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第二章 雛
第二十二話 出門 22 2-9-3/3 65
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「日が昇り切ったな。お前ら飯にするか!」
前を歩くトキが振り向きざまに声を上げる。そして肩から掛けていた風呂敷を下し、結び目のところ持って眼の前でぶらぶらとさせる。
「義兄さん、私もう……、お腹ぺこぺこだったよぉ」
今朝あれだけ食べていたと言うのに、サイは苦痛に耐えられないといった表情だ。
「サイの代償って大変なんだね。おれ、料理とか覚えよっかな……」
「テコ、私のために? お前やっぱりいい奴だなぁ。なあ、私の鴛にならないか?」
「え!? ほんとに!?」
「ああ、お前が大人になったら……。そうだな、私を倒せたら鴦になってやるよ!」
一瞬輝かせて見せたテコの顔が曇る。
「え……。そんなの無理だよ……」
「ふふふ。今までに私を倒した男なんていないからな。私も安くないってことさ!」
「うー……」
サイはあくまでも冗談のつもりだったのだろうが、テコは神妙な面持ちになった。
「明日からは森に食い物を持ち込むことはできん。水だけは許されているがな。それでも今日のところはおばちゃんに握り飯を用意してもらった。ユミには俺の目的が分かるか?」
「え……、トキ教官の……、お情け?」
不意を打たれてとっさに答える。ユミももはや食べることしか考えていなかったのだ。
答えを口に出してしまってから、そんなこと学んだかなと記憶を辿るが思い当たるものは無かった。
「ガハハハッ! まあ、それも無くはない。だが、お前らにはちゃんと知っといてもらいたいんだ。鳩は鳩でない者によって支えられていることを」
一度豪快に笑って見せたかと思うと、トキはすぐに真剣な表情を見せた。
「有り体に言えば、鳩になった奴の中にはすぐ調子乗る奴もいるんだ。この世界は鳩によって成り立っていると思い込んでいる奴らがいる」
「なあ、義兄さん……。食いながらじゃダメか、その話?」
空腹が頂点に達したのか、サイは苛立ちを隠そうともしない。
「おう、すまんな。確かに食いながらの方がありがたみも分かるかもしれん」
トキは風呂敷の結び目を解き、笹の葉の包みを雛達に配り始めた。
「あー、うめー……。おばちゃんありがとー!」
サイは包みを受け取るや否や、その場に座り込み握り飯を口いっぱいに頬張る。なんとも幸せそうな笑顔だ。
「ガハハハッ! サイは問題なさそうだな。その感謝の気持ちを忘れるなよ」
ユミは孵卵の初日に母から託された握り飯の味を思い出していた。
ウラヤの水田で長い月日をかけて育て上げた稲。それを刈り取り、脱穀し、籾をすり、杵でついて精米する。それを炊き上げることでようやく食べられるようになり、最後に母の手で三角形に結ばれる。その長い工程を噛みしめてきたユミにとって、米の一粒一粒が胸に染み渡ったのだった。
「トキ教官。この世界が鳩だけで成り立っているとはとても思えません。確かに鳩は流通において重要な役割を果たしますが、それは数ある仕事の1つに過ぎません。トミサで暮らすことで、この世界にはいっぱい仕事があるんだと分かりました。持ちつ持たれつ、先日の講義でも教官は言っていましたよね。七班だけじゃないです。このイイバに暮らす人達みんなで支え合っていかないといけないんだと思います」
「ユミ……」
真面目な口調で語り始めたユミを見て、ギンは呆気に取られていた。
「ガハハハッ! ユミ! お前ちゃんと考えられているじゃないか! その思いを胸にこの渡りを乗り越えてくれ!」
「えへへへ……」
トキに褒められたユミは恥ずかしそうに笑うが、ギンにはそれ以上の羞恥心が芽生えていた。普段邪な眼で追っていた彼女が、手の届かない所へ行ってしまったのではないか、そんな気がしてくる。対する自身の取柄は何だろうか、沸き上がってきた虚しさをごまかすように、握り飯を口へと運ぶのだった。
――――
日暮れごろ、七班の一行はナガラの村へと辿り着く。その日は村の宿舎で床へ着くことになるのだが、トキとサイには寄っておきたい場所があった。
「あの……、姉がお世話になりました」
サイはいつに無く緊張した面持ちを見せる。
