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第三章 口舌り
第三十三話 開封 33 3-7-1/3 99
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ウラヤにあるヤマの医院の脇、1人の少年が植え付けられたツツジに水をやっていた。
ユミはその背後から声をかける。
「ハリ!」
「ユミおねーちゃん!」
ハリは振り返ると、柄杓を片手にとてとてと駆け寄ってくる。
嬉しそうな表情を浮かべていたのも束の間、ユミの後方へ眼をやるとふくれっ面を見せた。
「なんだ、今日はギンくんか……」
失礼な物言いにも関わらず、歩み寄ってくるギンは穏やかな笑みを浮かべている。
「こら、ハリ。そんなこと言っちゃダメ。ハリがそんなんじゃ、将来素敵な鴦も現れないよ」
「いいもん! ぼくにはお母さんとユミおねーちゃんとソラおねーちゃんと、それにサイおねーちゃんがいるもん!」
ハリは腰に手を当て胸を張った。
その言動にユミは呆れてしまう。そして横目にギンを睨みつけた。
「ギン、なんかハリに吹き込んだ?」
「え? オレのせい?」
「……いや、昔のギンよりひどいかも。歳相応のうわごとだとは思いたいけど」
ギンも5年ほど前の自身の振舞いを思い出すと恥ずかしさがこみあげる。
しかし口には出さないものの、ユミもあまり人のことを言えないのではないかとギンは感じていた。
現にハリを相手に、顔を綻ばせているユミからは邪悪な印象を受けてしまう。
「もー、ハリはしょうがないなぁ。ほら、飴あげる。村のお友達にも分けてあげて」
「ありがとう!」
ハリは差し出された小さな紙袋を受け取ると、両手をあげて喜んで見せた。
しかしすぐにギンの存在を思い出し、彼に向かってびしっと指を差す。
「ぼく友達と遊んでくるけど、ソラおねーちゃんに変なことしないでよ!」
それでもギンは動じない。しゃがみ込んでハリと眼の高さを合わす。
「ハリくん。お兄ちゃん、ちょっとだけソラさんに大事なお話があるんだ」
「ま、まさか鴦になってなんて言わないよね?」
ハリは青ざめる。幼いながらギンのことを本気で警戒しているようだ。
「うん、大丈夫だよ。今日はユミお姉ちゃんのためのお話だから」
「ユミおねーちゃんの?」
首を傾げるハリの頭をギンは優しく撫でる。
「そう、ユミお姉ちゃんはハリくんが生まれる前から好きな人がいるんだ」
「そうなんだ……」
「ユミお姉ちゃんには幸せになって欲しいだろう? だから応援してあげて」
「うん!」
ハリは元気よく頷くとユミに向かって笑顔を向けた。
「おねーちゃん、頑張って!」
「ありがとう、ハリ」
ユミもにっこりと笑みを返した。
そのユミの笑顔にハリはしばらく見惚れた様子だったが、やがてギンへと向き直る。
「ねえ、ギンくん……」
「どうしたの?」
「ぼく、ソラおねーちゃんも幸せになって欲しい」
ギンの胸に嬉しさがこみあげてくる。
「そう、ハリくんは優しいね」
「ソラおねーちゃん、ギンくんがいるとすごく幸せそうで……」
「ハリくんにもそう見えるんだったら間違いないね。オレもソラさんが近くにいるとすっごく幸せなんだ」
「そっか……。2人はおにあいなんだね……」
ハリの顔はみるみるうちに曇っていく。
「ギンくんとソラおねーちゃんが鴛鴦になったら、おねーちゃんはここから出てトミサに行っちゃうの?」
つんけんした態度の意味がようやく見えてくる。
「そうだね。そうなるかもしれない。でもそれはソラさんが決めること。ソラさんがウラヤに残りたいと言うなら、オレはハリくんのお母さんと一緒にウラヤで働こうかなと思ってる」
「そうなんだ!」
ハリはぱあっと顔を輝かせた。
「どうかなハリくん? ソラさんとオレのことも応援してくれる?」
「うん! ギンくん頑張って!」
「ありがとう」
優しく微笑みかけるギンだが、一抹の罪悪感も覚えていた。
「ほら、ハリ。ここからは大人の時間だから……、ごめんね」
ユミはそう言うとハリに向かって手を差し出し、持っていた柄杓を受け取った。
「ユミおねーちゃん。ギンくん。またね!」
気が済んだのかハリは素直な様子だ。大きく手を振ってその場から立ち去っていく。
「ギン、口がうまくなったよね……」
「まあ多分、ユミの影響だとは思うけど……」
「は?」
ユミに自覚は無かったようだ。ギンを始め七班の面々はユミの口車に幾度も乗せられてきたものだった。
訝し気な様子のユミをよそに、ギンは考える。
ソラがギンと向き合おうと思ったきっかけはユミの母親と会うためだった。
今となっては当初の目的も忘れたかの様にギンへ首ったけのようだが。
とは言えソラのハリに対する接し方を見れば、彼女が今後どうするつもりかは察することが出来てしまう。
まだ幼いハリへ、自らが有する医術の知識を教え込もうと必死なようだ。それは恐らく、ソラが医院を空ける日が来るのが近いと暗示しているのだろう。
「ハリくんには悪いけど、ソラさんのことは譲れないな」
遠ざかっていくハリの背中を見つめながら呟いた。
「まさかギンがここまで一途になるとは思わなかったよ」
「ごめんなユミ。5年前は……。気持ち悪かったよな、オレ」
「うん」
ユミに対しての初めての謝罪だったのだが、淀みのない瞳で返され辛くなる。
「でも、もういいよソラに対する想いは本物みたいだから」
