鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第一章 孵卵

第七話 烏 7 1-7-2/4 19

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「ところで、なんであんな腹抱えた女に監督やらそうと思った? お前、正気か?」
「いろいろあるんですよぉ! 私だって彼女をこんなところに連れて来たくない!」
 クイは自身が責められたことの理不尽さに憤慨する。
「じゃあなんであの女のガキは男連れてるんだ? 孵卵なんだろ?」
「知りたいのはこっちの方ですよ! 全く人の気も知れず呑気なものだ!」
 クイは怒りの形相をユミの方に向ける。

 まだ抱擁が続いているのが見えた。

「キリ、大好き」
「うん。僕も好き」

 クイの苛立ちが最高潮に達した。
「こんの、阿呆鴛鴦あほうどりが!!」
「あほうどり?」
「あの曰く、2人は鴛鴦おしなんですって!」
「おし? ああ、鴛鴦か。ふ……、ハハッ!」
 ケンがにかっと笑う。なんとも腹立たしい笑顔だ。どこか狂気すら感じる。
 ユミを縛めている時には気づかなかったが、この男なかなか目鼻立ちが整っている。
「そうか、いっそ鴛鴦ごとかっさらってくればガキを殴らずに済んだのか……」
 まるで我が子でも見るような穏やかな表情に、クイは呆気に取られてしまう。
 ユミを捕えた時はどうしたものかと思ったが、ヤミを囲む男どもとはどうも様子が違うようだ。
 
「おい見ろよ、こいつ。結構な上玉じゃねぇか。」
「でもおれぁ、あそこのガキも味わってみてぇなぁ」

「下衆が……」
 くだんの男どもに吐き捨て、ケンへと向き直る。
「あなたはあれの仲間なんですか?」
「なかま……、か」
 確かに、十数年前のケンならあの輪の中に入っていたかもしれない。
 その昔、鳩としてウラヤに立ち寄った折には嬉々としてマイハに飛び込んだものだ。また別の村に行けば、無垢な娘をたらしこんだりもした。
 思えばえらく危険な橋を渡り、そして崩れ落ちた。
 
「俺は女に手を出したりしねぇよ」
「はぁ? さっきユミさんを手籠めにしようとしてたじゃないですか!!」
「ユミ? あぁ、ガキの女の方か。そいつは……」
 違う、決して私利私欲でしようとしたことではない、と言おうとしたが言葉を紡げなかった。
 同じことだった。いつか子を成せるようになった時、自分ではない誰かと番わそうと考えていたのだ。
 
「……で、ヤミさんを助けてくれるんですか? どうなんですか?」
「……ここで赤子を産ませ、それを差し出せと言ったらどうする?」
 なんともおぞましい提案をしてくる。しかし、クイは言葉の意図を理解した。

 ナガレは他の村から隔絶された流刑地だ。
 30日に1度だけやってくるトミサからの使いを除き、他の村との交流が絶たれていると聞く。
 見方を変えれば、使いを先導するナガレに生まれた鳩がいるということだ。
 クイが知る限り、そのような鳩は一人しかいない。しかも高齢だ。
 どのような経緯でナガレに生まれ、帰巣本能に目覚めるといった数奇な運命を辿るのかは不明だが、おそらくはトミサの恩情だろう。
 ナガレへの使いがいなくなれば、ここでの生活が破綻することは眼に見えている。
 つまり、ケンは新たにナガレの鳩を生み出すため、我が子を差し出せと言っているのだ。
 
「そんな要求飲めるわけがない!」
 この男に期待した自分がバカだったと悔いる。
「だよな。なら力づくでもここで産ませるしかない」
「ぐっ……」
 突きつけられた選択肢は2つ。
 ヤミの安全を確保し、我が子を差し出すか。母子ともに差し出すか。
 囚われたヤミの方を見る。もう、洟と涙で顔がぐちゃぐちゃだった。
「クイ……」
 ヤミのか細い声がかろうじて聞き取れた。
 ケンに対してここまで啖呵を切ってきたが、実際はかなり臆していた。ヤミを前にして虚勢を張っていたのだ。
 しかしそんな虚勢など、守るものを持たない男どもの前では無力だった。
 クイは舌戦なら得意なつもりだが、腕力はてんで駄目だった。
 むしろ論戦の強さが恨みを買い、返り討ちにされたこともある。
「……たすけて下さい」
「ふっ、いいだろう」
 
 ケンが表情が真剣なものに変わる。そして、今にもヤミの胸に触れようとしていた男どもににじり寄る。
「やめろ」
 低い声が響く。
 男の一人があからさまな動揺を見せる。
「なんだよケン! てめぇも楽しみ――」
 ケンの握りこぶしが男の顎を捕え、殴られた男が崩れ落ちた。
 もう一方の男も眼を見開く。
「てめぇ手ぇ出しやがったな! アサに言いつけんぞ!」
「黙れ」
「ごっ……」
 今度は頭突きを食らわせ、攻撃を受けた男は言葉もなくその場に倒れこむ。
 ほんの一瞬の内に、ヤミは開放された。

 しかし、ヤミは眼の前で繰り広げられた暴力に怯え、動けなくなっていた。
 ケンはしゃがみ込みヤミへと目の高さを合わせる。そして飛び切りの笑顔を見せた。――こうして持ち前の容姿を活かし、女たちを侍らしてきたものだった。
「うちの奴らが悪かったな」
 ヤミは不覚にもその笑顔にときめき、涙も止まってしまう。
 高鳴る胸を押さえつけ、首をぶるぶる振り、クイの方に目を向けた。
 
「――ふう」
 クイは一先ず安堵する。ヤミが助かったという事実と、怒りに任せてケンを殴ろうなどとしなかった自分に対して。
 歩いてヤミの方に近寄り、その場で膝を曲げ、肩を抱く。
「ヤミさん。怖い思いをさせてすみません」
「クイ……」
 ヤミはゆっくりとクイに抱き着いた。
 クイの体にヤミの膨らんだ腹が触れ、胸が痛む。腹の子までは守り切れなかった自分に無力感を感じていた。
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