鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第一章 孵卵

第二話 拠点 2 1-2-1/3 2

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 しばらく森を歩いていると、やっぱり茣蓙が邪魔だな、と思った。
 決して重くはないが、長い時間担ぎ続けていると肩がおかしくなってくる。

 ――拠点を作ろう。

 そう思い立った。
 昨晩母と戯れてから目覚めるまでの時間はせいぜい半日ほどだ。
 二人の試験監督がその間にユミを運んだことになる。
 子供のユミの足と、ユミを抱えて歩く2人の大人の足、どちらが速いだろう?
 恐らくは森に慣れたクイとヤミの方が速いと考えるのが妥当だ。
 それを考慮しても、目覚めた場所からまっすぐ村へ向かうことができれば一日もかからず目標にたどり着けるはずだ。
 どこかに今抱ええている荷物の置き場所を作り、拠点とする。
 明るいうちに森の探索を行い、日が暮れる前に拠点へ戻ってくる。それを繰り返せば、そのうち帰り着けるのではないか。

 しかしそこまで考えて思い直す。
 そもそも森は迷うのだ。拠点を作ったところで戻って来られる保障はない。
 一体これまでの合格者はどうしてきたのだろう。
 かつてヤマも受けたという孵卵について聞いた時は、「大事なもののことを思うことだ」とだけ答えが返ってきた。
「おかーさーん…………」
 とりあえず声に出してみる。
「そらー…………」
 当然返事はない。虚しさが広がるだけだった。
 
 ――長期的なこと考えるのはやめよう。まずは今晩の寝床だ。なるだけ安全な場所が良い。

 しかし、どこまで行っても同じように木々が生い茂っている。どこなら安全と言えるのだろう。
 木が倒れてきたら? 獣に襲われたら? 危険が迫った時にはクイとヤミは助けてくれるのだろうか?
 昨夜ユミが森の中に横たわっている姿、それを傍から観察する様子を想像してぞっとする。
 
 ――腹を満たすことを優先しよう。

 焦りのためか思考がどんどん単純になっていく。しかし、方針さえ決まってしまえば手も動く。
 その場に茣蓙を下し、ざっと周りを見渡した。
 たべもの、たべもの、たべもの。頭上から足元まで目を凝らす。

 ――食べられそうなものが……、ある。茸だ。

 ヤマから聞いた知識を頭に巡らせる。実物を見ながら食に適するもの、適さないものを教わった。見分け方は完璧だ。
 これは……、よし、大丈夫。根本に白い卵のような殻、赤い傘、軸は黄色い。タマゴタケだ。食べられる。
 こっちのは……、だめだ、さっきのと似ているが軸が白い。
 しばらく夢中で食料を探した。目が届く範囲で見つけたものを茣蓙の上に置いていく。

 ――これが森の恵みか……。

 茸をはじめ、いくつかの木の実が集まった。
 村の大人たちが森に入っては、持ち帰って来たものを思い出す。
 あれらも鳩がいなければ村にもたらされることはなかったのだ。勇敢にも森に挑んだという父に感謝しつつ、改めて鳩の存在意義を実感した。
 日が傾き始めるまでには、明日の朝まで凌げそうなくらいの量の食料が集まっていた。

 ――あとは火か。

 ここまで働いたのだ。つまらないことで腹を壊したくはない。
 すぐ傍から落ち葉や枯草、木の枝を拾い、集めた食料とともにまとめて茣蓙の上に置いた。
 
 ――まだ日が落ちるまでに少しは時間があるはずだ。

 一仕事終えると少し落ち着きを取り戻した。今度こそ寝床を探そうと方針を定める。
 今日の成果を茣蓙に包み、両手で抱えるようにして持つ。
 立ち上がろうとしてその場でよろめく。食料探しに夢中で自覚していなかったが、やはり疲労が蓄積していた。
 
 ――いっそこのまま野営しようか。ここなら少しだけ広間になっているし、……星空もきっと綺麗だ。

 すでに探索する意欲を失せてしまったユミは、その場にとどまる理由を模索する。
 やがて大きく頷き、持っていた茣蓙を広げ直し、その場に置いた。
 その上から枯草を手に取り、くしゃくしゃと丸めて荷物から少し離した場所に置く。
 焦がしたらやだなと思い羽織を脱ぎ、茣蓙の上へ丁寧に畳む。
 風呂敷の中から火打石と火打金を取り、枯草の上で打ち付ける。火花が散る。しかし、なかなか火が移らない。

 ――家では何度もやっていることだ。落ち着け私。

 繰り返し着火を試みるとやがて枯草へ火をつけることに成功する。そこに落ち葉を足し、息を吹きかけると次第に火が大きくなっていった。その上に木の枝を組んでいく。枝に火が燃え移ったことを確認すると、ユミは立ち上がり新たな燃料を探し始める。
 もっと太い薪があれば炎を長時間維持できるはずだが、すぐ傍には手ごろなものが落ちていなかった。1歩、2歩と火元を離れていく。そして30歩ほど歩いたところで気づく。

 ――あれ?……もしかしてまずいのでは?

 慌てて振り返る。ちゃんと火から煙が立ち上っているのが見えた。
「ふぅ」
 森では周囲の方向が分からなくなるはずだ。わずかな距離でも帰って来られなくなると聞いている。
 目印があったとは言え、持ち場を離れたのだから荷物を丸ごと紛失していた恐れもある。

 一体どれくらい離れていたら戻れなくなっていたのだろう?
 2人の試験監督はどこから自分を見ているのだろう?
 幸いにも今回は煙があったから問題なかったのだろうか?
 だとすれば……、目印を増やしてしまえば迷うことはあるのか?

 何か気づいてはいけないことに辿り着いてしまったような気がして、ひとまず考えるのをやめた。

 ――それよりご飯だ。

 火元から離れたことで、太さはともかくそれなりの数の枝を確保することができた。

 木の枝にタマゴタケを刺してあぶる。焦げ目がついたところでふーっと息を吹きかけ、それにかぶりつく。

 ――まあ食べられるか。

 何の味付けもしていない焼いただけの茸。香りはよかったがあまりおいしいとは思えなかった。贅沢も言っていられないが。
 続いて木の実を殻ごと火にくべる。しばらくするとぱんと音を立てて爆ぜる。焚火から飛び出したそれを恐る恐る拾い上げ、手の中で転がす。やがて持てるぐらいに冷めたので、殻を割り口に放り込んでみる。
「ぐえー」
 吐き出してしまった。やはりコナラはあく抜きが必要だったか。分かってはいたがそれには大量の水がいる。
 今はそれよりも口直しが優先だ。竹筒に入った水をちびちびとすする。今朝食べた握り飯の味が懐かしい。
 呆然としていると火も消えてしまった。
「お母さん……」
 懐から母の文を取り出す。文面は覚えているが、母の文字にも縋りたい気分だった。

 ――愛しています。お母さんより。

 ぎゅっと文を胸に抱きしめる。
 ユミの周辺は何とか文字が読み取れるぐらいの明るさは残っていたが、腹は満たされていない。しかし、もう何もやる気が湧いてこない。星空だってどうでもいい。
 履物を脱いで茣蓙に寝ころび毛布をかぶる。
 目を瞑り無理やり闇を作り出す。
 昨晩飲んだ茶が恋しくなる。幻想でもいいから温かな気持ちで微睡んでいたかった。
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