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第四章 巣立ち
第四十五話 弱点 45 4-6-3/4 141
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「どれだけ時間がかかると思ってるんです? 闇雲に歩いたところで目的地に辿り着けないことは分かっているでしょう?」
「動かないよりましだよ!」
「それはどうでしょうか? 体力を失うだけですよ。道標となる私まで動けなくなってしまえば共倒れです」
「ふんっ!」
背後から聞こえてくる声を無視し、ひたすら前に進む。
「……いいでしょう。歩いたままで良いので聞いていてください」
ユミを見失わない様、クイの足で5歩程度の間隔を保ちながら背に向かって声を投げる。
クイに対する棘のある言動に反して、ユミも歩調を速める訳では無い。クイと離れてはならないことは分かっているのだろう。
「ヤミさんと話された件について聞かせてもらいましたよ。キリさんには既に会われたんですね。ナガレを経由する必要も無かったとは……。それにソラさんはアイさんの娘さんだったんですね。そしてお父様はケンさんですか、ユミさんソラさん共に。お2人は何となく似ているとは思っていましたが、本当に姉妹だったんですねぇ。性格は全然違いますけど」
ユミが黙りこくっているのを良いことに、クイの口から言葉がすらすらと流れ出していた。
「うるさいなぁ……」
さすがにユミも無視できなかった。
ユミとソラとの秘密が把握されてしまっている。ばらしてしまったのはヤミなのだろうが、悪気はなかったものと思いたい。
「それで何? 私達の弱みでも握ったつもり?」
返答はしてやるが、振り向きもしないで歩き続ける。
「弱みだなんてそんな……。弱みなのだとしたらむしろ助けてあげたいと思っています。この思いまで信じて頂かなくても結構ですが」
「何でもいいよもう。どうしたいの? 言っとくけど、百舌鳥の方達に何かしようと言うのなら聞き入れないからね」
「いいでしょう。そう言うことであればより良いご提案が出来そうです」
「……本当に?」
ユミは立ち止まり、クイへと振り返った。
「ええ、話を聞いて頂けるようで感謝いたします」
クイは飛びっきりの笑顔を見せた。
「ユミさんはケンさんをラシノに連れて行き、アイさんと引き合わせたいのですよね。そうすればキリさんが解放されると考えてらっしゃる」
「そうだよ。何か反論はある?」
「いえ、なるほどなと思いましたよ。アイさんのことを深く知るわけではありませんが、あの狂気はケンさんへの執着に由来するものだったんですね」
「多分ね。正直、クイに納得してもらえるなら心強い」
目的はどうであれ、鴛鴦文を集約する係に就任したクイなのだ。誰よりも人の気持ちを考えて来たに違いない。
現にユミの欲しい言葉と嫌がる言葉と使い分けていると感じる。クイの掌の上で転がされているような気もして不快感も押し寄せるのだが。
「ありがとうございます。で、どうします? ケンさんをアイさんに引き合わせた後は?」
「キリを連れて行く。キリはアイとの決着をつけたがってた。アイが大人しくなればキリも納得してくれるはず」
「キリさんをどこへ連れて行くつもりですか?」
「それは……」
言われてみれば、困る問いかけであることに気づく。
恐らくは既に昨日の出来事。キリとは顔合わせするに留めるはずだった。
しかしいざ会ってみれば、やはり我慢することなど出来なかった。ラシノから連れ出し、甘い時間を継続したいと願ってしまった。
そして考えていたのはそこまでだった。
「ウラヤに……」
「妥当な答えですね。しかしウラヤに連れてきてどうします? 一緒に暮らすんですか? 鳩の眼に触れない様に」
「鳩の縛めを犯しても、門の外ではばれないって教えてくれたのはクイだよ?」
「確かにそうですね。キリさんを連れてきてもばれないかもしれません」
クイはかけていたメガネを指でくいと上に押し上げる。
