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第一章 孵卵
第三話 出会い 3 1-3-1/2 5
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――寒い。
日が落ちようとする頃、はっきりと自覚した。体がぶるぶると震える。
昔、家にやって来たソラが看病してくれた時も同じように震えていた。確か母とともに熱を出して寝込んでいたはずだ。
凍える体を抱える一方で、杖を握る右腕の傷は焼けるように痛む。発熱の原因はこれである可能性が高い。
改めて森を舐めてかかったことに対する代償を突きつけられた気がする。
考え得る限り最も安全な場所はイチカだろう。しかし、今から戻るにしては歩きすぎた。
今日一日の道のりを振り返っても、雨を凌げる空間を見つけることはできなかった。希望があるとすればまだ足を踏み入れていない場所だ。
あわよくば、ウラヤにだって辿り着けるかもしれない。
ウラヤの一角にあるマイハは夜でも明るい。きっと森の中からでもある程度近づけば見えるはずだ。
ユミはそれを信じて前へ進むしかなかった。
「なんか、むこーのほう、あかるいきがするなー」
辺りが暗くなり始めてからは、意識して声を上げた。そうしていないとぶっ倒れてしまいそうだった。
そのかすかに感じた灯に近づくと、それは幻想ではないことが分かる。
光を発している場所には広間があるように見えた。マイハのような華やかさはないが、どこかの村である可能性は高い。
ウラヤに帰り着いたわけではないのだと少しだけ落胆したが、誰かが居るのは間違いないだろう。
思えばしばらく人に会えていない。試験監督の二人が見守っているはずだが、ユミの前に姿を現すことはなかった。
孵卵を諦めたくないユミの意志を尊重してくれたのだとは思うが、今は誰かの優しさに触れていたいという気持ちの方が勝っていた。
ぽきっ
もう少しで森の切れ間に差し掛かろうという頃、持っていた杖が折れてしまった。ユミはその場で前のめりに倒れる。
もう立ち上がることなどできなかった。折れてしまった杖の片割れを離し、その手を光に向かって伸ばす。伸ばした手で地をつかみ、体を前へと引き寄せる。
右手、左手、……、右手。途切れながらも確実に進んでいく。
やっとの思いで上半身を森の外に出す。これならばこの村に住む者がユミの姿を視認できるはずだ。
腹ばいの体勢を息苦しく感じたユミは、最後の力を振り絞り仰向けになる。
「ふぅ……」
まだ助かったとは言えないが、希望をつなぐことができた。あとは運に身を委ねるしかない。
相変わらず寒気で全身が震える。助けを呼びたいが、クイとヤミが来てしまうかもしれない。
「おかあさん……」
代わりに出た言葉だった。
「ソラっ!?」
返事が返ってくるとは思わなかった。聞き覚えの無い女性の声だった。
――そうか、ソラがいるのか……。
ユミが冷静であればそんなはずの無いことは分かっただろうが、もう合理的な判断などできなくなっていた。
思わぬ友人の存在に安堵し、ユミは今度こそ意識を失った。
――――
目を覚ますと布団の中にいた。温かい布団だった。
孵卵に失敗してしまったかとも思ったが、それならウラヤの家に帰されるはずだ。
ユミは見覚えのない天井を見上げていた。それともここはトミサなのだろうか?
体の震えは収まっている。それでもなお重いと感じた体を起こし右腕を見ると、丁寧に包帯が巻かれているのが分かった。
意識を失う前に聞いた声の主が助けてくれたのだろう。
ユミが目覚めた部屋は障子と襖で仕切られていた。障子の向こう側からは光が透けて見る。その先には縁側があるのだろう。
そのままぼんやりしていると、ぐぅと腹が鳴る。
熱を出しながらあれだけ歩いたのだ。体が要求する通り栄養を摂取し、労ってやるのが良い。
やがて縁側の方からひたひたと足音が近づいてくる。人の影が写るのも束の間、障子がばっと開かれる。
開かれた先には歳の頃が30くらいの女性が立っていた。
彼女と見つめ合う形になったが、流れ行く沈黙に気まずさを覚え、口を開く。
「あ、あの……。助けてくれてありがとう。私はゆ……」
名乗り終える前に抱きしめられていた。他人とは言え、久しぶりに触れる人肌の温かさにユミは心地よさを覚えてしまった。
しかし、その拘束はどんどん強くなり、やがて息苦しさが勝る。女性を引きはがそうとするが、腹が減って力が出ない。
「ソラ、ちゃんと約束通り戻ってきてくれたんだね」
そうだ、ソラだ。気を失う前、ソラを呼ぶ声を聞いたんだった。
――ソラ? あのソラなのか? それとも知らないソラ?
イイバがどのくらいの広さで、森に点在する村をひっくるめてどれだけの人が生活をしているのか見当もつかない。
従って、ウラヤ以外にソラという人物がいてもなんら不思議ではない。
「私、ずっとソラのこと待ってたんだ。もうどこにもいっちゃ駄目」
腕の中でユミは考える。
――一体、誰のことをソラと呼んでいるんだ?
