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第四章 巣立ち
第四十九話 計画 49 4-10-2/4 153
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「まずお伝えしなくてはならないことがあります」
クイはごくりと喉を鳴らす。
「ミズさんは帰巣本能に目覚めていません」
「なんだと!?」
アサとケンが同時に声を張り上げた。
ミズについて可能ならば隠しておきたかったことである。しかし、この前提が無ければ説明は出来ない。
「6年前、ウラヤに住むヤマ先生の文を私達はケンさんに届けることが出来ました。しかしあれはミズさんの力によるものではないのです」
「……どういうことだ?」
呆気にとられながらも、アサは冷静に物事を理解しようとする。
「ユミさんですよ。彼女は歩いた道のりを詳細に覚え、再び辿ることが出来ます。たとえそれが森の中でも。先ほどどうやってラシノに辿り着くことが出来たのか議題に上がりましたが、ユミさんならそれも可能なのです。こうして今日、ナガレにやって来たのもユミさんの力によるものです」
淡々と語るクイをケンは不審げに睨み続けていた。
しかしクイの要求通り、クイは正直に事実を話しているだけなのだ。
「……信じがたいことだが、確かに筋は通っているな。クイさんがミズの件について怒っていないか問うたことにも説明がつく。ん? となるとあんたの子供は?」
「はい。お察しの通り、私の息子のハリですが帰巣本能は目覚めておりません。当然こちらにも連れてきていませんよ。親としては合理的な判断だといえるのではないでしょうか」
「確かにな」
アサは首を傾げる。
「だがどうしてユミくんはそんな力を持っているんだ? ……千鳥に何か授けられたとか?」
「私にも分かりません。ユミさん本人もその理由は答えようがないようです。ですが恐らくは先天的な才能ではないかと。私が彼女の孵卵を監督していた限り、森に運ばれた時点で既に力を有していたのだと判断しています」
ユミのもりすの本質は千鳥をも凌駕する記憶力だとクイは認識していた。文に書かれたものを覚え暗唱することなども可能であり、その力は森の外でも発揮される。記憶力を森の渡航にも応用できると言うだけの話なのだ。
「話を戻します。ミズさんに帰巣本能はありませんし、年齢的にももう目覚める余地はありません。従って現在のナガレの鳩が引退すれば、誰もナガレに辿り着くことは出来ません」
「……ユミくんを除いてか」
「ええ。ユミさんの才能を知る者はトミサでもごく少数です。そしてトミサの多くの者達は、ナガレのことをトミサから切り離しても良いと認識しているようです」
「非情にも感じるが、それが現実なんだろうな。ミズの文にもそんなことは書かれていなかったが、そらそうか……」
アサは悲し気に大きなため息をつく。
「そこで登場するのがユミさんなのです。ユミさんならナガレの希望になれるはずだと私は考えました」
「ああ、その事実を知ると確かにユミくんに縋りたくなる」
アサの表情から強い葛藤が見受けられる。
「これはユミさんからも拒絶されたことですが、初めはマイハの百舌鳥の方々をナガレに送ろうと計画していました」
「何だと?」
ケンの眉が吊り上がる。
「お気に障ったのなら申し訳ありません。ですが包み隠さず申し上げると決めたことですので」
「……すまん」
どこまでも不愛想な謝罪だったが、ケンも謝れるのだとクイは内心では感心していた。
「百舌鳥の方々がいればナガレにて子を成すことも可能でしょう。そうすれば新たにナガレの鳩を生み出す希望だって見出せる」
「倫理観を取っ払えば、めちゃくちゃありがてぇ提案だな。……やっぱりあんたは腹黒い人だ」
アサの声には、感心とも皮肉とも取れる余韻が含まれていた。
「誉め言葉として受け取っておきましょう。私の計画にはまだ先があります。ナガレへの帰巣本能を得た子供達をウラヤに連れて帰り、ウラヤの人間だと偽って、他の村の者と鴛鴦文によって契りを結ばせる。そしてその村へとナガレの鳩を移住させれば、帰巣本能によりナガレと相手方の村との、経路を確立することも可能になるはずです。ナガレと繋がる村が増えれば、最終的にナガレはトミサの様なイイバの中心となる。ナガレはトミサから切り離された存在ですので、秘密裏にことを進められるでしょう。……というのが私の計画でした」
捲し立てる様に言い放った。そして伏し目がちにアサとケンの表情を伺う。
「分からん」
ケンの反応も当然だろうと思っていた。クイ自身もあまりに複雑な計画だという自覚はあったのだ。
「つまりオレがその計画を潰すまでも無いと言うことだ」
「ええおっしゃる通りですね。荒唐無稽な話でした。多くの協力者が必要ですし、現実味も薄いと思います。ですが先ほど計画を潰す気が無くなるだろうと申し上げたのは、複雑だからという意味ではありません。計画の中心となるユミさんを潰す気にはならないだろうという意味です」
「……ああ、オレもガキを潰すつもりはない」
ケンはそう吐き捨てると、眼をつぶり腕を組んだ。
暫く考え込んでいる様子であったが、やがて意を決したように語り始める。
「オレはあのガキが実はソラなんじゃねぇかと思ってた。ラシノに帰れるって言うしよ。眼も生まれた時に見たソラのものと一緒だ。だが事情を知るヤマ先生がソラを孵卵に出すわけがねぇんだ」
「はい。ユミさんはユミさんです。ソラさんは今もウラヤで健やかに過ごしています。息子のハリもお世話になっていますよ」
状況だけ見れば、子を持つ3人の父親同士の会話である。
