白昼夢 ぼくは見たんだ!

紫 李鳥

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白昼夢 ぼくは見たんだ!

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『写生会で見た風景』

 写生会で学校の近くにある神社に行ったときのこと。
 先生の後ろをみんなで歩いていると、神社に続く石垣のすきまからとつぜん、白い蛇が出てきました。ぼくはびっくりしたけど、みんなは知らん顔で通りすぎていました。
 だから、蛇に気づいたのはぼくだけだと、そのときは思いました。
 神社につくと、ぼくは一人だけみんなと逆方向を向き、こかげを作っている大きな木によりかかると、そこから見える古い家を描きました。
 木造の壁や屋根にはクモの巣のようにツタがからまってて、なんだか、涼しそうな家でした。
 描いているうちに、直射日光を浴びた少し開いた窓から何かが動くのが見えました。
 目を大きくして、暗い家の中を見ていると、とつぜん真っ白い顔の女の人が窓から顔を出しました。
 ぼくはびっくりして、目を丸くしました。
 女の人は、真っ赤な口から黄色い歯を見せて、目が合ったぼくに笑いかけてきました。ぼくは怖かったので、すぐに目をそらして、絵を描くふりをしました。
 そしたら、すぐに、「ギャーッ!」っと、女の人のひめいがその家から聞こえました。
 ぼくはすぐに顔を上げたけど、そこからは家の中は見えませんでした。
 後ろをふり向いたけど、みんなは神社を描いてて、こっちを向いてる者はいませんでした。
 セミがやかましくないてたから、ひめいはぼくにしか聞こえなかったのかなと、そのときは思いました。
 教室に帰ると、ぼくの絵を見たみんながふしぎな顔をしていました。


 それが、俺が小学四年の時に書いた作文だった。その日から、俺のあだ名は“嘘つき”になった。なぜなら、俺が描いた家は実在していなかったからだ。では、俺が見た家も、あの不気味な女も幻覚だったと言うのか? 俺はあの日、女の悲鳴が気になって、学校の帰りに神社に向かった。――


 ――あれから、二十年が経つ。三流ではあるが、一応大学を卒業すると、地元の新聞社に就職した。職場結婚で一児を儲け、平凡ではあるが人並みの生活を送っていた。そんなある日、小学校時代のクラスメート、松村と久し振りに会った。

「しかし、あの嘘つき事件は釈然しゃくぜんとしないよな。確かに見たんだろ? 絵に描いた家を」

 ジョッキを傾けながら、松村が疑う目を向けた。

「……もういいよ。暑かったから、朦朧もうろうとして幻でも見たんだろ。……きっと」

 絵に描いた家が存在していない以上、そう言って誤魔化すしかなかった。

「だが、大正時代に見たって言うんなら、納得するがな」

 突然、松村が妙な事を口にした。

「……大正時代?」

「ああ。諏訪神社すわじんじゃの近くに住んでた“売女ばいた”が殺された事件さ」

「……ばいた?」

「お前が描いた家にそっくりだった。あ、コピーしてくればよかったな」

「何を?」

「写真さ。歴史犯罪ファイルちゅう、過去の事件を掲載してる文献で偶然に見たんだ。お前が描いた家にそっくりの写真を」

「……大正時代だと?」

「そう。住所も諏訪神社の近くだった。その家に住んでた売女が殺されたんだが、犯人は分からずじまいだ。……不思議な話だが、お前が見たのは幻でもあるが、真実でもあるわけだ」

「…………」

 枝豆を摘まんでいる自分の指先を、俺は茫然ぼうぜんと見つめていた。


 翌日、出社すると早速、資料室にこもり、大正時代の犯罪にまつわる資料を物色した。

「あった! ……これだ」

売女惨殺事件ばいたざんさつじけん!】と記されたそれに載っていた写真はまさに、俺が見たあの家だった。つたからまった木造の平屋ひらや。次に、殺された女の顔を見て魂消たまげた。窓から顔をのぞかせて笑っていた、あの女だった。

 ……ど、どう言う事だ! あの時、俺一人だけが大正時代にタイムスリップしたと言うのか? そんな馬鹿な……。俺は鼻息を荒らげながら、記事の活字を目で追った。

《大正ーーー番地において、矢島サトさん、当時二十四歳が殺害された。
 サトさんは一人住まいで、近所の聞き込みから、体を売っていた事が判明した。
 死因は失血死しっけつし。何ヵ所にも切り傷があり、無惨な殺されかたをしていた。凶器は遺体の側にあった菜切包丁なぎりぼうちょうとみられている。
 警察は、客の一人が犯人ではないかとみていたが、検挙には至らなかった。》

 俺は茫然と遠くを見ていた。――


 ――二十年前のあの日、俺は学校の帰りにあの家に立ち寄った。裏庭に回ると、縁側で女が西瓜すいかを食べていた。女の口から滴る汁が、赤い長襦袢ながじゅばんからはみ出た白い太腿ふとももを薄紅色にしていた。その光景に見とれていると、

「あら、坊や。こっちにおいで」

 女の声がして、我に返った。

「西瓜、食べるね? 井戸で冷やしたから、いい塩梅あんばいに冷えてるよ」

 女はそう言って、傍らの盆に載った西瓜に菜切包丁を入れた。――


 ――女の家を出た途端、夕立に襲われて、びしょ濡れになって家に帰った。顔中に飛び散った血は、あの雨が流してくれた。あの雨のお陰で、俺は誰にも疑われずに済んだ。あの女が悪いんだ!



「坊や、いくつ?」

「……とお」

「十歳か。ふふふ……」

 女は黄色い歯を覗かせて不気味に笑うと、赤い長襦袢からはみ出た脚を大きく広げた。途端、汚いものを感じ、側にあった菜切包丁で女を切りつけた。

「ギャーッ!」


 ――ふと、目を落とし、当てていた紙面から親指を離すと、にじんだ脂汗あぶらあせでそこだけが反り上がり、指紋のようなしわを作っていた。



 ……ニ十年前に俺が殺したあの女は、大正時代にすでに殺されていた亡霊だったと言うのか……



 完
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