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第二話 妹の優しさ②
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「どうしたの疾風? そんなに見詰めてたらヤングコーンがオールドコーンに成長しちゃうよ?」
「………あッ!? あ、あはははは! 凪咲中々上手いこと言うな~、最近バラエティーにも出てるからかな?」
「上手いでしょ~、最近のアイドルは笑いも出来なきゃいけないのよ!」
「やっぱり流石だな、兄としてオレも鼻が高いよ……」
自分の作った八宝菜のヤングコーンをスプーンの上に乗せ、そのまま意識が宇宙へ飛んでいったかの様に固まる兄を群雲凪咲はジョークで茶化した。
そしてそれを受け疾風は慌ててヤングコーンを口に放り込み、数度も噛まずに呑み込む。そうして一旦は食事の速度が上がったかに思われたが、しかし直ぐ目に見えてスプーンの動く速度が落ち始めた。
(……やっぱりおかしい。疾風は何時も少し変だけど、今日は特にッ。まるで2年前に戻っちゃったみたいだ)
ついさっき指摘したばかりにも関わらず、もう動きが固まりスプーンにキクラゲを乗っけたまま動かなくなった疾風を見て凪咲はそう思った。
しかし、若しかするとアレは兄流のボケかも知れないという可能性が彼女の脳裏を掠める。
『そんなに見詰めてたらキクラゲがクラゲに成長しちゃうよ?』『いやキクラゲはキノコの一種でクラゲちゃうわッ!』という家族の和やかなやり取りを期待しているのでは?
(……いやいや、疾風にそんな気の利いた事出来る訳がないよ。間違いない、絶対何かあったんだッ)
凪咲はノリノリでツッコむ兄の姿を想像し、余りに強烈な違和感に顔を左右へブンブンと振った。そして同時に疾風の身に何か良くない事が起こっているのだと確信する。
両親を事故で無くし、自分達兄妹はたった二人だけの家族。彼女にとって兄の存在はこの世で唯一つの帰る場所。
兄さえ居てくれればどんなに寂しい夜だって超えてこられた。自分を待っていてくれて、行ってらっしゃいとお帰りを言ってくれる人が居るなら他に何も要らないと心の底から思う。
だってそれがこの世で最も価値の有る宝物なのだと、他の人間と違い彼女は知っているのだ。
でも今そのたった一人の家族が、たった一つの宝物が自分の知らない所で傷付けられている。その事実が恐ろしくて仕方が無かった。
身体的な物であろうと精神的な物であろうと、家族の傷は凪咲にとって恐怖以外の何物でも無いのである。
兄の事はどんな些細な情報でも知っておきたい。どんなに小さな怪我であろうと私が拭ってあげたい。何だってしてあげるからこの家の中で何時までも笑っていて欲しい。何処にも行かず私だけのお兄ちゃんとしてずっとずっとずっと何時までも一緒に……………
「ねえ疾風、本当に今日どうしたの? いくら何でも様子がおかし過ぎるよッ」
頭の中に浮かんだ小さな不安をグルグルと回し、自分で自分の恐怖心を増幅させた凪咲は遂に抑えきれなくなり疾風へ単刀直入な質問をぶつけた。
しかしその弾丸ストレートを受け、疾風は無理に笑って誤魔化そうとする。
「……べッ、別に何にもないよッ」
「嘘。疾風私に隠し事する時目だけで笑うんだもん。今口角下がってた…何で家族なのに隠し事するの?」
「隠し事っていうか、わざわざ言う程の事でも無いって言うか……」
「酷いッ、私なんてわざわざ話す価値無いって事?」
だがそんな子供騙しな仕草で凪咲の追求から逃れる事は出来ない。彼女は持ち前の演技力で父親似の美しい赤茶の瞳に涙を浮かべ、上目遣いで兄の泳いだ視線の先へと回り込む。
そうしてうるうると細かに揺れる美しい瞳に見留められ、疾風はこの食卓で完全に逃げ場を失った。
