酒場の怪

紫 李鳥

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酒場の怪

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 その女がやって来たのは、居抜きで借りた店をオープンして間もなくだった。

 カウンターを拭いていると、ドアが開き、オフショルダーのセーターを着た、セミロングの小柄な女が、

ってますか?」

 と、歯切れよく聞いた。

 俺は愛想よく、

「どうぞ」

 と、カウンターに手を差し伸べた。

 女は、カウンターの隅に座ると、ライチのカクテルを注文すると、メンソールの煙草に火をつけた。

「初めてですよね?」

「ええ。近くに越してきたの」

 女はそう答えると、

「歌ってもいいの?」

 と、ステージに目をやった。

「どうぞ。何、歌いますか?」

 女は演歌を選曲すると、ステージに立った。

 なかなか上手かった。数曲歌い、客が来ると帰って行った。



 翌日も、その女は来店した。

 昨日と同様にライチのカクテルを注文すると、歌を歌い、他の客が来ると帰って行った。ところが、

「なんだ、今日も俺が口開けか」

 と、昨日も来た常連客が、思いもよらぬことを言ったのだ。俺はギクッとした。
 
「何、言ってるんですか、いま、昨日の女の人が歌ってたじゃないですか」

「……マスター、冗談だろ? 昨日も今日も誰もいないよ」

「エッ! お客さんこそ、何、冗談言ってるんですか」

「……アッ! もしかして」

 以前から常連だったという客は、この店のオーナーに裏切られて自殺した女の話をした。





 ライチのカクテルが好きで、歌が上手だったそうだ……。
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