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しおりを挟むしょんぼりと肩を落としたおふくろの姿を背中に感じながら、他の言い方を思い付かなかった自分を責めた。
本音を言うと大学に行きたい。大卒なら就職先の選択の幅が広がる。大手広告業界で自分のクリエイティブなアイデアやボキャブラリーを活かし、コピーライターとしての能力を思い切り発揮したい。だが、現状では無理だ。夢のまた夢。……諦めるしかない。これ以上、おふくろに苦労をかけたくなかった。
俺は決意を固めると、腰を上げた。居間の障子を開けると、静かに食事をするおふくろが居た。
「あー、腹減った」
好物の肉じゃがを頬張った。
「ろくすっぽ食べないでかっこつけて出て行って、お腹空いて戻って来てんの。うふふ」
「別にかっこつけたわけじゃないからな。本心を言ったまでだから」
「大卒の方が、就職に有利じゃないか」
俺と同じ事を思ってやがる……。
「……おふくろ」
「ん?」
「俺、決めたから。大学は行かない。だから、勧誘の仕事もするな」
「はぁ~。お前は父さんに似て頑固だね」
深いため息の後におふくろはそう言うと、柔らかな笑みを浮かべて俺を見た。
翌日、隆志に胸の内を語った。
「ほんとにそれでいいのか」
心配そうな顔で俺を見た。
「ああ。……決めたんだ」
覚悟するかのように言い切った。
俺の事を本気で考えてくれるおふくろと隆志のお陰で、何が大切なのかが分かったような気がした。だからと言って、夢を諦めたわけではない。コピーライターの募集があったら応募するつもりだ。
その前に、初給料でおふくろに何かプレゼントがしたい。高価なものは買ってやれないが。……そうだ、外で豪華な食事をするのもいいか。いや、やっぱり食事は家がいい。おふくろの味に勝る外食なし。……ちょっと待てよ。これ、食品企業のキャッチコピーにならないか?“おふくろの味に勝る外食なし”そんな事を思いながら、夢を膨らませていた。
満開の桜が土手を彩る頃、俺は隆志と一緒に、近くにある洋菓子工場の製造ラインで働いていた。クッキーやチョコレートの甘い香りが一日中漂う工場の中は快適だった。ここなら長く勤まりそうだ。そして、収入が安定したら、おふくろには仕事を辞めてもらい、家でのんびりさせるつもりだ。
隆志と一緒に働ける事。おふくろの料理と味噌汁を毎日食べられる事。俺は幸せだと思った。収入を得るために取り合えず就職したが、もしかして、この工場に居着き、社内恋愛を経て結婚するかもしれない。
そんなふうに思った理由は、入社式で答辞を読んだ、同じラインで働く彼女の事が気になっていたからだ。まだ二人きりで話をした事はないが、皆と一緒の時に見せる笑顔が愛らしかった。彼女にも友達がいるみたいだから、隆志と四人で花見でもしたいな。
俺は、彼女と交際したい気持ちを抱きながら、漠然と将来の設計図を描いていた。
おふくろに会わせる日が来たら、互いに気に入ってくれたらいいな。そして、おふくろの味噌汁の味を受け継いでほしい。
彼女のエプロン姿を想像しながら、目が合った彼女に笑いかけた。すると、彼女は羞じらうように俯いた。
俺は、もう一つの夢を見付けた。
了
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