「ありがとう、信じてくれて」
ユミの信頼には努めて応えなければならない。ギンは改めて肝に銘じた。
「あ、でも……。マイハに行ったことは看過できないかな」
「だから違うんだって!」
ユミはその背後から声をかける。
「ハリ!」
「ユミおねーちゃん!」
ハリは振り返ると、柄杓を片手にとてとてと駆け寄ってくる。
嬉しそうな表情を浮かべていたのも束の間、ユミの後方へ眼をやるとふくれっ面を見せた。
「なんだ、今日はギンくんか……」
失礼な物言いにも関わらず、歩み寄ってくるギンは穏やかな笑みを浮かべている。
「こら、ハリ。そんなこと言っちゃダメ。ハリがそんなんじゃ、将来素敵な鴦も現れないよ」
「いいもん! ぼくにはお母さんとユミおねーちゃんとソラおねーちゃんと、それにサイおねーちゃんがいるもん!」
ハリは腰に手を当て胸を張った。
その言動にユミは呆れてしまう。そして横目にギンを睨みつけた。
「ギン、なんかハリに吹き込んだ?」
「え? オレのせい?」
「……いや、昔のギンよりひどいかも。歳相応のうわごとだとは思いたいけど」
ギンも5年ほど前の自身の振舞いを思い出すと恥ずかしさがこみあげる。
しかし口には出さないものの、ユミもあまり人のことを言えないのではないかとギンは感じていた。
現にハリを相手に、顔を綻ばせているユミからは邪悪な印象を受けてしまう。
「もー、ハリはしょうがないなぁ。ほら、飴あげる。村のお友達にも分けてあげて」
「ありがとう!」
ハリは差し出された小さな紙袋を受け取ると、両手をあげて喜んで見せた。
しかしすぐにギンの存在を思い出し、彼に向かってびしっと指を差す。
「ぼく友達と遊んでくるけど、ソラおねーちゃんに変なことしないでよ!」
それでもギンは動じない。しゃがみ込んでハリと眼の高さを合わす。
「ハリくん。お兄ちゃん、ちょっとだけソラさんに大事なお話があるんだ」
「ま、まさか鴦になってなんて言わないよね?」
ハリは青ざめる。幼いながらギンのことを本気で警戒しているようだ。
「うん、大丈夫だよ。今日はユミお姉ちゃんのためのお話だから」
「ユミおねーちゃんの?」
首を傾げるハリの頭をギンは優しく撫でる。
「そう、ユミお姉ちゃんはハリくんが生まれる前から好きな人がいるんだ」
「そうなんだ……」
「ユミお姉ちゃんには幸せになって欲しいだろう? だから応援してあげて」
「うん!」
ハリは元気よく頷くとユミに向かって笑顔を向けた。
「おねーちゃん、頑張って!」
「ありがとう、ハリ」
ユミもにっこりと笑みを返した。
そのユミの笑顔にハリはしばらく見惚れた様子だったが、やがてギンへと向き直る。
「ねえ、ギンくん……」
「どうしたの?」
「ぼく、ソラおねーちゃんも幸せになって欲しい」
ギンの胸に嬉しさがこみあげてくる。
「そう、ハリくんは優しいね」
「ソラおねーちゃん、ギンくんがいるとすごく幸せそうで……」
「ハリくんにもそう見えるんだったら間違いないね。オレもソラさんが近くにいるとすっごく幸せなんだ」
「そっか……。2人はおにあいなんだね……」
ハリの顔はみるみるうちに曇っていく。
「ギンくんとソラおねーちゃんが鴛鴦になったら、おねーちゃんはここから出てトミサに行っちゃうの?」
つんけんした態度の意味がようやく見えてくる。
「そうだね。そうなるかもしれない。でもそれはソラさんが決めること。ソラさんがウラヤに残りたいと言うなら、オレはハリくんのお母さんと一緒にウラヤで働こうかなと思ってる」
「そうなんだ!」
ハリはぱあっと顔を輝かせた。
「どうかなハリくん? ソラさんとオレのことも応援してくれる?」
「うん! ギンくん頑張って!」
「ありがとう」
優しく微笑みかけるギンだが、一抹の罪悪感も覚えていた。
「ほら、ハリ。ここからは大人の時間だから……、ごめんね」
ユミはそう言うとハリに向かって手を差し出し、持っていた柄杓を受け取った。
「ユミおねーちゃん。ギンくん。またね!」
気が済んだのかハリは素直な様子だ。大きく手を振ってその場から立ち去っていく。
「ギン、口がうまくなったよね……」
「まあ多分、ユミの影響だとは思うけど……」
「は?」
ユミに自覚は無かったようだ。ギンを始め七班の面々はユミの口車に幾度も乗せられてきたものだった。
訝し気な様子のユミをよそに、ギンは考える。
ソラがギンと向き合おうと思ったきっかけはユミの母親と会うためだった。
今となっては当初の目的も忘れたかの様にギンへ首ったけのようだが。
とは言えソラのハリに対する接し方を見れば、彼女が今後どうするつもりかは察することが出来てしまう。
まだ幼いハリへ、自らが有する医術の知識を教え込もうと必死なようだ。それは恐らく、ソラが医院を空ける日が来るのが近いと暗示しているのだろう。
「ハリくんには悪いけど、ソラさんのことは譲れないな」
遠ざかっていくハリの背中を見つめながら呟いた。
「まさかギンがここまで一途になるとは思わなかったよ」
「ごめんなユミ。5年前は……。気持ち悪かったよな、オレ」
「うん」
ユミに対しての初めての謝罪だったのだが、淀みのない瞳で返され辛くなる。
「でも、もういいよソラに対する想いは本物みたいだから」
「ありがとう、信じてくれて」
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