その答えにほとんど気づいてはいたが、本能が認めるのを拒否していた。
日が落ちようとする頃、はっきりと自覚した。体がぶるぶると震える。
昔、家にやって来たソラが看病してくれた時も同じように震えていた。確か母とともに熱を出して寝込んでいたはずだ。
凍える体を抱える一方で、杖を握る右腕の傷は焼けるように痛む。発熱の原因はこれである可能性が高い。
改めて森を舐めてかかったことに対する代償を突きつけられた気がする。
考え得る限り最も安全な場所はイチカだろう。しかし、今から戻るにしては歩きすぎた。
今日一日の道のりを振り返っても、雨を凌げる空間を見つけることはできなかった。希望があるとすればまだ足を踏み入れていない場所だ。
あわよくば、ウラヤにだって辿り着けるかもしれない。
ウラヤの一角にあるマイハは夜でも明るい。きっと森の中からでもある程度近づけば見えるはずだ。
ユミはそれを信じて前へ進むしかなかった。
「なんか、むこーのほう、あかるいきがするなー」
辺りが暗くなり始めてからは、意識して声を上げた。そうしていないとぶっ倒れてしまいそうだった。
そのかすかに感じた灯に近づくと、それは幻想ではないことが分かる。
光を発している場所には広間があるように見えた。マイハのような華やかさはないが、どこかの村である可能性は高い。
ウラヤに帰り着いたわけではないのだと少しだけ落胆したが、誰かが居るのは間違いないだろう。
思えばしばらく人に会えていない。試験監督の二人が見守っているはずだが、ユミの前に姿を現すことはなかった。
孵卵を諦めたくないユミの意志を尊重してくれたのだとは思うが、今は誰かの優しさに触れていたいという気持ちの方が勝っていた。
ぽきっ
もう少しで森の切れ間に差し掛かろうという頃、持っていた杖が折れてしまった。ユミはその場で前のめりに倒れる。
もう立ち上がることなどできなかった。折れてしまった杖の片割れを離し、その手を光に向かって伸ばす。伸ばした手で地をつかみ、体を前へと引き寄せる。
右手、左手、……、右手。途切れながらも確実に進んでいく。
やっとの思いで上半身を森の外に出す。これならばこの村に住む者がユミの姿を視認できるはずだ。
腹ばいの体勢を息苦しく感じたユミは、最後の力を振り絞り仰向けになる。
「ふぅ……」
まだ助かったとは言えないが、希望をつなぐことができた。あとは運に身を委ねるしかない。
相変わらず寒気で全身が震える。助けを呼びたいが、クイとヤミが来てしまうかもしれない。
「おかあさん……」
代わりに出た言葉だった。
「ソラっ!?」
返事が返ってくるとは思わなかった。聞き覚えの無い女性の声だった。
――そうか、ソラがいるのか……。
ユミが冷静であればそんなはずの無いことは分かっただろうが、もう合理的な判断などできなくなっていた。
思わぬ友人の存在に安堵し、ユミは今度こそ意識を失った。
――――
目を覚ますと布団の中にいた。温かい布団だった。
孵卵に失敗してしまったかとも思ったが、それならウラヤの家に帰されるはずだ。
ユミは見覚えのない天井を見上げていた。それともここはトミサなのだろうか?
体の震えは収まっている。それでもなお重いと感じた体を起こし右腕を見ると、丁寧に包帯が巻かれているのが分かった。
意識を失う前に聞いた声の主が助けてくれたのだろう。
ユミが目覚めた部屋は障子と襖で仕切られていた。障子の向こう側からは光が透けて見る。その先には縁側があるのだろう。
そのままぼんやりしていると、ぐぅと腹が鳴る。
熱を出しながらあれだけ歩いたのだ。体が要求する通り栄養を摂取し、労ってやるのが良い。
やがて縁側の方からひたひたと足音が近づいてくる。人の影が写るのも束の間、障子がばっと開かれる。
開かれた先には歳の頃が30くらいの女性が立っていた。
彼女と見つめ合う形になったが、流れ行く沈黙に気まずさを覚え、口を開く。
「あ、あの……。助けてくれてありがとう。私はゆ……」
名乗り終える前に抱きしめられていた。他人とは言え、久しぶりに触れる人肌の温かさにユミは心地よさを覚えてしまった。
しかし、その拘束はどんどん強くなり、やがて息苦しさが勝る。女性を引きはがそうとするが、腹が減って力が出ない。
「ソラ、ちゃんと約束通り戻ってきてくれたんだね」
そうだ、ソラだ。気を失う前、ソラを呼ぶ声を聞いたんだった。
――ソラ? あのソラなのか? それとも知らないソラ?
イイバがどのくらいの広さで、森に点在する村をひっくるめてどれだけの人が生活をしているのか見当もつかない。
従って、ウラヤ以外にソラという人物がいてもなんら不思議ではない。
「私、ずっとソラのこと待ってたんだ。もうどこにもいっちゃ駄目」
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