トキの案内でやって来た彼の生家。その居間に腰を下ろし、サイはトキの母親のアミと対面していた。
「あなたがスナさんの……、とってもよく似てらっしゃる。ええ、スナさんはとっても親切にしてくれました。我が家はトキ1人育てるのが大変で……、スナさんを連れて帰って来てくれた時はさぞ喜んだものです」
アミは穏やかな笑顔を湛えているが、瞳の奥には悲しげな光を宿していた。
親戚と言えど、生まれた村が違えば顔合わせのできる機会は極まれだ。こうして2人が巡り合えたもの鳩の特権のおかげだと言える。
鳩になれる者は100人に1人程度。姉妹で鳩となった事例はほぼ皆無となるが、それをサイは成し遂げて見せた。
現在のこの奇跡的な邂逅にサイとアミは感慨深くなっていた。
「母さん、サイももうじき正式な鳩になる。そうすれば、またこの村にやって来る機会も訪れるはずだ。この渡りを無事終えられるよう、今日は精いっぱいもてなしてやってくれないか」
「ええ、もちろん。でもサイさん……、お願い。どうか鳩になっても無理をしないで」
その気持ちはサイにも痛いほど分かる。
ずっと一緒に居た姉との突然の別れ。憧れの存在が失われたことによって穿たれた心の穴。それを埋めるため、姉の訃報を受け取ったその日の内に、トミサにある鳩の巣へと飛び込んだ。姉の代わりになれるのは自分しかいないのだと信じていたからだ。
雛の初日の自己紹介で、バカ力を人の役に立たせろと親に言われたとは述べたが、それはサイに投げられた言葉ではなかった。
むしろ親から受験の承諾を得るのは苦労した。サイの親の顔は、今眼の前にいるトキの母親が作る表情と同じ色をしていた。
「はい。父と母からも強く言い聞かされました。必ず帰って来いと」
サイは強く頷き、トキを見る。
「義兄さんはとてもよくしてくれています。姉を失った今でも私のことを家族だと言ってくれる。どうか、これからも……、よろしくお願いします!」
サイは深々と頭を下げる。彼女は改めて家族の絆を感じていた。ユミはこの世界にある多様な仕事で人々が支え合うことを強調していたが、家族という単位でも当然支え合わなくてはならないのだ。
サイがテコに対して発した鴛という言葉もほとんど冗談ではあった。それでもどのような形であっても、家族として接したいと改めて決意した。
前を歩くトキが振り向きざまに声を上げる。そして肩から掛けていた風呂敷を下し、結び目のところ持って眼の前でぶらぶらとさせる。
「義兄さん、私もう……、お腹ぺこぺこだったよぉ」
今朝あれだけ食べていたと言うのに、サイは苦痛に耐えられないといった表情だ。
「サイの代償って大変なんだね。おれ、料理とか覚えよっかな……」
「テコ、私のために? お前やっぱりいい奴だなぁ。なあ、私の鴛にならないか?」
「え!? ほんとに!?」
「ああ、お前が大人になったら……。そうだな、私を倒せたら鴦になってやるよ!」
一瞬輝かせて見せたテコの顔が曇る。
「え……。そんなの無理だよ……」
「ふふふ。今までに私を倒した男なんていないからな。私も安くないってことさ!」
「うー……」
サイはあくまでも冗談のつもりだったのだろうが、テコは神妙な面持ちになった。
「明日からは森に食い物を持ち込むことはできん。水だけは許されているがな。それでも今日のところはおばちゃんに握り飯を用意してもらった。ユミには俺の目的が分かるか?」
「え……、トキ教官の……、お情け?」
不意を打たれてとっさに答える。ユミももはや食べることしか考えていなかったのだ。
答えを口に出してしまってから、そんなこと学んだかなと記憶を辿るが思い当たるものは無かった。
「ガハハハッ! まあ、それも無くはない。だが、お前らにはちゃんと知っといてもらいたいんだ。鳩は鳩でない者によって支えられていることを」
一度豪快に笑って見せたかと思うと、トキはすぐに真剣な表情を見せた。
「有り体に言えば、鳩になった奴の中にはすぐ調子乗る奴もいるんだ。この世界は鳩によって成り立っていると思い込んでいる奴らがいる」
「なあ、義兄さん……。食いながらじゃダメか、その話?」
空腹が頂点に達したのか、サイは苛立ちを隠そうともしない。
「おう、すまんな。確かに食いながらの方がありがたみも分かるかもしれん」
トキは風呂敷の結び目を解き、笹の葉の包みを雛達に配り始めた。
「あー、うめー……。おばちゃんありがとー!」
