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新たな出発が必ずしも祝福されているとは限らない

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 窓にはめられた板の隙間から朝日が漏れて顔を照らす。
 まぶしさから目を覚ますと、真っ先に目に映るのは一回り以上も年の離れた異世界でできた愛妻。
 規則正しく寝息を立てているのは地肌で触れ合っているから良く分かる。
 柔らかく壊れしまいそうなほど細い体。絶対の信頼を寄せきっているからこそできる、安心した寝顔。
 改めて目の前にいてくれる彼女の存在が、胸を掻き立てられるほどに愛おしい。
 彼女が本当に自分のものになってくれているのだろうか。実はこれは微睡みに見た夢ではないだろうか。
 そんな言い知れない不安に急き立てられて、抱きしめていた腕に力を込めて、額に唇を触れさせた。
 それだけでも彼女を起こしてしまうのには十分だったようだ。
 ゆっくりと開いた瞼は、じっと自分を見つめてから、そっと唇を触れ合わせた。
「おはようございます」
 にこりとはにかむ彼女。朝日に照らされている事で、その輝きが普段の3割増しになる。
「おはよう、ございます」
 自分も返答すると、にこにこ笑顔だった彼女の顔が赤くなる。
 どうしたのだろうと思った矢先に、朝の生理現象に、我ながら呆れてしまう。昨晩あれだけ彼女に無理をさせたというのに。
「あ、そ、その、えっと……」
 まだつい最近成人したばかり。というよりも自分以外を知らない彼女には気立てのいい切り返しなんてできるはずがない。
 そもそもそれを彼女に期待するような恥知らずでもない。
 恥知らずではないのだが、頭の片隅では彼女を忘れられない欲望がこちらを伺っている。
 何をバカな。と鼻で笑い、わざとらしく咳払いすると自分は体を起こした。
「体を拭いて朝ご飯にしましょう」
 携行している水筒と手ぬぐいを取り出して、適度に濡らして絞った。
 まだ寝ころんだままの彼女の隣に座り、顔色をうかがう。まだ少し赤いが、特に反感を訴えるような雰囲気はない。
「失礼します」
 毛皮の掛け布団をはがすと、彼女の体があらわになる。
 1年前に比べれば、格段に健康的になっている。枯れ枝を連想させた線は、今は女性的な曲線を描こうとする直前のようになっている。
 正直な気持ちで言うとまだまだ幼さが強く残っている。書類上は結婚を許された成人というが、体は大人というには語弊を感じる。
 とはいえ、その体に欲情して、昨晩は一体どれだけの行為に及んだのか自分でも記憶にない。
 我ながらあまりの青さに気恥ずかしくなりながら、無防備に肌を晒した彼女の体を丹念に拭き清めた。
「そういえば、コウさん」
「はい? なんでしょうか」
「わたし、貴方を罠に嵌めていたんですよ」
「え?」
 初耳である。というか彼女がそういう事をするとは思っていなかったので、意外過ぎて手を止めていた。
 ふふと嫣然と、人を食ったように含み笑いを浮かべた彼女。
「初めてこうして体を拭き合った時の事、覚えてますか?」
「ええ。よく覚えてます。いきなり服を脱ぐものですから、冷や汗をかきました」
「未婚の男女が、体を拭き合う、っていう事に、深い意味があると思いませんか?」
「たしかに、少し思う所はありましたが」
 この世界の文化は分からないと思っていたが、本当に理解していなかったようだ。
「実は、ですね。お互いを将来の伴侶と決めた男女は、最初の夜にお互いの体を拭き清め合って、それから床に入るんです」
 してやったりと笑みを浮かべた彼女。
 つまりあの時から自分は彼女の術中にはまっていたという事か。
 半分も生きていないと侮っていた相手に、ここまでしてやられるとは、思っていなかった。
「なんという事でしょうか。じゃあ、自分はもう1年前からあなたと事実婚状態だったわけですね」
 完全にしてやられたわけだ。
 しかしそんな小賢しい罠を張られていたと知っても、むしろ自分の胸中には嬉しさが込み上げている。
 どうやら自分は芯まで彼女に出来上がっているようだ。
 自分はにやりと口元を釣り上げて、ひょいと彼女の体を抱き起こした。
「ひゃ!?」
「そんな罠をはって、人を嵌めるなんて、なんて悪女ですか。これは、ちゃんと責任を追求する必要がありますね」