しかし本来あるべき穏やかな空気は、そこに流れることはなかった。
クイはごくりと喉を鳴らす。
「ミズさんは帰巣本能に目覚めていません」
「なんだと!?」
アサとケンが同時に声を張り上げた。
ミズについて可能ならば隠しておきたかったことである。しかし、この前提が無ければ説明は出来ない。
「6年前、ウラヤに住むヤマ先生の文を私達はケンさんに届けることが出来ました。しかしあれはミズさんの力によるものではないのです」
「……どういうことだ?」
呆気にとられながらも、アサは冷静に物事を理解しようとする。
「ユミさんですよ。彼女は歩いた道のりを詳細に覚え、再び辿ることが出来ます。たとえそれが森の中でも。先ほどどうやってラシノに辿り着くことが出来たのか議題に上がりましたが、ユミさんならそれも可能なのです。こうして今日、ナガレにやって来たのもユミさんの力によるものです」
淡々と語るクイをケンは不審げに睨み続けていた。
しかしクイの要求通り、クイは正直に事実を話しているだけなのだ。
「……信じがたいことだが、確かに筋は通っているな。クイさんがミズの件について怒っていないか問うたことにも説明がつく。ん? となるとあんたの子供は?」
「はい。お察しの通り、私の息子のハリですが帰巣本能は目覚めておりません。当然こちらにも連れてきていませんよ。親としては合理的な判断だといえるのではないでしょうか」
「確かにな」
アサは首を傾げる。
「だがどうしてユミくんはそんな力を持っているんだ? ……千鳥に何か授けられたとか?」
「私にも分かりません。ユミさん本人もその理由は答えようがないようです。ですが恐らくは先天的な才能ではないかと。私が彼女の孵卵を監督していた限り、森に運ばれた時点で既に力を有していたのだと判断しています」
ユミのもりすの本質は千鳥をも凌駕する記憶力だとクイは認識していた。文に書かれたものを覚え暗唱することなども可能であり、その力は森の外でも発揮される。記憶力を森の渡航にも応用できると言うだけの話なのだ。
「話を戻します。ミズさんに帰巣本能はありませんし、年齢的にももう目覚める余地はありません。従って現在のナガレの鳩が引退すれば、誰もナガレに辿り着くことは出来ません」
「……ユミくんを除いてか」
「ええ。ユミさんの才能を知る者はトミサでもごく少数です。そしてトミサの多くの者達は、ナガレのことをトミサから切り離しても良いと認識しているようです」
「非情にも感じるが、それが現実なんだろうな。ミズの文にもそんなことは書かれていなかったが、そらそうか……」
アサは悲し気に大きなため息をつく。
「そこで登場するのがユミさんなのです。ユミさんならナガレの希望になれるはずだと私は考えました」
「ああ、その事実を知ると確かにユミくんに縋りたくなる」
アサの表情から強い葛藤が見受けられる。
「これはユミさんからも拒絶されたことですが、初めはマイハの百舌鳥の方々をナガレに送ろうと計画していました」
「何だと?」
ケンの眉が吊り上がる。
「お気に障ったのなら申し訳ありません。ですが包み隠さず申し上げると決めたことですので」
「……すまん」
どこまでも不愛想な謝罪だったが、ケンも謝れるのだとクイは内心では感心していた。
「百舌鳥の方々がいればナガレにて子を成すことも可能でしょう。そうすれば新たにナガレの鳩を生み出す希望だって見出せる」
「倫理観を取っ払えば、めちゃくちゃありがてぇ提案だな。……やっぱりあんたは腹黒い人だ」
アサの声には、感心とも皮肉とも取れる余韻が含まれていた。
「誉め言葉として受け取っておきましょう。私の計画にはまだ先があります。ナガレへの帰巣本能を得た子供達をウラヤに連れて帰り、ウラヤの人間だと偽って、他の村の者と鴛鴦文によって契りを結ばせる。そしてその村へとナガレの鳩を移住させれば、帰巣本能によりナガレと相手方の村との、経路を確立することも可能になるはずです。ナガレと繋がる村が増えれば、最終的にナガレはトミサの様なイイバの中心となる。ナガレはトミサから切り離された存在ですので、秘密裏にことを進められるでしょう。……というのが私の計画でした」
捲し立てる様に言い放った。そして伏し目がちにアサとケンの表情を伺う。
「分からん」
ケンの反応も当然だろうと思っていた。クイ自身もあまりに複雑な計画だという自覚はあったのだ。
「つまりオレがその計画を潰すまでも無いと言うことだ」
「ええおっしゃる通りですね。荒唐無稽な話でした。多くの協力者が必要ですし、現実味も薄いと思います。ですが先ほど計画を潰す気が無くなるだろうと申し上げたのは、複雑だからという意味ではありません。計画の中心となるユミさんを潰す気にはならないだろうという意味です」
「……ああ、オレもガキを潰すつもりはない」
ケンはそう吐き捨てると、眼をつぶり腕を組んだ。
暫く考え込んでいる様子であったが、やがて意を決したように語り始める。
「オレはあのガキが実はソラなんじゃねぇかと思ってた。ラシノに帰れるって言うしよ。眼も生まれた時に見たソラのものと一緒だ。だが事情を知るヤマ先生がソラを孵卵に出すわけがねぇんだ」
「はい。ユミさんはユミさんです。ソラさんは今もウラヤで健やかに過ごしています。息子のハリもお世話になっていますよ」
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しかし本来あるべき穏やかな空気は、そこに流れることはなかった。
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