「とは言え、いざと言う時にはラシノに帰して上げなくてはならないでしょう。ユミさんの行動に疑いをかけられた時に、証拠隠滅を図る余地を残しておくべきです」
「すごいこと言うね……。でも確かに一理ある」
クイの指摘は癇に障るが、キリを前にして衝動的で浅はかな思考に陥っていたのだと思い知らされる。
「キリさんが帰るべきラシノには誰が待っていますか?」
「アイとケン……」
「この問いと向き合う前に、ケンさんをラシノへ届けた後にどうするか考えるべきですね」
ケンをどうするかに対する答えは二択。
ラシノに置いていくのか、ナガレへ再び帰すのか。どちらにしても問題が伴う。
「まさか考えて無かったとは言わないですよね?」
「うう……」
鳩の縛めを犯そうと言うのに、あまりにも計画性が無さ過ぎた。
眼の前のキリを救い出すと言う課題に囚われ、その後のことまで頭が回っていなかった。考えることを避けていたと言うべきかもしれない。
「……キリの帰る場所にアイもケンも居て欲しくない」
ソラへの気遣いを読み解く限り、ケンの理性について一定の評価を与えても良いはずだ。
一方のアイは、ケンが傍に居るからと言って平穏で居られるわけでは無いだろう。キリへの暴力は収まるかもしれないが、むしろケンへの執着として狂気が増大するのではないだろうか。
「私も同感です。私の提案としては、ケンさんを使ってアイさんをナガレへと連れて行けないかと言うことです」
「それは……、確かに答えの1つかもしれない……」
不覚にもユミは唸らされてしまう。
「全く問題の無いことは無いでしょう。アイさんがラシノからいなくなったらどう処理されるか、とか……」
「それは大した問題じゃないと思う。行った先がナガレなら鳩の眼にもつかないよ。狂ったアイが森に魅入られて、のこのこと足を踏み入れたぐらいに思われるんじゃないかな」
「それもそうですね」
いつの間にか、2人の間には穏やかな空気が流れていた。
それに気づいたユミは虚無感に襲われる。眼を覚ました時に抱いていたクイへの警戒心はこの程度で解消されてしまう物なのかと呆然とする。曲がりなりにもクイと過ごしていた時間が、彼に対する信頼を築いていたのだと思うしかなかった。
未だ払拭されていないケンへの嫌悪感とは対照的だと言える。これを前向きに捉えるなら、きっかけさえあればケンのことも許せるのかもしれない。
「動かないよりましだよ!」
「それはどうでしょうか? 体力を失うだけですよ。道標となる私まで動けなくなってしまえば共倒れです」
「ふんっ!」
背後から聞こえてくる声を無視し、ひたすら前に進む。
「……いいでしょう。歩いたままで良いので聞いていてください」
ユミを見失わない様、クイの足で5歩程度の間隔を保ちながら背に向かって声を投げる。
クイに対する棘のある言動に反して、ユミも歩調を速める訳では無い。クイと離れてはならないことは分かっているのだろう。
「ヤミさんと話された件について聞かせてもらいましたよ。キリさんには既に会われたんですね。ナガレを経由する必要も無かったとは……。それにソラさんはアイさんの娘さんだったんですね。そしてお父様はケンさんですか、ユミさんソラさん共に。お2人は何となく似ているとは思っていましたが、本当に姉妹だったんですねぇ。性格は全然違いますけど」
ユミが黙りこくっているのを良いことに、クイの口から言葉がすらすらと流れ出していた。
「うるさいなぁ……」
さすがにユミも無視できなかった。
ユミとソラとの秘密が把握されてしまっている。ばらしてしまったのはヤミなのだろうが、悪気はなかったものと思いたい。
「それで何? 私達の弱みでも握ったつもり?」
返答はしてやるが、振り向きもしないで歩き続ける。
「弱みだなんてそんな……。弱みなのだとしたらむしろ助けてあげたいと思っています。この思いまで信じて頂かなくても結構ですが」
「何でもいいよもう。どうしたいの? 言っとくけど、百舌鳥の方達に何かしようと言うのなら聞き入れないからね」
「いいでしょう。そう言うことであればより良いご提案が出来そうです」
「……本当に?」
ユミは立ち止まり、クイへと振り返った。
「ええ、話を聞いて頂けるようで感謝いたします」