「いや、そういう訳じゃッ…」
「じゃあ教えてよ。私は疾風の事だったら何だって知りたい、どんな些細な事でも。何で今日は元気が無いの?」
そう言ってごく自然に凪咲が疾風の手を握り、勝負は完全に決した。
理由が理由なので妹に話すのを躊躇していたのだが、此処まで退路を断たれてしまってはどうしようも無い。
疾風は意を決して、自分の中の一般常識が情けないと糾弾してくるその理由を妹に明かしたのであった。
「実は、好きだったゲームがサービス終了しちゃったんだよ」
「げ、ゲーム…?」
「あはは、ごめんなオタク臭い話しちゃって。でもオレにとっては2年間やり込んだッ凄い思い入れのあるタイトルでさ……その中でしか会えない友達も居たし。だから、それが無くなって少し落ち込んでただけッ」
疾風はそう言ってやはり口端が上がりきっていない笑顔を浮かべる。
しかしその一方で、凪咲の方はまるで底のない谷底へ落ちるかの様に顔へ影が降りていった。
完全に自分では門外漢のジャンル。正直ゲームがサービス終了するというその言葉の意味すら満足に理解出来ていない彼女には、兄の気持ちに寄り添う事など出来はしなかったのだ。
「ゲーム……ゲームか…ゲームぅ………………」
「おいおい凪咲、そんなマジになって考えなくても大丈夫だよ。お前だって偶に落ち込む事くらいあるだろ? オレも明日にはケロッとしてるよッ」
(そうは見えないけどな……)
そう内心で呟いた凪咲の目には2年前の兄と今の兄がダブって見えていた。両親を無くし、私の為にあの事件を起こした直後の姿に。
そして更に2年間という言葉がピタリと重なる理由が偶然でないのなら、今まで疾風の瞳に光が戻っていたのはそのゲームのお陰なのだろう。
勝手に自分が献身的に兄を支えたからだ等と驕っていた数秒前の己が、急に酷く滑稽に思えてくる。
自分では何も兄の力には成れていなかったのだ。自分何かじゃ彼を支える事なんて出来ない。私は今まで一度だって、あのパパとママが居なくなった日に抱いてくれた恩をお兄ちゃんに返せていないのだ。
そんな疾風とよく似た自己嫌悪の感情が頭の中で渦を巻き、凪の視線は深く深く沈んでいったのである。
「……………………………………………ッ!!」
だが、そのドンヨリという擬音が目に見えそうな程影が差していた表情が、突如一転して上を向いた。
思い出したのだ。彼を救うとまでは言えないけれども、若しかすると兄の役に立てるかも知れない物の存在を思い出したのである。
「………あッ!? あ、あはははは! 凪咲中々上手いこと言うな~、最近バラエティーにも出てるからかな?」
「上手いでしょ~、最近のアイドルは笑いも出来なきゃいけないのよ!」
「やっぱり流石だな、兄としてオレも鼻が高いよ……」
自分の作った八宝菜のヤングコーンをスプーンの上に乗せ、そのまま意識が宇宙へ飛んでいったかの様に固まる兄を群雲凪咲はジョークで茶化した。
そしてそれを受け疾風は慌ててヤングコーンを口に放り込み、数度も噛まずに呑み込む。そうして一旦は食事の速度が上がったかに思われたが、しかし直ぐ目に見えてスプーンの動く速度が落ち始めた。
(……やっぱりおかしい。疾風は何時も少し変だけど、今日は特にッ。まるで2年前に戻っちゃったみたいだ)
ついさっき指摘したばかりにも関わらず、もう動きが固まりスプーンにキクラゲを乗っけたまま動かなくなった疾風を見て凪咲はそう思った。
しかし、若しかするとアレは兄流のボケかも知れないという可能性が彼女の脳裏を掠める。
『そんなに見詰めてたらキクラゲがクラゲに成長しちゃうよ?』『いやキクラゲはキノコの一種でクラゲちゃうわッ!』という家族の和やかなやり取りを期待しているのでは?
