テスト作品

春日井駿

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テスト作品

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 朝の教室は、いつもよりちょっとだけ特別な匂いがした。れなちゃんが鞄を置いた窓際の席は、前から数えて五番目、後ろから二番目。ちょうど真ん中より少し前の、青い空が一番よく見える場所だった。

 窓を開けると、六月の風がふわっと入ってきて、れなちゃんの前髪をくすぐった。外は雲ひとつない青空で、グラウンドの向こうに見える山が、昨日よりもっと緑に見えた。れなちゃんは、席につくなり窓の外を見上げて、ふーっと大きく息を吐いた。

「今日はテストだなあ」

 自分の声が、からっぽの教室に響いた。まだ誰も来ていない。れなちゃんは、いつものカバンを椅子にかけて、鉛筆箱をぱかっと開けた。中には、ピンクのシャープペンシルと、消しゴムと、昨日買ってもらったばかりの新しい消しゴムが入っている。消しゴムは、りんごの形をしていて、匂いを嗅ぐとちょっと甘い匂いがした。

 ぽんぽんぽん、と廊下から足音が聞こえてきた。れなちゃんは、顔を上げた。翔太くんだ。翔太くんは、いつもれなちゃんの前の席に座っている。茶色の髪がちょっと寝ぐせで、白い半袖のシャツの袖を肘までまくっていた。翔太くんは、れなちゃんの顔を見ると、にっと笑って、

「おはよう、れなちゃん」

 と言った。れなちゃんも、

「おはよう」

 と返した。翔太くんは、いつもちょっと意地っ張りで、でも、れなちゃんのことが好きなんだって、みんなに言われている。れなちゃんは、そんなこと知らないけど。

 教室にだんだん人が増えてきた。美咲ちゃんが、ゆうこちゃんが、健ちゃんが。みんな、ちょっと緊張した顔で席についた。先生が、黒板の前に立って、教科書を置いた。

「では、テストを始めます。答案用紙を前から順に取ってください」

 先生の声が、教室に響いた。一番前の席、山田くんが立ち上がった。山田くんは、先生の手から答案用紙を受け取って、一枚ずつ後ろへと渡していく。答案用紙は、白くて薄い紙で、触るとちょっとざらざらしていた。

「はい」

「はい」

 紙は、順番に手渡されていく。れなちゃんの前に座っている翔太くんは、紙を受け取ると、ちょっと下を向いた。そして、さっと何かを書き加えた。れなちゃんには、何を書いたのか見えなかった。

「はい」

 翔太くんは、れなちゃんに答案用紙を手渡した。れなちゃんは、にっこり笑って、受け取った。紙の端に、ちょっとだけはみ出した落書き――それは、子どもっぽいあっかんべーの顔だった。でも、れなちゃんは、それを見逃していた。

 れなちゃんは、答案用紙を机の上に広げて、まずは名前を書くところを見つけた。でも、まだ名前は書かない。問題を見てから、と思った。問題用紙が配られて、れなちゃんは、ぺらりとめくった。

 ――算数、国語、理科、社会。四教科の問題が、ぎっしりと詰まっている。れなちゃんは、ぱちりと舌打ちして、シャープペンシルを握りしめた。

 最初の算数の問題は、分数の計算。「3分の2+4分の3は?」れなちゃんは、すらすらと計算式を書き始めた。鉛筆が紙をこする音が、静かな教室に響く。隣の席の子は、まだ問題用紙を見つめている。

 れなちゃんは、計算を終えると、次の問題へ。国語は、漢字の読み書きと、短い読解問題。「幸せ」の「幸」はどう読む?れなちゃんは、すぐに「さいわい」と書いた。読解問題は、ちょっと難しかったけど、れなちゃんは、文章を二回読んで、意味をしっかり掴んだ。

 理科は、植物の成長について。れなちゃんは、覚えていた。種から芽が出て、葉が広がって、花が咲いて、実がなる。思い出しながら、図も描いた。社会は、日本の都道府県。れなちゃんは、地図を頭の中に思い浮かべながら、答えを書いた。

 時間は、まだたっぷりあった。れなちゃんは、一度全部終わらせると、もう一度最初から見直し始めた。算数の答えを計算し直して、国語の漢字をもう一度確認して、理科の図を見直した。間違いはない。きっと、百点だ。

 れなちゃんは、小さく息を吐いて、机に突っ伏した。目を閉じると、教室のざわめきが遠くなった。ぽかぽかとした陽だまりの中で、れなちゃんは、うとうとし始めた。

 夢の中では、百点の答案用紙を持って、お母さんに見せている。お母さんは、にっこり笑って、「すごいね、れなちゃん」と言って、頭をなでてくれる。れなちゃんは、得意になって、父さんにも見せに行く。父さんも、うんうんと頷いてくれる。

 ふと、先生の声が聞こえた。

「時間です。答案用紙を後ろから順に回収してください」

 れなちゃんは、ぱちりと目を開けた。まだ、ぼんやりしていた。後ろの席の子が、立ち上がって、れなちゃんの答案用紙を受け取った。れなちゃんは、ふわふわした気持ちで、手渡した。

 と、そのとき――。

 れなちゃんは、ふと気づいた。

 ――名前、書いてない!

 答案用紙を渡した瞬間、れなちゃんの背筋に冷たいものが走った。名前を書く欄は、真っ白だった。そして、紙の隅に、あっかんべーの落書きが、はっきりと残っている。

 れなちゃんは、あわてて先生を見た。先生は、順番に答案用紙を回収している。れなちゃんの答案用紙は、もう先生の手に渡ってしまった。

 ――どうしよう。

 れなちゃんの胸は、どきどきと鳴った。百点だったのに。名前がない。落書きも消していない。先生は、どう思うだろう。れなちゃんは、唇をかみしめた。

 教室の空気は、もうすっかりテスト後の解放感で満ちていた。みんなが、ぱたぱたと立ち上がって、廊下へ出ていく。れなちゃんは、ぼんやりと座ったままだった。

 窓の外では、青い空が、相変わらずまぶしかった。でも、れなちゃんの心は、少しだけ曇っていた。

 翔太くんは、れなちゃんを見て、ちょっと困ったような顔をした。でも、何も言わずに、廊下へ出ていった。

 れなちゃんは、ふと、答案用紙の隅に描かれたあっかんべーの落書きを思い出した。あれは、翔太くんが書いたんだ。翔太くんは、れなちゃんのことが好きなんだって、みんなに言われてる。でも、れなちゃんは、そんなこと知らない。

 ――でも、名前を書かなかったのは、れなちゃんのミスだ。

 れなちゃんは、ため息をついた。次は、もっと気をつけよう。でも、百点だったのに。ちょっと悔しい。

 教室は、もうほとんど空になっていた。れなちゃんは、ゆっくりと立ち上がって、廊下へ出た。青い空が、まぶしくて、目を細めた。

 ――次のテストは、絶対に名前を書いて、落書きも消して、百点取るんだ。

 れなちゃんは、小さく自分に言い聞かせた。そして、廊下を歩き出した。
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