クイは飛びっきりの笑顔を見せた。
「ユミさんはケンさんをラシノに連れて行き、アイさんと引き合わせたいのですよね。そうすればキリさんが解放されると考えてらっしゃる」
「そうだよ。何か反論はある?」
「いえ、なるほどなと思いましたよ。アイさんのことを深く知るわけではありませんが、あの狂気はケンさんへの執着に由来するものだったんですね」
「多分ね。正直、クイに納得してもらえるなら心強い」
目的はどうであれ、鴛鴦文を集約する係に就任したクイなのだ。誰よりも人の気持ちを考えて来たに違いない。
現にユミの欲しい言葉と嫌がる言葉と使い分けていると感じる。クイの掌の上で転がされているような気もして不快感も押し寄せるのだが。
「ありがとうございます。で、どうします? ケンさんをアイさんに引き合わせた後は?」
「キリを連れて行く。キリはアイとの決着をつけたがってた。アイが大人しくなればキリも納得してくれるはず」
「キリさんをどこへ連れて行くつもりですか?」
「それは……」
言われてみれば、困る問いかけであることに気づく。
恐らくは既に昨日の出来事。キリとは顔合わせするに留めるはずだった。
しかしいざ会ってみれば、やはり我慢することなど出来なかった。ラシノから連れ出し、甘い時間を継続したいと願ってしまった。
そして考えていたのはそこまでだった。
「ウラヤに……」
「妥当な答えですね。しかしウラヤに連れてきてどうします? 一緒に暮らすんですか? 鳩の眼に触れない様に」
「鳩の縛めを犯しても、門の外ではばれないって教えてくれたのはクイだよ?」
「確かにそうですね。キリさんを連れてきてもばれないかもしれません」
クイはかけていたメガネを指でくいと上に押し上げる。
「とは言え、いざと言う時にはラシノに帰して上げなくてはならないでしょう。ユミさんの行動に疑いをかけられた時に、証拠隠滅を図る余地を残しておくべきです」
「すごいこと言うね……。でも確かに一理ある」
クイの指摘は癇に障るが、キリを前にして衝動的で浅はかな思考に陥っていたのだと思い知らされる。
「キリさんが帰るべきラシノには誰が待っていますか?」
「アイとケン……」
「この問いと向き合う前に、ケンさんをラシノへ届けた後にどうするか考えるべきですね」
ケンをどうするかに対する答えは二択。
ラシノに置いていくのか、ナガレへ再び帰すのか。どちらにしても問題が伴う。
「まさか考えて無かったとは言わないですよね?」
「うう……」
鳩の縛めを犯そうと言うのに、あまりにも計画性が無さ過ぎた。
眼の前のキリを救い出すと言う課題に囚われ、その後のことまで頭が回っていなかった。考えることを避けていたと言うべきかもしれない。
「……キリの帰る場所にアイもケンも居て欲しくない」
ソラへの気遣いを読み解く限り、ケンの理性について一定の評価を与えても良いはずだ。
一方のアイは、ケンが傍に居るからと言って平穏で居られるわけでは無いだろう。キリへの暴力は収まるかもしれないが、むしろケンへの執着として狂気が増大するのではないだろうか。
「私も同感です。私の提案としては、ケンさんを使ってアイさんをナガレへと連れて行けないかと言うことです」
「それは……、確かに答えの1つかもしれない……」
不覚にもユミは唸らされてしまう。
「全く問題の無いことは無いでしょう。アイさんがラシノからいなくなったらどう処理されるか、とか……」
「それは大した問題じゃないと思う。行った先がナガレなら鳩の眼にもつかないよ。狂ったアイが森に魅入られて、のこのこと足を踏み入れたぐらいに思われるんじゃないかな」
「それもそうですね」
いつの間にか、2人の間には穏やかな空気が流れていた。
それに気づいたユミは虚無感に襲われる。眼を覚ました時に抱いていたクイへの警戒心はこの程度で解消されてしまう物なのかと呆然とする。曲がりなりにもクイと過ごしていた時間が、彼に対する信頼を築いていたのだと思うしかなかった。
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