鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第四章 巣立ち

第五十話 火種 50 4-11-1/6 156

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 トミサを囲う塀にしつらえられた門の1つ。門の両脇に立てられた篝籠かがりかごに、煌々と燃える火が揺らめき、時折ぱちりと音が鳴る。
 その篝火の間に、アサは1人佇んでいた。右手には身の丈ほどの棒を携えている。
 本来であればもう1人、女の鳩とともに警備するべきこの場所なのだが、当該の彼女は花を摘みに行くと言って立ち去ってしまった。
 持ち場を離れることは望ましくないが、この時間にトミサへと訪れる者など稀である。
 まだ若い彼女の些細な願いを聞けぬほど、アサは野暮でなかった。
 
 視線の先に立ち並ぶ森の木々達も、頭上に広がる星空も、まるで変わり映えがしない。
 暇だと感じながら、1つ大きな欠伸をする。
 しかしそれもうかつな行動だったと思い、慌てたように首を振る。
 
 今年32になるアサだったが、未だに鴦を持たない。
 本人にその意思のないことが主な要因であるが、トミサの中を手を繋ぎ歩く親子の姿を眺めるのは好きだった。
 今後自身の子を持つこともないだろうが、せめてこの門の内にあるかけがえのない未来を守らなくてはと、自らの頬をぺしりと叩いた。
 
 門番の女はまだ戻る気配がない。
 ところが、彼方に見える森から横並びに3つの人影が迫ってくるようだ。
 篝火の光へと近づいてくる度に、その姿が少しずつあらわになる。
 
 人影の内の2つはアサも知る鳩のものであり、トミサのエダとサクラの村のコマだ。その2人はおしおしとの関係にある。
 アサは職務上、彼らとは軽く言葉を交わす程度の間柄だった。
 一方で残る1つの人影に見覚えはないが、妙齢の女だということは判別できた。コマはその女に寄り添うように肩を抱いている。
 
 状況を把握したアサの眉間の皺が深くなる。
 それでも、やがて3人はアサの目の前まで辿り着く。
 エダがさらに1歩踏み出すと、その場に膝を折り、地に手を付けた。
 
「助けてください。アサさん」
 エダのこうべが深々と下ろされる。
 アサは呆気に取られるしかなかった。
 
「な、なんだ。どうしたんだ一体?」
 頭を下げられる謂れなどなく、思わず身を屈めてエダの両肩に手を置いた。
 しかしエダは動かない。代わりにアサの頭上からコマの声が聞こえてくる。

「アサさん。彼女はサクラの村のサラです。私の……、古くからの友人です」
 アサは不審げに顔を上げ、コマの隣に佇むサラへと視線を這わす。
 コマの手の置かれたサラの肩口が微かに震えている。篝火に照らされ青白く光る顔も相まって、怯えた様子が見て取れる。
 またゆったりと巻かれた帯の下でほのかに膨らむ腹は、ほっそりとした手足に不釣り合いな印象だ。
 
「彼女……、身籠っているのか?」
 あまり好ましくは思われないだろうと感じながらも、アサの視線はサラの腹へと釘付けになっていた。
「はい、仰る通りです。彼女とその子供を助けて頂きたく、ここまで足を運んだ次第です」
 相変わらず頭を地に伏したままでエダが答える。
 
「まさか……、お前の?」
 助けてくれとはどういうことかと考えた結果の問いであった。
「ち、違いますよアサさん! れっきとした彼女の鴛の子供です!」
 決して茶化したつもりはなかったのだが、冗談じゃないと言わんばかりにエダが立ち上がる。
「その鴛に問題があるんです!」
 エダが鴛と発する度、横目にもサラの肩がびくりと動くのが分かった。

「その鴛から逃げてきたということか? サラさんは。察するに……、暴力とか?」
「ええ。サラの鴛はホシというのですが、とんでも無い奴でした。そしてそのホシをサクラに案内したのは……、俺です」
 今度は立ったまま項垂れる。
 それを見かねたように、黙っていたサラがようやく口を開いた。
「やめてエダ。ホシの鴛鴦文に書かれた甘い言葉の真意を見抜けなかったのは、私だから……」
 やはり声は震えていた。サラの肩を抱くコマの腕にぐっと力がこもる。
 それに勇気づけられたのか、サラは顔を上げ視線をアサへとまっすぐ向けた。
「この子だけでも助けてあげたいの。乱暴な父親のことなど知らず生きていけるような、そんな未来を与えてあげられないでしょうか?」
 腹を大事そうに撫でながら、必死に訴えかけてくる。

 サラの言葉に具体的な要求は含まれていないが、要はトミサの中でホシの暴力から匿ってくれということだ。
 鳩の縛めに従えば、鳩でも無い者がトミサの門をくぐる機会は多くない。主な機会と言えば、鴛鴦の契りを結んだことにより鴛と鴦とのどちらかが他方の村に移住する際である。サラの鴛であるホシが、既にサクラへと移住した後なのであれば、今後サラがトミサへ足を踏み入れることなどないはずなのだ。
 鳩でないサラがその事実を知るか否かを問わず、門番たるアサはここで足止めする義務がある。
 しかしつい先刻、かけがえのない未来を守らなくてはとおぼろげながらに夢想したところである。
 腹を撫でるサラの手の下から、命の鼓動が聞こえてくる気がした。
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