下町ブログ

紫 李鳥

文字の大きさ
2 / 5

二話 亜美

 
 てなわけで、常連客とはツーと言えばカーの仲だ。この〈月と萩〉、11時から夜の9時までの営業でして、この営業時間は昔から変わらねぇ。

 昼はピラフやカレーのランチから始まり、夜にゃ、豚の生姜焼きやハンバーグステーキなどの定番メニューもある。昼の客層はサラリーマンやOLさんだが、夜ともなれば、ホステスさんが出勤前の食事や同伴客との待ち合わせなどで花を咲かせる。


 カランコロン


「マスター、こんばんは~」

「おう、亜美ちゃん、いらっしゃい」

「おなか、ペコリンコ。何にしようかな……」

 カウンターに座ってメニューを開いたのは、亜美ちゃんと呼ばれる二十歳ちょっとの可愛こちゃんだ。

「ビーフカレーもあるよ?」

「カレーじゃなくてね、……ポークジンジャー」

 メニューを閉じるとニコッとした。なかなか愛想がいい。

「なんだ、今日は同伴じゃないのかい?」

 冷蔵庫から具材を出しながらマスターが皮肉った。

「マスター、いくら私が売上ナンバーワンだからって、毎日同伴できるわけじゃないわ。世知辛せちがらい世の中だもの。お客さんだって、財布の紐が堅いわよ」

 メンソールの洋モクを出しながら、口を尖らせた。

「亜美ちゃんの店もそうかい? うちも暇になったね。ランチをやめようかと思ってんだがね」

 キャベツを刻みながら愚痴ぐちを溢した。

「やっぱり、あれ? 吉野〇とかマッ〇に行っちゃうのかしら……」

「それもあるが、オーソドックスな食いもんが今時の若いもんの舌に合わないのかも知れんな」

「あら、マスター、私、二十歳の若いもんだけど、マスターの味付け好きよ」

「ありがとさん。亜美ちゃんのお墨付きがあれば、鬼に金棒だ。はい、お待ち」

「わー、美味しそう。いっただきまーす」

「召し上がれ。はい、ライスに味噌汁も付けちゃうよ」

「……ん、美味しい。なんか、懐かしい味なのよね、マスターの味付けって」

「俺の味付けじゃなくって、親父のを見様見真似みようみまねでしてね」

「お父様はマスターの話からして、下町気質の一本気って感じ」

「亜美ちゃんは若いのにいい言葉を知ってるね。そう、下町気質の一本気って奴だ。涙もろい上に情にももろい。親父が生きてりゃ、亜美ちゃんと気が合っただろうな」

「私も会いたかったな~」

「亜美ちゃんは、田舎は九州だと言ってたが、たまにゃ帰るのかい?」

「……もう、田舎捨てて来たから」

「すまねぇ、余計なことを聞いちまって」

「ううん。“親孝行したい時に親はなし”って奴」

「……そうだったのかい。そりゃ、寂しいな」

「そんなことない。だって、お父さんみたいだもん、マスター。だから、寂しくなんかない。ふふふ」

「ありがとさん。嘘でもそう言ってもらえると嬉しいよ」

「嘘じゃないよ。東京は冷たい人もいっぱいいるけど、マスターみたいに温かい人もいる。亜美、この浅草で働いて良かった。だって、マスターに会えたもん」

「……すまねぇ、目から汗が出ちまって」

「マスター、このハンカチで拭いて。アイロン、ばっちり掛けたからシワないよ」

 膝に掛けてた花柄のハンカチを手渡した。

「ありがとう。うん、亜美ちゃんのいい匂いがする」

「オーデコロンじゃったヤツをシュッシュッてね」

「コロンと転んじゃったを掛けたわけだ。上手いね、どうも。可愛いハンカチをありがとう」

 畳んで亜美に手渡した。

「どういたしまして。マスターと流暢さんに感化されちゃったかな」

「流暢師匠から座布団一枚もらえるよ」

「ありがとう。じゃ、行ってくるね。ごちそうさまっ!」

「毎度っ!」
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。