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四話
しおりを挟む数組の客の中から、電話の相手だと思われる、それらしい男の後ろに席を占めた。横を通る時に一瞥したが、煙草を吹かしていた麻衣子と同年輩の男は、いかにも極道という風貌だった。紺色のジャケットからブランドのゴルフウェアを覗かせ、首と腕には18金が光沢を放っていた。
この男と麻衣子はどういう関係だ?……まさか、昔の男?
二人の関係を推測しながら雑誌を捲っていると、間もなく、ドアベルが鳴った。
「おっ、久しぶりだな。元気だったか」
真後ろの男が喋った。
……相手は麻衣子だ。
「お久しぶりです。――あ、コーヒーを」
案の定、麻衣子だ。
「かしこまりました」
ウエイトレスの声。
「さっきはびっくりしたよ。野暮用でこっちまで来たんだけどね。すげえ美人がそこのスーパーから出てきたじゃん。よーく見たら、麻衣子ちゃんなんだもん。どこに行くのかと思ったら、かの有名な商事会社の社長、鹿島史朗宅に入っていくんだもん――」
「おまちどおさまです」
ウエイトレスの声。
「――お手伝いさんでもしてんのかなって思ったら、奥さまだもんな。びっくりしちゃったボク」
「プッ」
麻衣子の噴き出す音。
「相変わらず可愛いな」
突然、低音になった。
「お前と別れて後悔してる」
!……図星か。
「……今更、何?他に女を作って私と会わなくなったのはあなたのほうじゃない」
……!
「……だから、後悔してるって。その女とも別れた」
「だからどうしろと?私はもう人妻よ」
「分かってるさ。だから、これを最後にする。もう一度だけ、お前を――」
「駄目っ。私はあの人の妻よ。それに私たち、すでに終わってるじゃない」
「分かってるよ。だから、これを最後にする。電話もしない。お前を困らせることは絶対しない。だから……」
短い沈黙があった。
「話をするだけでいい。二人きりになりたい」
「……分かったわ。本当にこれが最後よ」
……!
「ああ、約束する。じゃ、行こ」
男の話が終わると静かになった。
「ありがとうございました」
ウエイトレスの声。ドアベルの音。
振り返ると、麻衣子は男の後ろについていた。俺は急いで会計をした。
窓を覗くと、麻衣子は店の前に駐めてあった男の車に乗った。俺はタクシーを拾って尾行した。
……ホテルに入ってみろ、そしたら麻衣子、お前を絶対に赦さないからな。
だが、五分と走らないで車はホテルに入った。俺は顔を歪めると、歯軋りをした。
――やがて、帰宅した麻衣子は、俺がクローゼットに隠れて少し開けた扉から覗いていることも知らず脱衣を始めた。そして、部屋に設けたユニットバスに入った。
……拭い切れなかった男の手垢を洗い落とすつもりか?
――バスタオルを巻いた麻衣子が浴室から出てきた瞬間、俺はクローゼットから飛び出した。その素早さに声を出すこともできなかった麻衣子は、魂消た目を向けていた。勢いよくベッドに倒すと、口を塞いで、片手で玩弄した。
「う~っ」
逃れるかのように身を捩る麻衣子に、その荒々しい手の動きを俺は続けた。
「親父を裏切りやがって、この売女っ」
俺の言葉に麻衣子は目を見開くと、首を横に振った。
「この目で見たんだよ。嘘をつくな」
だが、麻衣子は尚も首を振った。
「信じられるか、お前なんか」
俺は麻衣子への怒りを抑えられなかった。――
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