46 / 65
第七話 ラージボルテックス
しおりを挟む
『トラブルの発生により、現在勝ち残りタイマンバトルのコーナーは中断されています。再会までもう暫く掛かりますので、申し訳ありませんが少々お待ちください』
そんなもう何度目か分からぬアナウンスを、疾風はうんざりとした表情と貧乏揺すりで聞いた。
トラブルというのは、疾風の倒した対戦相手がそのまま意識を失ってしまったのである。
試合終了から暫く経ってもピクリとすら動かなかった為スタッフがヘッドセットを外すと、彼は白目剥き泡を吹いて気絶していたのだ。
恐らく最多連勝記録の更新目前で倒されたのが余程ショックだったのだろう。少し、悪い事をしたなと思った。
彼は直ぐに救急車で運ばれ、コーナーは一端中断。予想外の事態に会場は騒然と成っていた。
だがその混乱も数分もすれば収まり、会場の他の場所では今も普通にイベントが続けられている。しかし、このコーナーのみが中断したままもう直ぐ一時間の時が流れようとしていた。
昔のコーラで歯が溶けるや、ゲームで脳が縮む等と言われたのと同じ物で、近年フルダイブVRは脳に悪影響という噂が世間を賑わせている。人とは新しい物を叩かずにはいられないらしい。
そしてその最中に気絶事件がこんな大きなイベントで起ったのだから、対応に運営は手間取っているのだろう。
だがそれでも、疾風は一言くらい自分には運営に文句を言う権利があると思った。
現在このコーナーのステージには疾風一人が取り残されている。そしてゲームはプレイされていない為、只管に彼の顔だけへとカメラが向き全てのモニターに彼の顔が映り続けているのだ。
これでは良い晒し者。そんな状態で一時間も座らされ続けているオレの気持ちも考えて欲しい、そう疾風は思った。
「……すみません、もうオレの不戦敗で良いので帰って良いですか?」
オレは四度目のトライとしてステージ脇に控えるスタッフの女性へと訪ねた。
しかし返ってきたのは何度も聞いた同じ言葉。
「申し訳ありません。あと暫くで再開されると思いますので、もう少々お待ちください」
そう女性は申し訳なさそうに言って頭を下げた。しかし絶対に席を立つ事は許してくれず、もう少々もう少々と同じ事を繰り返すのみ。
どうやらこの大企業の社員にとって少々とは1時間の事を指すらしい。きっと労働基準監督署とは仲が良いのだろうな。
そう疾風は腹の中で毒づき、もう普通の手段でこの場から離れるのは諦めたのだった。一時間も顔面を晒され続けたのだから其れ位の権利は有るだろう。
そこで数秒考えた疾風は、単純だが恐らく上手く行くであろう方法を思い付いた。
「……すみません、じゃあちょっとだけトイレに行っても良いですか? け、結構前から我慢しててもう限界でッ」
まるで今にも限界を迎えそうなモジモジとする演技をしながら、疾風はスタッフに尋ねた。女性は一瞬困った様な顔をしたが流石に此処で漏らされる訳にはいかない。
直ぐに戻って来て下さいねと念押しされた上で、トイレの方向を教えてくれた。
疾風は頭を下げ、その教えて貰った方向へと小走りで向かう。すると直ぐにトイレの在り方を示す赤と青の表示が見えてきた。
しかし、彼がそのトイレの中へと入る事は無い。寧ろ中から両手をハンカチで拭きつつ出てきた人々に紛れて身を隠すという行動を取った。
そしてトイレの前を通り越し、更にその先へと進んでいったのである。
当然、もう戻る気は無かった。
これ以上あんな場所で大勢の目に顔面を晒され続けて堪るか。既に一勝したから目的の限定スキンは入手出来た、もうこの場に用は無いのである。
やはりゲームは家で一人静かにやる物だ。
久し振りの外出で疲弊し、速くカビ臭く狭い自室へ戻ってプライバシーを確保しろと叫ぶ全神経の声に従い、疾風の足はその速度を上げていく。
まるで溺れた人間が酸素を求める様に、彼は今出口と静寂を求めていたのだ。
そしてその只管前へ先へと向いた彼の意識では、隣を知り合いが擦れ違ったとしても気付く余裕は無かったのである。
「ッん? あれは………群雲疾風ッ!?」
しかし、その擦れ違った知り合いの方は彼の存在に気が付いた。
視界の端にチラリと映った横顔で背後を振り返り、そして見えた覚えのある後ろ姿に驚きの音を漏らす。未だステージ上に留まっていると思っていたらまさかこんな所で擦れ違うとはと。
何が有ったかは知らぬが、こうしては居られない。
その知り合いは直ぐに疾風の後を追おうとするが、しかし周囲を包む人混みに阻まれ上手く動けない。
そして何とか方向転換しようと藻搔く間に、彼の姿は何処かへと消えてしまっていた。
数時間前には諦めた状況。しかし、今その目に宿る執念の色は桁違いに深く成っていたのである。
彼女はポケットから携帯を取り出し、疾風が消えていった方向へと歩きながら目線を向けずに番号を押す。
そして相手が出ると妙に落ち着いた声で、しかしマシンガンの如くに用件を伝えた。事は急を要するのである。
「…………アタシだ、至急準備してくれ。…話は後回しでッとにかく乗って貰おう、そうすりゃ如何とでも出来る。ああ、この際手段は選んでらんねえよッ」