サイは包みを受け取るや否や、その場に座り込み握り飯を口いっぱいに頬張る。なんとも幸せそうな笑顔だ。
「ガハハハッ! サイは問題なさそうだな。その感謝の気持ちを忘れるなよ」
ユミは孵卵の初日に母から託された握り飯の味を思い出していた。
ウラヤの水田で長い月日をかけて育て上げた稲。それを刈り取り、脱穀し、籾をすり、杵でついて精米する。それを炊き上げることでようやく食べられるようになり、最後に母の手で三角形に結ばれる。その長い工程を噛みしめてきたユミにとって、米の一粒一粒が胸に染み渡ったのだった。
「トキ教官。この世界が鳩だけで成り立っているとはとても思えません。確かに鳩は流通において重要な役割を果たしますが、それは数ある仕事の1つに過ぎません。トミサで暮らすことで、この世界にはいっぱい仕事があるんだと分かりました。持ちつ持たれつ、先日の講義でも教官は言っていましたよね。七班だけじゃないです。このイイバに暮らす人達みんなで支え合っていかないといけないんだと思います」
「ユミ……」
真面目な口調で語り始めたユミを見て、ギンは呆気に取られていた。
「ガハハハッ! ユミ! お前ちゃんと考えられているじゃないか! その思いを胸にこの渡りを乗り越えてくれ!」
「えへへへ……」
トキに褒められたユミは恥ずかしそうに笑うが、ギンにはそれ以上の羞恥心が芽生えていた。普段邪な眼で追っていた彼女が、手の届かない所へ行ってしまったのではないか、そんな気がしてくる。対する自身の取柄は何だろうか、沸き上がってきた虚しさをごまかすように、握り飯を口へと運ぶのだった。
――――
日暮れごろ、七班の一行はナガラの村へと辿り着く。その日は村の宿舎で床へ着くことになるのだが、トキとサイには寄っておきたい場所があった。
「あの……、姉がお世話になりました」
サイはいつに無く緊張した面持ちを見せる。
トキの案内でやって来た彼の生家。その居間に腰を下ろし、サイはトキの母親のアミと対面していた。
「あなたがスナさんの……、とってもよく似てらっしゃる。ええ、スナさんはとっても親切にしてくれました。我が家はトキ1人育てるのが大変で……、スナさんを連れて帰って来てくれた時はさぞ喜んだものです」
アミは穏やかな笑顔を湛えているが、瞳の奥には悲しげな光を宿していた。
親戚と言えど、生まれた村が違えば顔合わせのできる機会は極まれだ。こうして2人が巡り合えたもの鳩の特権のおかげだと言える。
鳩になれる者は100人に1人程度。姉妹で鳩となった事例はほぼ皆無となるが、それをサイは成し遂げて見せた。
現在のこの奇跡的な邂逅にサイとアミは感慨深くなっていた。
「母さん、サイももうじき正式な鳩になる。そうすれば、またこの村にやって来る機会も訪れるはずだ。この渡りを無事終えられるよう、今日は精いっぱいもてなしてやってくれないか」
「ええ、もちろん。でもサイさん……、お願い。どうか鳩になっても無理をしないで」
その気持ちはサイにも痛いほど分かる。
ずっと一緒に居た姉との突然の別れ。憧れの存在が失われたことによって穿たれた心の穴。それを埋めるため、姉の訃報を受け取ったその日の内に、トミサにある鳩の巣へと飛び込んだ。姉の代わりになれるのは自分しかいないのだと信じていたからだ。
雛の初日の自己紹介で、バカ力を人の役に立たせろと親に言われたとは述べたが、それはサイに投げられた言葉ではなかった。
むしろ親から受験の承諾を得るのは苦労した。サイの親の顔は、今眼の前にいるトキの母親が作る表情と同じ色をしていた。
「はい。父と母からも強く言い聞かされました。必ず帰って来いと」
サイは強く頷き、トキを見る。
「義兄さんはとてもよくしてくれています。姉を失った今でも私のことを家族だと言ってくれる。どうか、これからも……、よろしくお願いします!」
サイは深々と頭を下げる。彼女は改めて家族の絆を感じていた。ユミはこの世界にある多様な仕事で人々が支え合うことを強調していたが、家族という単位でも当然支え合わなくてはならないのだ。
サイがテコに対して発した鴛という言葉もほとんど冗談ではあった。それでもどのような形であっても、家族として接したいと改めて決意した。
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