鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第二章 雛

第二十四話 家族 24 2-11-1/3 69

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 テコに手を引かれて森を歩く。さすがに鴛鴦繋おしつなぎは許さなかったが、テコもそれを望むことはなかった。
「ねえ、ユミ。勢いで飛び出しちゃったけど、ほんとに大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。ちゃんと周りを見て歩いているから」
 月明かりに照らされたテコの顔からは不思議そうな色が仄かに浮かんでいる。
 つまずかないように、テコは最低限足元を見ながら歩いてはいるが、ユミとは対照的に周りのことなどはほとんど眼に入っていない。
 周りを見ずとも、生まれ故郷であるモバラに向かって歩くことはできるのだ。

「モバラまでは1刻もかからないぐらいなんだよね? 今サイ達が寝てる場所との往復の時間を考えても、テコのお母さん達とお話するぐらいの時間はあると思うよ」
「往復って……。そんなことが出来るの?」
 テコの疑問は当然だ。トキに叱られた悲しみのあまり、抜け出してしまおうというユミの甘い言葉に誘われてしまったが、歩いている内に冷静さを取り戻したようだ。
「ユミは、一体どこで生まれたの?」
 鳩の持つ帰巣本能は、生まれた場所へ導かれる力である。サイ達が眠る場所へ戻ることが出来ると言うのであれば、ユミは何とも得体のしれない場所で生まれたことになる。
「ウラヤだよ。絶対にラシノなんかじゃないからね!」
「ラシノ?」
「ううん。なんでもない。テコはモバラへ帰ることにだけ集中して」
「……うん」
 解せぬ。そんな様子のテコだったが、彼に出来るのはユミが言う通り足を動かすことだけだった。
 
 うっかりラシノという地名を出してしまった。モバラの鳩であるテコが今後も足を踏み入れる余地のない場所だ。
 孵卵の際、クイやケンからラシノの生まれなんじゃないかと、詰め寄られた名残りとも言える失言だ。
 とは言え、ラシノの生まれでありたくない理由は、ユミがアイの娘でありキリの姉であるという仮説を拒絶したいからだ。しかしながらソラのことを思えば、ウラヤに住むことがそれを否定するものではないのだと分かってしまった。
 アイの娘でさえ無ければラシノの生まれの方が良かったかもしれない、という考えすら浮かんでくる。鳩になることも無く、ラシノの村から出ないままキリと生涯を遂げることが出来るのなら、それ以上に望むことなどない。
 現状、キリに会うことも許されていない。では。
 
 もりす記憶。懐に忍び込んでいた覚書に綴られていたユミの能力の名前である。
 覚書を読んだ後も、繰り返し文面の意味を考えていた。

 ――森巣記憶
   森を意のままに歩ける力
   トミサの門の外では使うも自由――
 
 2行目については文字通りの意味だろう。鳩になるまで、鳩は森を自由に歩けるものとばかり思っていたが、実際のところそうではなかった。もりす記憶を有するユミだからこそ成せる業なのだ。
 気になるのは3行目だ。これも文字通りの意味と言えばそれまでだが、そもそももりす記憶を使う場面はトミサの外の森でしかない。
 座学の試験で満点を取得した時にも、ユミの優れた記憶力を発揮したのには違いない。しかし、文面の意図はそうでないはずだ。満点などその気になれば誰にでも成し得ることなのだ。
 覚書の本質的な意図としては、もりす記憶を以て森を自由に歩き回っても、トミサへということだろう。ユミはそのように結論付けていた。
 
 トミサを介さずに村を渡り歩くことは禁止されている。
 鳩の縛めに定められたことではあるが、禁止されるまでも無く1人でそれを実行出来る者などいない。実行させないため、トミサの門を出る際に検分が行われる。
 トミサとトミサの鳩、あるいはトミサとそれ以外の村の鳩の組み合わせであれば検分を通過することが出来る。この渡りについては例外のようではあるが。
 トミサの村でない鳩同士の組み合わせでは出門が許されていないため、原理上トミサを介さずに村を渡り歩くことは不可能なのだ。
 この検分の仕組みにおける大きな欠点は、ユミの持つもりす記憶の存在を考慮していないことにある。これも鳩らが鳩の常識に囚われてしまっているがための制度だろう。
 ユミは孵卵の時点でラシノやナガレなどに辿り着いており、鳩の縛めを犯したことになる。しかし現時点ではそれを咎められていない。クイがユミの試験についてうまく報告したということなのだろう。
 咎められていないと言えば、トミサへの出発の前日、ソラとともにラシノに辿り着いてしまったことも同様だ。

 以上の事実を踏まえれば、トミサの外で縛めを犯した者を取り締まるのは難しいことが見えてくる。あの覚書が意図するところを事実が裏付けているのだ。
 当然、門の外であれば縛めに反してもばれることはない、と言い切れる訳が無い。
 しかしそれ以上に、ユミがキリの元へ向かうことを躊躇っているのは、むしろキリと交わした約束の効力が大きい。
 キリが大人になったら迎えに行く。それまでには立派な鳩になり、素敵な鴦になる。そういう約束だ。

 それでは立派な鳩とは何だろうか。ユミなりに考えた。
 前提として、鳩の縛めを順守することは立派な鳩の条件であるはずだ。たとえユミにとって不本意な縛めであったとしても。
 クイの提案に従えば将来キリが書くであろう鴛鴦文を読むことは叶うかもしれない。法を順守すると言う点においては際どいところであるが。
 とは言え、キリとの再会までが保障されている訳では無い。
 ウラヤからラシノへ、村を渡り歩くという禁忌を犯さない限り、キリとの約束は果たせないのだ。
 
 ならばせめて、縛めを犯すのに足る尤もらしい条件を自ら定めておこうとユミは考える様になった。
 これまでにも複数回にわたりラシノへ辿り着いたことが露呈しなかったのは、それを黙っていたからだと言える。
 一方で、正式な鳩でもないのにソラの後を追い森へ足を踏み入れたところまでは、ユミのお目付け役のカサも把握している。それが咎められていないのは、ソラを助けるという大義名分があったからだ。
 即ち、正当な理由さえあれば縛めを犯すことも止むを得ない、と判断されることもあるのだ。
 
 縛めを犯すのに尤もらしい条件。その答えに辿り着く鍵はトキの言葉にあった。
 
 ――俺達は助け合える。皆が手を取り合い、無事トミサへと帰ってくる。これを成し遂げられるようになることが渡りの目的だ。
 
 自分の為だけではない。誰かの為になるのなら、もりす記憶を発揮すれば良いのだとユミは思い至る。
 
 七班の全員が揃ってトミサへ帰り着くには、テコの心を癒すことが何よりも重要なのだ。
 こうしてテコの手を取っているのは、そんなユミの決意によるものであった。
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