1 / 6
1 人前でチュッチュチューは控えめに!
しおりを挟むお浜さんは、小柄な上に腰が曲がっているせいか、とってもチッちゃく見える。
只今、お出掛け準備中。出掛ける時は、愛用のアンブレラステッキを持参する。これはなかなかの優れ物で、杖を引き抜けば傘になる。
曲がった背中には、ピンクの可愛いリュック。帽子も夏は麦藁帽子、冬はフカフカのファー帽子。上着もピンクのダウンジャケットで、なかなかのオシャレさんだ。
「さてさて、140円の旅と参りますかのぅ。ホットカフェオレのペットボトルもリュックに入れたし、準備万端、手抜かりなしじゃわい。ゲヘッ」
お浜さんは、タンスの上に置いた亡き夫の写真に手を合わせると、
「じゃ、あんた、行って来ますよ。天国から見守ってちょー」
と、頭を下げた。
お浜さんの最寄り駅は巣鴨。駅から歩いて10分ほどの都営住宅で、気ままな年金生活をしている。
お浜さんは、山手線がお気に入り。初乗り運賃で一日中遊べる。午後の山手線は乗客も少なく、暇潰しには打って付けだ。
勿論、優先席を独り占め。なぜか、お浜さんの横には誰も座らない。たぶん、皆から偏屈ババアを察知されるからだろう。いわゆる、【触らぬ神に祟りなし】の類だ。
ま、お浜さんの様子を見れば納得する。では、お浜さんの、或る一日をウオッチングしてみましょうかね。
「あ~、やっぱ、電車ん中は暖ったかくてイ~ね。外の気温と20度は違う。ハワイに来たようなもんだ。ゲヘッ。さて、カフェオレで、午後のティータイムと洒落込みますかね。よっこらしょっと、ツーショット」
さりげなくダジャレを言いながら、お浜さんはリュックからペットボトルを出すと、ラッパ飲みした。
「ふぅ~、オイチイ。〈ほッカイロ〉で包んできたから、まだまだ温ったかいやね。〈ほッカイロ〉は便利だね。モミモミすれば、何度でも使える。経済的だわさ」
お浜さんは誰に話すでもなく、独り言のように喋るのである。目が合った人には、ニーッと、入れ歯の白い歯を見せるのだ。
ま、良く言えば、愛嬌があるが、悪く言えば、気色悪い。
山手線は、客の乗り降りが激しい。アッと言う間に客層が変わる。素知らぬ顔をしていた乗客も、その都度、お浜さんをチラッと視て降りる。蔑むように視る人、温かい目で視る人。人様々だ。
向かいの席が空いたかと思いきや、入れ替わりにアベックが座り、早速、キスをし始めた。
「ったく、真っ昼間からチュッチュチューかい?男は22、3歳。女はちょい上の24、5か?アメリカナイズされちまって、それはナイズよ。しかも優先席を二人占めだ。あらら、ご覧な。松葉杖の兄さんが、恨めしそうにチラ視だ。チッ!まだチュッチュチューしてるよ。周りが見えてねぇし、なんも聞こえてねぇみたいだな」
お浜さんはそうペラペラ喋り、すたすたとアベックの前に行くと、
「ヒ~クッション!この物語はフィクションです!」
デッかいくしゃみと共に一言添えた。キョトンとしたアベックは我に返るとすくと立ち上がり、慌てて隣の車両に移った。
お浜さんは、松葉杖のマッチョにニッとすると、優先席に目配せした。マッチョは恥ずかしそうにチョコンと頭を下げると、お浜さんの前に座った。
「あ~、一日一善。善い事をすると、カフェオレが旨いね~。ゲヘッ」
お浜さんはペットボトルをラッパ飲みすると、そう言ってニッと笑った。
0
あなたにおすすめの小説
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった
海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····?
友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))
夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども
神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」
と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。
大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。
文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!
【完結】ドレスと一緒にそちらの方も差し上げましょう♪
山葵
恋愛
今日も私の屋敷に来たと思えば、衣装室に籠もって「これは君には幼すぎるね。」「こっちは、君には地味だ。」と私のドレスを物色している婚約者。
「こんなものかな?じゃあこれらは僕が処分しておくから!それじゃあ僕は忙しいから失礼する。」
人の屋敷に来て婚約者の私とお茶を飲む事なくドレスを持ち帰る婚約者ってどうなの!?
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
幼馴染、幼馴染、そんなに彼女のことが大切ですか。――いいでしょう、ならば、婚約破棄をしましょう。~病弱な幼馴染の彼女は、実は……~
銀灰
恋愛
テリシアの婚約者セシルは、病弱だという幼馴染にばかりかまけていた。
自身で稼ぐこともせず、幼馴染を庇護するため、テシリアに金を無心する毎日を送るセシル。
そんな関係に限界を感じ、テリシアはセシルに婚約破棄を突き付けた。
テリシアに見捨てられたセシルは、てっきりその幼馴染と添い遂げると思われたが――。
その幼馴染は、道化のようなとんでもない秘密を抱えていた!?
はたして、物語の結末は――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる