鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第二章 雛

第二十二話 出門 22 2-9-1/3 63

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 雛の実習である渡り。初日は森を抜け、トキの生まれ故郷であるナガラの村へと向かうことになる。
 やはりユミの母は、その実習が不安なようであった。ユミ自身も雛の講義で散々森の危険性を学んで来たため、孵卵の受験中よりもむしろ危機意識は高まっていた。
 出発の日の早朝、母の腕に抱かれながらもユミは緊張を悟られぬよう、その眼に決意の光を宿す。そして、今後は何度も森へ足を踏み入れることになる旨を告げ、思いを断ち切るように長屋の自宅を発った。
 
 集合場所は鳩の学舎前だ。いつもの講義より早い朝靄のかかる刻限ではあるが、ユミが到着する頃にはトキ、ギン、テコの3人が揃っていた。
「おはよう、ユミ」
 普段のギンであればユミの姿を目にすると満面の笑みを見せるのだが、今日はその声から緊張した様子が伝わった。
「おはよう」
 ユミの返事からもいつもの彼に対する冷淡さが欠落している。
 
「よし、皆揃ったようだな。出発するぞ!」
 皆の緊張を解くためか、トキはテコの肩に手を置き歯を出して笑う。
「ま、まだサイが来てないよー」
 雛の開始以来、ほぼ毎日のように披露されたトキの冗談なのだが、テコは真に受けたように嘆く。
「お、悪い悪い。ところでお前ら、朝飯食ったか?」
 ユミとギンはおずおずと頷いたが、テコは体を強張らせたままだった。
「ちょっと吐き気がして……」
「いかんぞー、テコ。そんなんじゃとてもナガラまで辿り着けん。ちょうどあそこの食堂でもりもり食ってるやつがいるからな。お前も体をあっためてくるといい」
 トキはそう言うと、くだんの食堂へと顔を向ける。ユミらも釣られて目をやった。
 暴飲暴食、そんな言葉の似合う光景が屋根の下で繰り広げられていた。冷静であれば気づけたはずのその有様も、目に入らないぐらい視野が狭くなっていたのだろう。
「サイ!」
 テコは大食の少女に向かって駆け出して行った。

「おはよう、サイ!」
「ぶふっ!」
 掻きこんでいた米を茶碗に向かって噴き出す。
「大丈夫?」
「お、おう。急に声かけられてびっくりしただけだ。おはよう」
 挨拶を返したサイはテコの頭の上に手を乗せる。先ほどまでの焦燥はどこへ行ったのやら、テコが笑顔を見せると同時にその腹からぐーと音が鳴る。
「お、テコ。飯まだか? 一緒に食う?」
「うん!」
「おばちゃん! 卵焼きと青菜の味噌汁一人前な。あと飯も大盛りで!」
「あいよ!」
 
 テコは空いた椅子をサイの近くへと運び寄せ、そこに座る。
 程なくして給仕の女が湯気の立つ盆を運んでくる。テコはその香りを胸いっぱいに吸い込み、笑顔を見せた。
 後に続いてやってきたユミらも、その姿を見て次第に緊張が解れていく。
 さも安堵した様子のトキは給仕に向かって問いかける。
「おばちゃん、頼んでた物出来てるか?」
「もちろんさ。ほらよ」
 まるでトキの言葉を待っていたかのように、後ろ手に持っていた風呂敷を彼の前へと突き出す。
「おう、ありがとな」
 トキは風呂敷を肩から斜めがけに背負う。

「トキ教官、それは?」
「ああ、昼飯だ。ナガラに着く頃には日が暮れてしまうからな。ちゃんと5人前、いや10人前と頼んである。お前らもおばちゃんに礼を言っとけよ」
 いつものように笑顔を湛える給仕に向かってユミは声を発した。
「おばちゃんありがとう!」
「どういたしまして、ユミちゃん。また元気な姿を見せておくれよ」
「うん、私頑張る!」
 すっかり元気を取り戻したユミと、それを見て不敵な笑みを浮かべるギン。
 各々まだ動機に歪みこそあれど、仲間同士の連携が取れているのだとトキは一定の評価を与えることにした。

――――
 
 サイとテコの朝食が終わり、七班の一行はトミサの外へ出るため大通りの上を歩いていた。
 大通りは鳩の学舎を中心に四方へと伸びており、トミサを囲う塀と突き当たるところに門がある。
 外界へ赴くため、4つある門の内、いずれかの下を通り抜けることになる。
 門をくぐるのはサイとギンにとっては孵卵以来、ユミとテコにとっては移住以来の体験だ。
 
「お前らちゃんと覚えてるか? 森に入った時の基本。サイ、答えてみろ」
 森へ立ち入る前の最後の復習だとばかりに、歩きながらトキが問う。
「えー……、行動を共にする者から10歩以上離れない」
「そうだ。両者の距離が10歩以内であれば、たとえ眼を離してもはぐれることはない……、と言われている」
「あの、トキ教官? 私の孵卵の時、クイさんとヤミさんはずっと10歩以内の傍に居てくれたと言うことでしょうか?」
 ユミがずっと疑問に思っていたことである。孵卵で森を歩いていた時、傍に人の気配を感じたことは無かった。
 試験が始まってからクイと合流するまでの267日間、10歩以内の距離に人が居たのなら察知することは出来たのでないかと感じていた。
「そうだな。まず前提として、10歩以内と言っても人によって差がある。俺ほどでかいやつもそう居ないとは思うが、俺にとっての10歩でもはぐれないというのが、鳩の共通認識だ」
 ユミは自身の視野の狭さを感じた。つい自身の尺度で考えてしまっていたが、トキの10歩ともなると想定の倍ほどの距離はありそうだ。
 
「そして10歩以内であれば1度目を背けてしまった相手でも、振り返ればまた見つけることが出来る。ギン、そのために必要なことは?」
「はい。地には足を着けたままその場から移動せず、腰から上を捻って相手の位置を確認する」
 問いに答えるギンは大げさにしたり顔をして見せる。先日トキから頭が良いと評価されていたこともあって、自信が湧いてきたのだろうか。
「いいぞ。その場から離れてしまったら相手との距離が遠くなってしまうことがあるからな。とにかく1度見失っても焦らないことだ」
 基本的にトキは褒めて伸ばす気質のようだ。そのこともあって、ユミが初めて対面した時に感じた威圧感はとうに失われていた。
 
「それからユミの質問に対する答えの続きにもなるんだが、恐らくクイたちはもっと遠くからお前のことを見ていた」
「え……?」
 ユミとトキが知る由もないことなのだが、ヤミの妊娠が発覚してからというもの、クイらは何度もユミのことを見失っていた。従って、ユミの遥か遠くに居たことは正しいのだが、見ていたという点においては誤っている。
 クイらは昼間ユミとキリが森の探索に出かけている間、イチカと名付けられた洞穴に身を潜めていた。幸いにもイチカには食料がふんだんに集められていたので、それらを拝借することでクイとヤミは命を繋いでいた、というのが真相だった。
 ユミには優れた記憶力が備わっているため、夕暮れ頃にイチカへ戻ると食料の減っていることに気付いてはいた。しかし、キリと2人で食べきれるものでもないし、森に棲む獣たちが持って行ってしまったのだろうぐらいに考えていた。
 従って、クイとヤミが職務を放棄していたなどとは思ってもみないことなのだった。
 
 とは言えクイとヤミの行動は、ユミに危険が及ぶものだった。
「ユミとの距離が離れていても、クイがお前のことを見失いさえしなければ問題ない。危険が及んだ際にはすぐに駆け付けられたはずだ」
 当然、ユミのすぐ傍に居なければ駆けつけることなどできない。ユミが森で行き倒れていればそれまでだった。
 ナガレへ辿り着いた時にクイが駆けつけられたのも、偶然ヤミの調子が良くユミの後を追うことが出来ていたからだった。少し違う運命を辿っていれば、今頃ユミはからすらの手籠めにされていたかもしれないのだ。
 しかしながらユミが見た事象だけを重ねれば、クイは勇敢にもケンに立ち向かっていたことになる。そしてヤミの身体には随分と負担をかけた。雛の講義を受けるにつれ、その事実が次第にユミの胸へとつっかえる様になっていた。
 クイの性格も相まって、未だ素直な対応ができないでいたのだが、この渡りを修了する頃にはもっと彼の気持ちに近づけるのではないかと考えていた。
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