 ぽかんと顔を呆けさせる彼女。自分はそんな半開きの口を味わうと、細い腰を抱き寄せて肌を密着させる。
 たっぷり堪能した頃、彼女の呼吸は荒く、顔を上気しきっていた。
「コウさんが、こんなすけべだって、知りませんでした……」
 肩で息をする彼女が切れ切れにつぶやいた。
「リリィさんのせいですよ。自分を罠に嵌めて、貴女の虜にした。自分はもう貴女の事しか考えられないようになってしまったんです」
 小さく吐息を漏らす彼女。
 そんなひとつの仕草ですら理性が焼き切れそうなほど、欲望が掻き立てられた。
 下手をすれば娘だと言えるくらいの少女に、どれだけ良いようにされているんだと自嘲しながらも、自分は彼女の細いウエストから上へ手を上げていく。
 片腕で腰を支えながら、心臓に近い方の膨らみをまさぐる。こちらの一挙一動に反応して熱い溜息をもらす口は、自分のでふさいだ。
 そんなはずはない。ただの気の持ちようだ、と分かっていても、彼女の中は甘く、まるで蜜壷を舐っているような気持ちにすらなる。
 もっと欲しい。すべてが欲しい。
 貪欲さが、ひとつ味わうごとに増していく。
 欲しがる気持ちからか、無意識に強く彼女を強く抱きしめていた。
 まるで体の中に取り込んでしまいたいというようだ。
 唇と舌を堪能した。もっと他にないだろうかと思うと、次はかわいらしい少し大きめの耳たぶが目に付いた。
 耳には多くの神経が集まっているという。音だけでなく、音で震えた空気を感じて危険を察する為らしい。
 だが欲望に掻き立てられた自分はそれを悪用したくなった。
「リリィ……」
 わざと息を吹きかけるように、彼女の名前を呼んで、それを口に含んだ。
 その瞬間に言葉にならない、子猫のような悲鳴を漏らす彼女。慌てて両手で口を塞ぐのがたまらなく愛おしい。
 ついついもっと困らせてしまいたくなる。
 複雑なひだを舌先でなぞり、自分から溢れる唾液でわざとらしく音を立てる。
「だ、だめ。それ、だめです、からぁ……」
 むしろ誘っているとしか思えない彼女の悲鳴。
 歯止めが利かない。そもそもそんなものもうどこにもなかった。
「愛しています。リリィ……」
 心の底からそう思った。
 本心から漏れ出した告白に、自分の腹に振れていた彼女の内腿が痙攣して、強く絞められた。支えていた腕が、一瞬で硬く緊張した彼女の腰を感じた。
 言葉だけで、絶頂を迎えてしまったらしい。
 なんて、なんて愛おしい。なんて可愛らしい。
 その事実を知ってしまって、脳の奥がとろけてしまった。
 その瞬間からまるで火鉢のように熱く、溶ける蝋のように蜜を零していたそこに、破裂寸前の自分の欲望を権化を一気にねじ込んだ。
 あの日と、昨晩、まだ数回しか交わった事がない彼女の秘部は入れるだけで一苦労だ。音を立てて無理やり押し広げられていく。
 痛みがないはずない。こわばる体を、自分は欲望のままにさらに奥へと突き進んでいった。
 昨晩自分が吐き出した白濁だけではない、彼女の密で瞬く間に自分の下腹部は濡れて行った。それを感じて、頭の中はさらに赤い電撃が数を増す。
 まだ自分から動く事なんてできない彼女。それを体格差で自分が好き勝手に動かした。
 途中から悲鳴に近い嬌声が、断続的に漏れて来て、それを自分でわかってしまった彼女は虚脱して上手く動けないのか、突然自分の肩口に噛みついて堪えて来た。
 ぞくりと、腰が脈打った。彼女から与えられた刺激が、愛おしかった。彼女が自分に触れてくれた。その歓喜が数多の中で弾けとんだ。
 それで自分は、彼女に触れられるという喜びを知ってしまった。
 今まで一方的に彼女を舐って、犯し、欲望を中へ吐き出す事しかしてこなかった。そこに新しい悦びが、増えてしまった。
 自分までも情けない吐息を漏らして、彼女の腰と肩を強く抱いて、一番奥へ押し付けながらまたしても汚濁を、彼女の中にぶちまけていた。
 呼吸が乱れ、酸素が欲しいと喘ぎながら、それでも自分は彼女の唇を貪った。細い腕が絡まり、自分の頭を強く抱きしめていた。
 幸福感だけがあった。
 言葉なんてなくなっていた。彼女と自分という境界もなかった。
 ただの1個の幸福な固まりになっていた。
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