(……いやいや、疾風にそんな気の利いた事出来る訳がないよ。間違いない、絶対何かあったんだッ)
凪咲はノリノリでツッコむ兄の姿を想像し、余りに強烈な違和感に顔を左右へブンブンと振った。そして同時に疾風の身に何か良くない事が起こっているのだと確信する。
両親を事故で無くし、自分達兄妹はたった二人だけの家族。彼女にとって兄の存在はこの世で唯一つの帰る場所。
兄さえ居てくれればどんなに寂しい夜だって超えてこられた。自分を待っていてくれて、行ってらっしゃいとお帰りを言ってくれる人が居るなら他に何も要らないと心の底から思う。
だってそれがこの世で最も価値の有る宝物なのだと、他の人間と違い彼女は知っているのだ。
でも今そのたった一人の家族が、たった一つの宝物が自分の知らない所で傷付けられている。その事実が恐ろしくて仕方が無かった。
身体的な物であろうと精神的な物であろうと、家族の傷は凪咲にとって恐怖以外の何物でも無いのである。
兄の事はどんな些細な情報でも知っておきたい。どんなに小さな怪我であろうと私が拭ってあげたい。何だってしてあげるからこの家の中で何時までも笑っていて欲しい。何処にも行かず私だけのお兄ちゃんとしてずっとずっとずっと何時までも一緒に……………
「ねえ疾風、本当に今日どうしたの? いくら何でも様子がおかし過ぎるよッ」
頭の中に浮かんだ小さな不安をグルグルと回し、自分で自分の恐怖心を増幅させた凪咲は遂に抑えきれなくなり疾風へ単刀直入な質問をぶつけた。
しかしその弾丸ストレートを受け、疾風は無理に笑って誤魔化そうとする。
「……べッ、別に何にもないよッ」
「嘘。疾風私に隠し事する時目だけで笑うんだもん。今口角下がってた…何で家族なのに隠し事するの?」
「隠し事っていうか、わざわざ言う程の事でも無いって言うか……」
「酷いッ、私なんてわざわざ話す価値無いって事?」
だがそんな子供騙しな仕草で凪咲の追求から逃れる事は出来ない。彼女は持ち前の演技力で父親似の美しい赤茶の瞳に涙を浮かべ、上目遣いで兄の泳いだ視線の先へと回り込む。
そうしてうるうると細かに揺れる美しい瞳に見留められ、疾風はこの食卓で完全に逃げ場を失った。
「いや、そういう訳じゃッ…」
「じゃあ教えてよ。私は疾風の事だったら何だって知りたい、どんな些細な事でも。何で今日は元気が無いの?」
そう言ってごく自然に凪咲が疾風の手を握り、勝負は完全に決した。
理由が理由なので妹に話すのを躊躇していたのだが、此処まで退路を断たれてしまってはどうしようも無い。
疾風は意を決して、自分の中の一般常識が情けないと糾弾してくるその理由を妹に明かしたのであった。
「実は、好きだったゲームがサービス終了しちゃったんだよ」
「げ、ゲーム…?」
「あはは、ごめんなオタク臭い話しちゃって。でもオレにとっては2年間やり込んだッ凄い思い入れのあるタイトルでさ……その中でしか会えない友達も居たし。だから、それが無くなって少し落ち込んでただけッ」
疾風はそう言ってやはり口端が上がりきっていない笑顔を浮かべる。
しかしその一方で、凪咲の方はまるで底のない谷底へ落ちるかの様に顔へ影が降りていった。
完全に自分では門外漢のジャンル。正直ゲームがサービス終了するというその言葉の意味すら満足に理解出来ていない彼女には、兄の気持ちに寄り添う事など出来はしなかったのだ。
「ゲーム……ゲームか…ゲームぅ………………」
「おいおい凪咲、そんなマジになって考えなくても大丈夫だよ。お前だって偶に落ち込む事くらいあるだろ? オレも明日にはケロッとしてるよッ」
(そうは見えないけどな……)
そう内心で呟いた凪咲の目には2年前の兄と今の兄がダブって見えていた。両親を無くし、私の為にあの事件を起こした直後の姿に。
そして更に2年間という言葉がピタリと重なる理由が偶然でないのなら、今まで疾風の瞳に光が戻っていたのはそのゲームのお陰なのだろう。
勝手に自分が献身的に兄を支えたからだ等と驕っていた数秒前の己が、急に酷く滑稽に思えてくる。
自分では何も兄の力には成れていなかったのだ。自分何かじゃ彼を支える事なんて出来ない。私は今まで一度だって、あのパパとママが居なくなった日に抱いてくれた恩をお兄ちゃんに返せていないのだ。
そんな疾風とよく似た自己嫌悪の感情が頭の中で渦を巻き、凪の視線は深く深く沈んでいったのである。
「……………………………………………ッ!!」
だが、そのドンヨリという擬音が目に見えそうな程影が差していた表情が、突如一転して上を向いた。
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