1 / 4
1話
しおりを挟む“ここではきものをぬいでください”
さて、あなたはこの文章をどう解釈しますか?
① ここで、履き物を脱いでください。
② ここでは、着物を脱いでください。
どちらの意味にも取れます。読点が無いと、文章を読みづらくするだけではなく、意味までも違えてしまいます。
――今回の事件は、これに因んでいた。
最近、帰宅時間が遅くなったという夫に不信感を抱き、浮気調査を依頼してきたのは、田野晴明(29)の妻、延子だった。
28歳だという延子は、苦悩の日々を重ねていたせいか、所帯やつれが窺え、実年齢より5つ、6つ上に見えた。
「――いつ頃から帰りが遅くなりました?」
延子を相談室に入れた、【どんとこい探偵社】の社長、寺島が訊いた。
「……ひと月ほど前になります。……それまでは定時に帰ってきて、夕食も一緒に摂っていたのに……」
延子は暗い顔で俯いた。
「結婚して何年になりますか」
寺島はペンを持った手を止めた。
「……まだ、1年足らずです」
「うむ……何か思い当たることはありませんか。……前兆とか」
「いいえ。……分かりません。突然です」
向けたその目は、翠色の深淵を想わせた。――
【どんとこい探偵社】きっての敏腕探偵、辰巳に田野の尾行を頼んだ。
《辰巳の報告書》
[9月×日 1日目 退社後、目黒で乗り換えると、不動前で下車。戸越銀座方面に向かう途中の三階建てのマンション〈並木ハイツ〉に入る。〈村井〉と表札のある101号室。約、一時間後の19:20に出てくる。田野、帰宅。]
[9月○日 2日目 10:00、セールスマンを装って、村井の呼び鈴を押す。
「……だーれ?」
女の子の声。
「お母さんは居る?」
「いない」
「いつ帰ってくるの?」
「……わかんない」
「お父さんは?」
「いない」
「いつ帰ってくるの?」
「わかんない」
埒が明かない。声からして、3、4歳。101号室のドアが見える場所に隠れて、母親の帰りを待つ。10分後、レジ袋を提げた20代半ばの女が鍵を開けて部屋に入る。
当日、田野の退社時間を見計らって、会社の前で見張る。田野、真っ直ぐ帰宅。]
――その翌日の午後7時過ぎ。
“ははおやこころしたのがにげた!”
それが、辰巳からの最後の電話だった。
寺島が、辰巳のケータイに何度電話しても出なかった。
その後、辰巳からの連絡は無かった。自宅にも電話したが、帰宅していないとの妻の返事だった。
つまり、行方不明になったのだ。
――翌日の朝、〈並木ハイツ〉の101号室から、幼女の絞殺死体が、新聞配達員に発見された。
《配達員の証言》
「――ドアの郵便受けに新聞を入れようとしたら、子どもの赤い靴が挟まってて、ドアが少し開いてたんです。変だなと思って覗いたら、布団も掛けないで女の子が仰向けで寝てたんです。なんか不自然だなと思ってよく見たら、薄目を開けてこっちを見てたんで、ギョッとしました。一度も瞬きをしないんで、死んでると思って――」
《テレビの音声》
「――死んでいたのは、このマンションの一階に住む、村井亜子ちやん4歳で、死因は窒息死。行方が分からない母親が事件に関わっていると見て、捜査をしています」
テレビのニュースで事件を知った寺島は、聞き覚えのある住所と名前だったため、辰巳の報告書を確認した。間違いなく、辰巳が尾行していた田野が立ち寄った品川区のマンションの住人、〈村井〉だった。
辰巳と連絡が取れないのは、この事件に関係があるのではないかと考え、寺島は不安を募らせた。
その後、何度も辰巳のケータイに電話をしたが出なかった。自宅にも電話をしてみたが、やはり帰宅していないという、妻の返事だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
痩せたがりの姫言(ひめごと)
エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。
姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。
だから「姫言」と書いてひめごと。
別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。
語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる