宿場の鴉

紫 李鳥

文字の大きさ
1 / 1

宿場の鴉

しおりを挟む
 

 その寂れた宿場町しゅくばまちは、門前雀羅もんぜんじゃくらを張るが如くに閑散かんさんとしていた。街道を抜けるこがらしは、竜巻のように土煙を舞い上げ、色づいた公孫樹いちょうの葉を吹雪のように散らしていた。旋風せんぷうに煽られて、どこからか転がってきた壊れた籠が、バタバタと音を立てている“茶屋”とある暖簾のれんの戸口で止まった。

 その茶屋のくりやでは、黒々とした豊かな髪を銀杏返いちょうがえしに結い、かすりの着物に市松模様の帯をした襷掛たすきがけの女が手を動かしていた。女の名はおよしあるじの娘だった。お淑には惚れた男もいたが、年老いた父親を一人残すこともできず、身の回りの世話をしていた。


「……お淑さん、仙造せんぞうさんの具合はどうでぃ」

 常連の八吉やきちが病にせている、お淑の父親を気にかけた。

「……ええ、相も変わらずで」

 お淑は顔をくもらすと、茶漬けを盆に載せた。

「……そうかい。早く元気になって、仙造さんの自慢の喉を聞かせてほしいな」

「ええ。私も、そう願っているんですが……」

 八吉の前に茶碗を置くと、お淑は小さなため息を吐いた。


「――お父っあん、おかゆができたよ。具合はどう?」

「……ああ、だいぶいいよ」

 布団からゆっくりと身を起こした。途端とたん

「ゴホッゴホッ!」

 仙造が激しい咳をした。

「お父っあん!」

 お淑は、仙造の丸めた背中を擦った。

「……すまねぇな」

「さあ、布団を掛けて。ゆっくりやすんで」

「……ああ」


 お淑はその足で家を抜け出すと、泣きながら駆けて行った。寒風に凍える路傍ろぼうに、下駄の音が響き渡った。


 裏の畑まで来ると、お淑は声を上げて哭いた。仙造の身を案じると涙が止まらなかった。

「……お父っあん、死なないで」

 お淑はそう呟いて、襦袢じゅばんの袖口で涙を拭った。

 と、その時。ふと、見上げると、強風に揺さぶられて葉音を立てている公孫樹の枝に、一羽のからすが止まっていた。

 カァー……カァー

 鴉はまるで、お淑に同情するかのように、哀しい声で啼いた。

「……慰めてくれるのかい? ……ありがとう」

 鴉は、漆黒しっくいの瞳を下瞼したまぶたで被うと、おもむろに瞼を閉じた。


 そんなある朝。暖簾を出そうと戸を開けると、一羽の鴉が戸口でお淑を見上げていた。

「あら、びっくりした。……こないだの鴉かい? どうした、お腹が空いてんのかい?」

 お淑の問いに、鴉は瞼を一度閉じた。

「……何か、あったかしら。ちょっと、待っておくれな」

 お淑は急いで廚に行くと、油揚げを一枚手にして来た。

「お食べ」

 敷居しきいに揚げを置くと、鴉はお淑をチラッと見上げて、それをくわえた。礼を言うかのように、くわえたままで、もう一度お淑を見上げると、どこへやら飛んで行った。次の朝も、その次の朝も、またその次の朝も、鴉は戸口で待っていた。お淑はその都度つど、団子だの、干物だのを与えた。


 そんな事があって、何日か経った頃。それまで、本復ほんぷくの兆しを見せなかった仙造の病が、いつの間にか癒えていた。なぜ、急に仙造の症状が治まったのか、その訳など知る由もなく、その時は単に奇跡とぐらいに、お淑は思っていた。

 仙造は以前のように、廚に立つと、愛想あいそよしのお淑が店を切り盛りした。同時に、あれ程までに荒んでいた宿場町には活気が溢れ、旅籠はたごも茶屋も客で賑わった。そして、にわかに元気になった仙造は、その自慢の喉を客に披露した。


 え~えんや~~
 山の~鴉はよ~
 色の~黒いが~
 自慢よ~
 惚れた~おなごを~
 引き立たす~


 え~えんや~~
 山の~鴉はよ~
 女房~子のため~
 気張るよ~
 女房~逝くときゃ~
 ともに逝く~


 仙造の唄が終わった途端、戸口からバサッバサッと羽ばたくような音がした。お淑が急いで戸を開けると、そこには、三羽の鴉が見上げていた。

「……あの時の鴉かい? ……家族かしら? ……あっ!」

 お淑は、この時思った。仙造の病を治してくれたのは、この鴉ではないかと。偕老同穴かいろうどうけつの鴉をあがめる、仙造の唄が聴きたくて……。

 三羽の鴉は、礼をするかのように、こくりと頭を下げると、一斉に飛び立った。


 濡れ羽色の三本の羽根を置き土産みやげにして。


 完
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...