鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第三章 口舌り

第三十八話 賽子 38 3-12-3/3 117

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「じゃあ、ユミさんとサイさんのお2人で……。1つづつ賽子を持って下さい」
 サイが賽子を1つ差し出してきたので、渋々受け取る。
「それじゃ私は向こう向いていますね」
 奇術師がくるりと背を向ける。
「はい。ではユミさんとサイさんもお互いの手元を見ない様にして……。いいですか?」
「おう」
「それでは左手を広げて、その上に賽子を置いて下さい。それで好きな目を上にして下さい。目が決まったら教えて下さいね」
 ユミもいつの間にか言われた通りに動いてしまっていた。そしてなんとなしに赤い点を持つ一の目を上に向ける。
 傍らではサイも手元で賽子を転がしているようであるが、指示に従い手の中までは見ないようにした。
「決まったぞぉ」
「ありがとうございます。ユミさんもいいですかぁ?」
「はい……」
 流されるがままに呟く。

「それでは右手を被せて賽子を隠して下さい」
「出来ました」
「それでは私はそちらに向き直りますね」
 奇術師はゆっくりと振り返ると、ユミとサイに突き出された2組の腕の先をまじまじと見つめた。

「おや、お2人さん。何か打合せされました?」
 顔を上げ、ユミとサイを交互に見る。
「ん? してないぞ?」
 サイは首を傾げる。

「ほう、でしたらお2人の仲が良いのでしょうね。ピンゾロとは縁起がいい」
 ユミの心臓がとくんと跳ね上がる。以前奇術師と邂逅した時の様に、考えていることを読み当てられてしまったのではないだろうか。
 焦燥感を胸にサイの方を見やると、彼女も驚いた様子を見せていた。
 2人が示し合わせたように手を開くと、一の目を上に向けた賽子が2つ露わになった。
 
「すごい……」
 ユミは思わず声を漏らす。
「まあこれは、6かける6分の1の確率で当たりますね」
 大したことではない、とでも言いたげな奇術師の言葉に、サイは頭に疑問符を浮かべだす。そんな彼女の脇腹を、ユミは肘で小突いてやる。
「36分の1だよ。勝負事好きなんだったらそのぐらい分かるでしょ」
「いや、勝負なんて勝つか負けるかだからな。確率なんて気にしてないぞ」
「サイ……」
 これまでよくカモにされなかったものだと呆れ果てる。

 そしてユミは思案する。
 36分の1の確率。果たして本当にそうだろうか。
 何か100分の100で的中させる仕掛けがあるのではないだろうか。
 クイの言葉を借りれば、奇術には説明可能な原理があるはずなのだ。
 
 先ほどすごいと驚いて見せはしたが、ピンゾロという言葉に学舎での初日の出来事が思い当たった。
 当時まだ、賽子を知らなかったユミに向け、サイは身に着けていた2つの賽子を外し文机へ転がして見せた。
 そして偶然ではあるが両方の賽子がともに一の目を見せ、サイはピンゾロだと喜んでいた。
 
 また、サイは度々賭場に通うと聞く。彼女がピンゾロを好きであることは、少し調査すれば誰にでも分かるはずだ。
 そんなサイの傍にいることの多い、ユミの深層しんそう意識の中にもピンゾロが刻まれていたとしてもおかしくはない。
 
 奇術師はこれらの背景を把握しており、対するサイとユミは記憶きおくに刻まれたピンゾロを無意識に表へと出してしまった。
 というのが、この度の奇術の真相しんそうではないだろうか。

 思考を読まれたと感じた時は焦ったが、このように考察を深めていくことで、徐々に心が落ち着きを取り戻していく。
 
「さて、ここからが本番です。何か私に当てて欲しいことは無いですか?」
 挑発めいた言葉である。
「じゃあ、私の能力について当ててもらえますか?」
 ユミも挑戦的な眼で応じる。
「能力? 今まで言われたことないですね。そんなこと」
 奇術師は顎に手を当て困惑を見せる。

「いいのかユミ? それって秘密なんじゃ……」
 サイがそっと耳打ちしてくる。
「大丈夫。ちゃんと考えてることがあるから」

 ユミの能力。覚書に書かれた言葉を引用するのなら「森巣記憶」である。
 
「ユミさん。その能力について言葉にすることは出来ますか? あ、口には出さないでくださいね」
「はい」
 ユミは頭に「もりす」を思い浮かべる。
 覚書を手にした時から向いていた奇術師への疑念。今こそ明らかにする時だ。

 もともと知っていたことをあたかもその場で読み取ったように見せる、と言うのがユミの推理した奇術の原理だ。
 奇術師がユミの能力に名前を与えたのだとすれば、「森巣記憶」の正しい読み方を知っているはずだ。
 ユミはある時から思い始めていた。「もりすきおく」という読み方が本当は間違っているのではないかと。
 少なくとも「もりす」と呼ぶのはおかしいはずだ。他でもないサイが短く呼び始めたことなのだから。
 従って奇術師は「もりす」を当てられるはずがない、そう考えたのだ。

 奇術師はユミの両眼をじっと見つめると、やがて首を傾げた。
「うーん。聞いたことの無い言葉ですね」

 ――本当は知っているんでしょ?

 飛び出そうになった言葉を飲み込み、ユミは不動を貫いた。

「読み取った言葉をそのまま答えますね……。もりす?」
「ひっ……」
 ユミは眼をまん丸に開き、肩を抱いて後ずさる。

「もりす、あってました?」
「は、はい……」
 奇術師が「森巣記憶」の正しい読み方を知っているという前提が崩れてしまった。

「どうしたんだよユミ。考えてることがあるって言ってたじゃないか? さっきの威勢はどこ行った?」
「この奇術師さん、本物だ……」
「本物? そらそうだろ、5年前私らの前で匙も直して見せたんだ」
 サイにはユミの意図が読めない。
 
「この奇術、実際受けてみた本人じゃないと驚きを味わえないのです」
「はい……。確かに……、そうですね……」
 ユミはまだ震える声を絞り出す。
 
「とは言え、ユミさん一度体験されましたよね。初恋の人の名前を当てると言う内容で」
「そうでした」
 驚かされてしまいはしたが、奇術師への疑念が取り払われていた。
 どうやってユミの思考を読み取ったか疑問は残るが、今日の為に予めユミについて調査していたという訳では無いのだろう。
 今や彼の微笑みが温かみを帯びて見える。何の雑念も無く、ただ純粋に誰かを楽しませたいだけの男なのだろう。

「これからキリに会うんです。久し振りに」
 きっとユミのことなど観客の1人としか捉えていないだろう、という安堵感から口も軽やかになってくる。
「ほう、そうでしたか。良かったですね」
「はい。彼と会う前に、もやもやとしたものが晴れて良かったです!」
 ユミはにっこりと微笑んだ。
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