魔法俳優

オッコー勝森

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ネルとサミュエル

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 引越し用のマジックボックスが、ようやっと一つ消えた。

「ふ~。入学式までに終わるのかなぁ」

 マジックボックスはまだ四つある。窓の外を覗けば、すでに暗くなり始めていた。ため息が出る。こんな大変な作業、なんで一人でやらなきゃいけないんだよぉ。学校側も、お手伝いさんとか用意してくれればいいのに。
 日没に連動してやる気が消えていく。備え付けのベッドに寝転がり、いの一番に出した二つの写真立てを眺める。一枚目、お父さんお母さん、小さなボク。五年前にお母さんが死んだ時はとても悲しかったけど、もう折り合いはつけた。二枚目、お父さん、ボク、そして、つい最近出来た義弟。ラキ。彼の方が圧倒的にデカいから、弟感はまったくない。でも、心は、彼を家族として認めている。
 ラキがすごくいい奴だってのもあるけど、やっぱり顔がボクと似てるし、パパとはもっと似ているから。でも誰よりも、パパの兄、つまり伯父さんとよく似ている。伯父さんは、結婚しないまま戦死した。とはいえ、ミナスの外で子供をもうけていても不思議じゃない。邪推は良くないだろうけど。
 聞けば、二年半前に戦争が終わるまで傭兵団に所属しており、その後は寂れた街を根城に狩人として暮らしていたよう。想像もつかないほど過酷な人生。

「あいつ、いるだけで生命力すごいもんなぁ」

 俳優の才能はともかく、めっちゃモテそう。生物の授業で習った。メスはああいうのに群がるんだ。この世に厳として存在する格差には、まったく、呆れるより他はないね。

「続きをしないと」

 二つ目のマジックボックスを開く。たくさんの小説が入っていた。単に趣味で買ったもの、資料として買ったもの。
 部屋に元からある本棚に並べる。

「あっ。『測量卿ヒースの恋愛検定』の最新刊が出てたんだっけ」

 構内に、生徒割引の利く本屋さんがあったはず。混んでそうだけど、入学式が終わったら行ってみようかな。
 同じく本の詰まった三つ目に取り掛かる。棚に並べるだけだったから、手こずらずに片付けられた。とはいえ、外はすっかり暗い。残り二つに詰めた品を、朧げに思い起こす。
 ちょっと物足りなさを感じた。
 お腹が空いてるからかも。

「あれ。ひょっとして、ボク一人で外のレストランに行かなきゃいけないの? えー、怖いなぁ……ん?」

 机の上に、黒い冊子が置かれているのを見つけた。ルームサービス表。呼べば持ってきてくれるという、朝食昼食夕食夜食のメニューに、奉仕人派遣オプション。全身から力が抜ける。お手伝いさん呼べたんだ。
 義弟の頼もしい背中が、脳裏にチラついた。
 口元を引き締める。

「外のレストラン、行ってみようかな……」

 扉を開ける。隣室の住民も、ちょうど廊下に出てきたところだった。
 視線が交わる。黒髪黒目、均整の取れたシャープな顔立ち。一目で非凡と分かるオーラ。よく覚えている。忘れるわけがない。
 サミュエル・ヘルプソンだ。

「ネル・ベスティン君だったか?」「え?」

 呼びかけられた。ボクの名前を、覚えてくれている?

「サミュエル・ヘルプソンくん」
「おっと。お互い自己紹介の必要はなさそうだな。サミュエルでいい。君はどこへ?」
「ボクもネルでいいよサミュエルくん。外のレストランへ」
「同じだ。寮一階にも食堂はあるが、ここのは準備中で開いていないらしくて。一緒に行こうか」「えっと。うん」

 頷く。素直に心強い。
 寮から歩いて三分としない場所に、レストラン区画はあった。ピカピカの制服を着込んだ、新入生と見られる生徒で賑わっている。上級生たちは、ルームサービスか、あるいは彼らの寮に付いている食堂を使っているのかな。
 内陸地たるミナスには珍しい、海産物を扱った料理店があった。入ってみたかったけど、人でごった返していた。珍しさがないからか、空席の目立つスパゲッティのレストランに赴く。

「俺は、空いている方が落ち着くな。ネルはどうだ?」
「ボクは、賑やかなのも嫌いじゃないかなぁ」
「へえ。…………」「どうしたの?」
「あそこの席の子たちに見惚れてて。おしゃれな女子が多いなと感じた」
「そう? 普通じゃない? むしろ、元から綺麗な人が多いからかな、少しサボってるくらいだよ」「本当か? 異性への慣れてなさが露呈してしまった」

 肩を竦める彼に、悪戯っぽく微笑む。

「縁の下なんて見られたくないものじゃない? 特に、サミュエルくんみたいなかっこいい男の子には」

 感じる野生の雰囲気は、少しラキと似ている。

「サミュエルくんはいいなぁ。男らしくて。ボクなんてこんな見た目だからさ。あんまり男性枠には入れてもらえなくって。はは……恋の相談も、嫉妬もされる」

 運ばれてきたスパゲッティを食べた。味付けが濃く、とても美味しい。「サラダは頼まないのか」と問われた。首を振る。野菜は人の食べ物じゃない。フルーツと混ぜてジュースにすればいいのに。ケーキの生地に混ぜて、味をわからなくしてくれてもいい。
 原型を残すのは法律違反。どうして無駄に不味くしたがるんだろう。

「食事シーンの撮影で困ることになる」「大丈夫。スタントマンを雇うから」
「……なるほど。アクションシーンのついでに食べてもらうってわけか」
「ジョークのつもりだったんだけど。まあ、身体強化は下手だし、素の運動能力も低いしね……そうだ。荷物の整理を手伝ってくれないかな?」

 食事後、寮に真っ直ぐ帰った。サミュエルくんを、ボクの部屋に迎え入れる。
 彼はマットの上で立ち尽くした。「え?」と呟く。

「どうしたの?」「感じた印象と違う。普通過ぎる」
「え?」
「物足りない」

 今度は、ボクが立ち尽くす番だった。見抜かれた。

「お前、可愛い自分が好きだろ」

 図星だった。ずっと、物足りなかった。

「ならそれでぶっちぎれよ。中途半端はやめておけ。魔法俳優科ここに入ったのなら」
「いいの?」

 尋ねる。

「男の子なのに?」
「逆に。たったそれだけの理由で、逃げていいのか?」

 マジックボックス二個分の労働は、サミュエルくんの力によって、一時間も経たずに終わった。「じゃ」と手を上げ、自分の部屋に戻っていく。
 明かりを消し、ベッドに入った。全然寝付けない。
 ボクの夢は、本当は、パパと共演することだけじゃないんだ。密かな願い。赤いリボンを頭につけて、ピンクのスカートを履いて、ステージのど真ん中でスポットライトを浴びたい。
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