雨だれ

紫 李鳥

文字の大きさ
1 / 1

雨だれ

しおりを挟む
 


 休日の午後。ノクターンをBGMにしながら、モーパッサンを読み返していた。

 冷めた紅茶を口に含むと、レモンの酸味を強くしていた。

 間もなく、微かな雨音が集中力を途切れさせた。

 窓を見ると、ポツポツと雨の滴がついていた。

 気紛れな風が窓に運んでいたのだ。

 ソファーから腰を上げると、窓を開けた。

 ベランダの隅に置いた、ピンクと青紫のサイネリアの鉢が、滴をつけた葉先を震わせていた。

 空を見上げると、雲間に陽射しが見えた。

(天気雨か……)

 レースのカーテンを引くと、また本を開いた。

 ふと、雨の雫の想い出が蘇った。

 そして、窓の雨だれを眺めながら、忘却の記憶を手繰り寄せた。




「――あなたが愛したのは、私なんかじゃない。私に似たこの人よ」

「…………」

「この人と顔が似てるからって、性格まで似てると思ったの? ……この人の事を思いながら私を抱いてたの? 冗談じゃないわよっ」

「……そんな事ないさ。君自身を愛してた。それは嘘じゃない」

「じゃ、これは何? 押入れの隅に隠してた、この女の写真は?」

「……別れても想い出は残るだろ? 君と出会う前の話じゃないか。別れたからと言って想い出まで棄てられないさ――」

「言い訳よ。私と付き合った時点で全て処分すべきよ」

「そんな簡単に処分できるもんじゃないだろ? ……愛してたんだから――」

「じゃ、なんで別れたのよ、愛してたんなら」

「……別れは、望まなくても訪れるだろ?」

「何、フラれたの?」

「…………死んだ」

「えっ? …………」

「……病気で」

「…………」




 ――私は小雨に濡れながら帰った。
 髪の雫が頬を伝っていた。涙と一緒に……。



 そんな彼と別れた。そんないい男と別れた。一方的に別れの言葉を告げた。

「――私、彼女みたいに、あなたに愛されそうにないから。あなたは私なんかに勿体ないから。……さよなら」

 受話器の向こうから、私の名前を叫ぶ彼の声がしていた。





 ――雨だれは、まだ窓ガラスを伝っていた。涙のように……
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

抱きしめて

麻実
恋愛
夫の長期に亘る不倫に 女としての自信を失った妻は、新しい出会いに飛び込んでいく。

6回目のさようなら

音爽(ネソウ)
恋愛
恋人ごっこのその先は……

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

【完結】悪役令嬢の薔薇

ここ
恋愛
公爵令嬢レオナン・シュタインはいわゆる悪役令嬢だ。だが、とんでもなく優秀だ。その上、王太子に溺愛されている。ヒロインが霞んでしまうほどに‥。

処理中です...