そう言って通話を切り、凛堂優奈は獰猛な肉食獣が如く笑った。
そんなもう何度目か分からぬアナウンスを、疾風はうんざりとした表情と貧乏揺すりで聞いた。
トラブルというのは、疾風の倒した対戦相手がそのまま意識を失ってしまったのである。
試合終了から暫く経ってもピクリとすら動かなかった為スタッフがヘッドセットを外すと、彼は白目剥き泡を吹いて気絶していたのだ。
恐らく最多連勝記録の更新目前で倒されたのが余程ショックだったのだろう。少し、悪い事をしたなと思った。
彼は直ぐに救急車で運ばれ、コーナーは一端中断。予想外の事態に会場は騒然と成っていた。
だがその混乱も数分もすれば収まり、会場の他の場所では今も普通にイベントが続けられている。しかし、このコーナーのみが中断したままもう直ぐ一時間の時が流れようとしていた。
昔のコーラで歯が溶けるや、ゲームで脳が縮む等と言われたのと同じ物で、近年フルダイブVRは脳に悪影響という噂が世間を賑わせている。人とは新しい物を叩かずにはいられないらしい。
そしてその最中に気絶事件がこんな大きなイベントで起ったのだから、対応に運営は手間取っているのだろう。
だがそれでも、疾風は一言くらい自分には運営に文句を言う権利があると思った。
現在このコーナーのステージには疾風一人が取り残されている。そしてゲームはプレイされていない為、只管に彼の顔だけへとカメラが向き全てのモニターに彼の顔が映り続けているのだ。
これでは良い晒し者。そんな状態で一時間も座らされ続けているオレの気持ちも考えて欲しい、そう疾風は思った。
「……すみません、もうオレの不戦敗で良いので帰って良いですか?」
オレは四度目のトライとしてステージ脇に控えるスタッフの女性へと訪ねた。
しかし返ってきたのは何度も聞いた同じ言葉。
「申し訳ありません。あと暫くで再開されると思いますので、もう少々お待ちください」
そう女性は申し訳なさそうに言って頭を下げた。しかし絶対に席を立つ事は許してくれず、もう少々もう少々と同じ事を繰り返すのみ。
どうやらこの大企業の社員にとって少々とは1時間の事を指すらしい。きっと労働基準監督署とは仲が良いのだろうな。
そう疾風は腹の中で毒づき、もう普通の手段でこの場から離れるのは諦めたのだった。一時間も顔面を晒され続けたのだから其れ位の権利は有るだろう。
そこで数秒考えた疾風は、単純だが恐らく上手く行くであろう方法を思い付いた。
「……すみません、じゃあちょっとだけトイレに行っても良いですか? け、結構前から我慢しててもう限界でッ」
まるで今にも限界を迎えそうなモジモジとする演技をしながら、疾風はスタッフに尋ねた。女性は一瞬困った様な顔をしたが流石に此処で漏らされる訳にはいかない。
直ぐに戻って来て下さいねと念押しされた上で、トイレの方向を教えてくれた。
疾風は頭を下げ、その教えて貰った方向へと小走りで向かう。すると直ぐにトイレの在り方を示す赤と青の表示が見えてきた。
しかし、彼がそのトイレの中へと入る事は無い。寧ろ中から両手をハンカチで拭きつつ出てきた人々に紛れて身を隠すという行動を取った。
そしてトイレの前を通り越し、更にその先へと進んでいったのである。
当然、もう戻る気は無かった。
これ以上あんな場所で大勢の目に顔面を晒され続けて堪るか。既に一勝したから目的の限定スキンは入手出来た、もうこの場に用は無いのである。
やはりゲームは家で一人静かにやる物だ。
久し振りの外出で疲弊し、速くカビ臭く狭い自室へ戻ってプライバシーを確保しろと叫ぶ全神経の声に従い、疾風の足はその速度を上げていく。
まるで溺れた人間が酸素を求める様に、彼は今出口と静寂を求めていたのだ。
そしてその只管前へ先へと向いた彼の意識では、隣を知り合いが擦れ違ったとしても気付く余裕は無かったのである。
「ッん? あれは………群雲疾風ッ!?」
しかし、その擦れ違った知り合いの方は彼の存在に気が付いた。
視界の端にチラリと映った横顔で背後を振り返り、そして見えた覚えのある後ろ姿に驚きの音を漏らす。未だステージ上に留まっていると思っていたらまさかこんな所で擦れ違うとはと。
何が有ったかは知らぬが、こうしては居られない。
その知り合いは直ぐに疾風の後を追おうとするが、しかし周囲を包む人混みに阻まれ上手く動けない。
そして何とか方向転換しようと藻搔く間に、彼の姿は何処かへと消えてしまっていた。
数時間前には諦めた状況。しかし、今その目に宿る執念の色は桁違いに深く成っていたのである。
彼女はポケットから携帯を取り出し、疾風が消えていった方向へと歩きながら目線を向けずに番号を押す。
そして相手が出ると妙に落ち着いた声で、しかしマシンガンの如くに用件を伝えた。事は急を要するのである。
「…………アタシだ、至急準備してくれ。…話は後回しでッとにかく乗って貰おう、そうすりゃ如何とでも出来る。ああ、この際手段は選んでらんねえよッ」
そう言って通話を切り、凛堂優奈は獰猛な肉食獣が如く笑った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる