鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

文字の大きさ
38 / 181
第一章 孵卵

第十三話 選択 13 1-13-1/2 37

しおりを挟む
 烏達が目覚める前に、森とナガレとの境界で一行は対峙する。
「世話になったな、クイさん」
「いえいえ、こちらこそ。不便な生活でしょうに、すっかりお邪魔してしまいましたね」
 ハリの誕生から7日間経過していた。
 ナガレで過ごすこの日々を、クイはしおらしい態度でいることを心がけていた。
 ミズが帰巣本能に目覚めていないことがばれるのではないかと、内心冷や冷やしていたからだ。
 ヤミの体は、何とか森を歩けそうなぐらいまで回復していた。
 秘密が露呈する前に、いい加減ナガレを発ちたいところである。
 
 一方のユミは、この空白の時間も仕切りに森へ出たがっていた。その方が気もまぎれるのだろう。
 森へ赴くたびにミズを連れ出してくれていたので、ユミの能力について勘づかれることも無かったのだが。

 ミズの帰巣本能の発現については、改めてナガレの烏に委ねれば良いだろう。
 クイらがいなくなってからその事実に気づいたとて、文句を垂れにウラヤまで追いかけてくることなどできないのだ。
 
「実は明日、トミサからの使いが来るんだ」
 アサがクイへ切り出す。
「ああ、そうなんですね。ちょうど我々が去った後で良かったです」
「全くだ。あんたらのことは話さないようにするよ」
「……ありがとうございます」
 クイは心から安堵する。アサの言葉は信用して良いはずだ。
 ただでさえユミの孵卵のことをどう報告したものかと考えあぐねていた。ハリの生まれたことが知れたら面倒臭いの騒ぎではない。

「それで、ミズを使いに預けてしまおうと思ってるんだ」
「え……」
 さすがに想定外だった。クイは腹黒いが鬼畜ではない。相手が烏と言えど、自らの行いがナガレの未来を潰したと考えると後味が悪い。
「……いいのですか? ミズさんとしばらく会えなくなりますが……」
 しばらくどころではない。もう2度と会えなくなるかもしれないのだ。
「ああ。きっかけさえあれば、ミズを早いところここから出してやりたかったんだ」
 気持ちは分かる。ミズを男と偽り続けられるのも時間の問題だろう。
「それにな」
 アサがハリを抱えたヤミを一瞥する。
「会いたい人にはまた会えるんだったよな?」
「ええ! ミズもアサもそう願えばきっと叶う」
 ヤミが無垢な笑顔を見せる。
 クイはもう、何も言えなくなった。ヤミは事情を知らないのだ。

「お前……、元気でな」
 ケンがユミに声をかける。あくまでも穏やかな表情だ。
「ふん!」
 キリと別れ、ナガレに戻って来て以来、ユミはケンと一言も口を聞いていなかった。
 アイの元に戻る決断を下したのはキリだ。しかし、ユミは誰かを責めずにはいられなかったのだろう。
「クイ、ヤミ。もう行こ!」
 悲しそうな眼をしたケンを振り向きもせず、ユミは森へと足を踏み入れる。それを見失わないようにクイとヤミが続く。
「またね! ユミ!」
 ミズの声が静謐な森を切り裂いた。

――――
 
 「ユミさん。ここからあなたの力でウラヤまで帰ることが出来れば、孵卵は合格としましょう。いいですね。ヤミさん」
「ええ。ユミ、もうひと踏ん張り頑張って!」
 前を行くユミに向かって2人は声をかける。
 クイは確信していた。ユミが難なくウラヤに辿り着けることを。
 ヤミは願っていた。ユミとともに鳩として働けることを。

 ユミがぴたりと歩を止め振り返る。
「ねえ、ヤミ。ヤミもウラヤまでの道が分からないの?」
「ええ。私に分かるのはトミサのある方向だけ」
 それを聞き、ユミはクイの顔を見上げる。
「ごめんね、クイ。クイのこと散々からかっちゃった……」
「いいですよ。別に気にしてませんから」
 今更からかわれたこと自体どうでも良いのだが、謝られたことでユミが2人のことをどう見ていたのかが分かってしまう。
 ユミはクイよりもヤミを信頼していたのだろう。やはりこの聡い少女は、クイの心の黒い部分を見透かしていたのかもしれない。
「きっと2人は大事なものを迷わないってことだよね」
「はい?」
 クイにはユミの言葉の真意が読み取れない。

「私ね、先生から言われたの。鳩になるためには、大事なもののことを思うことだって。それはきっと生まれた場所のことを思えってことだったんだね」
 ユミは髪に手をやり、キリのタスキに触れる。
「確かに、あの時はお母さんとソラが大事だった。でも今はキリが大事……、かもしれない」
 次いで、ヤミに抱えられたハリを見つめる。
「ねえ、ヤミ。クイとハリどっちか選べって言われたらどうする?」
「え……」
 ヤミは明らかな動揺を見せた。ハリとクイの顔を交互に見る。クイは気まずくなって斜め上に目を向ける。
「ごめん。答えなくていいよ」
 ユミは言ってしまえばキリに選ばれなかった存在だ。そしてユミも、最終的には自らの意志でキリを手放す決断をした。
「選ばずに済んだ方がいいもんね」
 全くもってその通りだ。あわよくば選択などせず全てを手に入れたい。
 しかし、あわよくばでは駄目なのだ。本当に手に入れたいもののために、何かを犠牲にする覚悟がいる。
 この犠牲との葛藤が人を迷わせるのだろう。森でなくとも人は迷うのだ。
 
 ハリがナガレで生まれたという事実を前に、クイとヤミは選択を迫られている。
 無謀にもトミサへハリを連れて行くか、一旦は手放し、ウラヤに預けるか。言うまでも無く、後者を選ぶべきだろう。
 とは言えヤミの性格から考えれば、一時たりともハリとは離れたくないと考えるかもしれない。
 なんなら、このまま一生トミサへ帰らないとも言い出しかねない。
 それはクイにとって、ある意味微笑ましいこととも言える。
 クイも母親から選ばれなかった存在だ。今はどうか分からないが、母親はクイを生んだ後も百舌鳥として働くことを選んだと思われる。
 母親のいる暮らしがどういう物かは分からないが、ヤミがハリを失うような選択はしてほしくない。
 だからこそ、一先ずはハリを手放す選択を受け入れるべきなのだ。

 人は選択を迫られると言えど、本当にやりたいことしか選べないのではないだろうか。
 選んだ時はさも嫌々ながら決意した、と考えることもあるのだが、それによって得られる利益を期待する。
 そしてそれは、決して恥ずべき事でもない。
 
 キリは父親の想いに報いるため、アイとの生活を選んだはずだ。
 そうすることで、幼いながらもキリに何か利益があると感じ取ったのかもしれない。そう思わせる何かをケンは吹き込んだのでないだろうか。
 
 確かに長い目で見れば、キリがラシノに戻る選択は正しかった。
 ユミはキリをトミサへ連れて行くつもりだったようだが、そんなことが許されるはずもない。
 それよりかはユミが鳩となり、キリと再開できる機会を待つのが賢明だろう。

 さらに言えば、鳩にならずともユミがキリに会う手段はある。しかし、それは母親をトミサへ連れて行く、という当初の目的を諦めることにもなる。
 一方でユミの能力を以てすれば、母親とキリとの両方を掴み取る未来を描けるのではないだろうか。
 もはやクイはユミに魅了されていた。ユミが鳩となり、自身の希望を叶える姿を見てみたいとまで思っていた。

 クイとヤミは何も答えないでいたが、やがてユミが口を開く。
「キリには会いたい。でも、今は選んじゃ駄目なんだと思う。だから……」
 ユミはクイとヤミに背を向け、まっすぐウラヤのある方向を見据えた。
「お母さんを選ぶ」
 ユミは本能に導かれるのではなく、自らの意志で帰巣する。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...