結婚願望ゼロの悪役令嬢、アホ王子(実は策士)に溺愛されるなんて聞いてません!

明夏 向日葵

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もう一つの陰謀

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短剣を奪われた王妃は、肩で息をしながら後ずさった。
その姿はもはや気高き王妃ではなく、追いつめられた獣のようだ。

「どうして……! どうして誰も私を理解しないの!? 私は国のために……未来のために……!」
叫びは虚しく密室に響き渡る。

エルヴィンが冷徹な眼差しで一歩踏み出した。
「国のため? 未来のため? いいえ、王妃様。あなたが守ろうとしたのは、自分の権勢と欲望だけだ」

ポアロが衛兵を呼び入れる。
「拘束せよ。これ以上の言い訳は陛下の御前で聞く」

王妃は抵抗しようとするが、すでに証拠と証言は揃っている。衛兵に押さえつけられ、怒りに満ちた声を上げ続けた。
「離しなさい! 私は王妃よ! あの女を……! あの女だけは許せない!!」

だが、その叫びも、硬い鉄扉が閉じると同時にかき消された。

――残されたのは、静寂。

「レビリアたん!」
セピアはすぐにレビリアの腕を押さえた。赤い血がじわりと滲み出している。
「すぐ手当てを! 誰か、薬箱を!」

「セピア様……」
レビリアは弱々しく微笑む。
「大丈夫ですわ、かすり傷です。それより、貴方が無事で……本当によかった」

その言葉に、セピアの胸が締め付けられる。
――守りたいのは彼女なのに。結果的に傷つけてしまった。

「……ごめんね、レビリアたん」
セピアは彼女の手を強く握った。
「僕はもう二度と、君を傷つけるような真似はしない。必ず守る。必ずだ」

レビリアは驚いたように瞬きをした後、頬をわずかに赤らめて、ただ小さく頷いた。

エルヴィンはそんな二人を横目に見て、口を開いた。
「……これで王妃の罪は明らかになった。だが、まだ終わりじゃない」

「ええ」ポアロも頷く。
「崖の件、そしてガゼル殿下の関与――まだ調べることが山積みです」

セピアは真剣な表情で二人を見た。
(兄上とポアロがいるなら、この先の戦いも乗り越えられるはずだ)

彼は、眠るように穏やかな表情を浮かべるレビリアの横顔を見つめながら、心の奥底で固く誓った。
――次は必ず僕が守る。誰にも、この絆を壊させはしない。

こうして密室での王妃拘束劇は幕を閉じた。
だが、真の戦いはここから始まるのだった

***

レビリアは腕の手当ての途中で力尽きるように意識を失った。
「レビリア、レビリア、しっかりしろ!」
セピアは阿呆な役を演じることすら忘れ、必死に呼びかける。

その声に応えるように、セピアはすぐさま行動を決めた。
「急いで医者を離宮へ!」
レビリアをお姫様抱っこで抱え上げ、静かに離宮の廊下を駆け抜ける。薄暗い廊下に、彼女のドレスの裾がかすかに揺れた。

離宮の寝室に到着すると、慎重にベッドに寝かせる。セピアはそっと手を握り、熱を感じながらも冷静を保とうとする。
そのとき、駆けてきた小さな声が聞こえた。
「おねえちゃん、どうして寝てるの? 大丈夫なの?」

振り向くと、涙をためたアクアマリンの瞳でリオが心配そうに見つめていた。
「レビリアは大丈夫だよ。リオも手を繋いであげて」
「うん、分かった!」

ほどなくして医者が到着し、レビリアの様子を確認する。
「あの、レビリアはどうですか? 大丈夫ですか?」
「はい、命に別状はありません。しかし、痛みで気を失ったようですね」
「痛み?」
「腕ですか?」
「いえ、腕ではなく肩から腕にかけての古い傷がまだ塞がっていないうえ、今回の新しい傷が加わったことで耐えられず倒れてしまったのでしょう」

セピアは無意識に眉をひそめた。あの崖の落下事故の傷がまだ完全に癒えていなかったことに胸が痛む。
「結構な痛みだったと思いますよ。自分で処置はしていたようですが…。傷口は完全には塞がっていないので、しばらくは安静にしてください」
「分かりました。ありがとうございます」

医者を見送った後、セピアは再びレビリアのそばに座る。
「ごめん。レビリア。全部全部、僕が悪かった。君の痛みにも気づけないなんて…本当に僕はどうしようもない男だね」

懺悔を込め、そっと手を握ると、かすかに指が動いた。瞳がゆっくりと開き、弱々しくも微笑むレビリア。
「おねえちゃん!」
「レビリア!!」

セピアとリオは一斉にレビリアに抱きつく。
「ごめんなさい。二人に心配かけたわね」
「謝るのは僕のほうだよ。君の痛みに気づけなかった。ごめんね」
「いいのよ! このくらいの怪我、どうってことないわ」

微笑むレビリアの姿を見て、セピアはどうしようもなく愛おしさを覚え、強く抱きしめた。
「無事で本当によかった…」
「セピア様、ここではリオもいますし…」

それでもセピアはレビリアを離さない。するとリオは嬉しそうに笑い、
「ぼくもぎゅーする!」
と両手でレビリアに抱きつく。

レビリアは二人を見下ろしながら、優しく微笑んだ。
「ふふふ。二人とも大好きよ。私の何よりも大切な家族」

夜空に浮かぶ月は、三人を優しく照らしていた。
その光の中で、愛と絆に包まれた静かな夜が、ゆっくりと流れていった。
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