美しいか」「面白い。勝った方が二つ目も作れる」「判定は、お嬢さん方に委ねます」「ええ、フェアに」
「まあ。素敵なイルカね」「こちらの花は、風に吹かれて揺れているようだわ」「持ち帰って部屋に飾りたいものだけれど」「いっそ、刹那のうちに溶けてしまえばいいのに」

 芝居の掛かった会話だが、芝居と分かって見ているからか、気障ったらしくは感じない。汚れたクラブの下俗な会話と比べると、とても上品だと思う。
 が、どういうわけか、地に足のついてなさというか、雰囲気との不和とも言うべきものを覚える。なんだろう。
 ああ、そうか。全員、飲み会の意義をイマイチ理解していないんだ。特にジャック、本当に、かっこよさげな「大人」らしき会話に酔っているだけだ。言葉に込められた裏の意味、男女の機微を、汲み取ろうともしていない。レノですら。
 彼らは演技を楽しんでいる。同時に、子供がはしゃいでいるだけなのだ。演じる対象への理解が疎かな時、演技は幼稚に見えるのか。

「次は何しようかな」
「ねえ。『測量卿ヒースの恋愛検定』最新刊に面白い場面があるんだけど」

 ミーナの提案。レノが嬉しそうに返す。

「とても興味深い小説ですよね。キャラクター同士の関係性が好みです」
「最近人気のヤツだ。妹に勧められて僕も読んだ。主人公のノッポな友人、少しラキに似てないか?」

 オレの名前が出てきた。ジャックの言葉に、レノも「確かに」と頷く。キャラの特徴を尋ねた。
 背が高く、体を鍛えており、金髪で、言葉遣いがちょっと乱暴。表面的には似ている。指摘はされなかったが、若干好色な所もだ。イタズラ好きや魔法が苦手など、異なる部分もたくさんあるけど、感情移入はしやすいかもしれない。
 名前はバン。

「オレも読んでみようかな」「貸しますよ」「ありがてえ」

 まとまった文章を読む練習にもなりそうだ。
 バンに関する情報が続く。主人公ヒースの友人にして、ヒースの弟とは親友のようだ。ヒースの弟は、背が小さくひよわ、白髪はくはつで、かつ臆病な少年だと言う。バンとは真逆だ。

凸凹でこぼこコンビというわけです」「懐かしいな」「え?」
「昔を思い出した。オレにもいたんだよ。チビでザコで白い髪の、大事な友人が。ほんの一ヶ月だけの付き合いだったけど。楽しかったなぁ……」

 青く茶色い街で過ごした日々が甦り、ノスタルジーに浸る。少年クーの顔は、もう朧げだ。
 オレが俳優になって、魔晶壁に映ったら、見つけてくれねえかな。

「ラキはんと比べたら、誰でもチビやと思うけどなあ」
「昔は、周りより頭ひとつ分は背が高い程度だったよ」
「私の言った面白い場面、バン君も出るよ。ラキ君、やってみる?」

 ミーナに誘われ、台本ありで演じてみた。元のキャラが近いからか、やっぱり入りやすい。メルを演じるよりは、ずっと上手く出来たと思う。
 しかし、アリへの告白ほどの冴えは出なかった。
 悔しくて唇をかむ。大通りで見かけたあの天才には、程遠い。
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