ファニーエイプ

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第六話 プロフェッサーディックの秘密④

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「結局ティナはワシらの養子にする事を決め、ミコとニカのお陰であの子は少しずつ兄を失った悲しみから立ち直っていった。だがしかし、ワシは自分に何か十字架を背負わせなくては気が済まなかった。チイロの死に何か意味を持たせてやらなくては余りに浮かばれんと思ったんや」



 其処でディックは一瞬言葉を切り、僅かに上を向き始めたフートと目を合わせた。その視線に何故か凄まじいバツの悪さを覚え慌てて顔を逸らすと、その先でハルトマンファンクラブと書かれた金色のカードの中で笑う少し若いディックと目が合いフートは顔を顰める。

 一方のディックはその反応に気落ちした様子は無く、再び口を開き話を再開した。



「ワシはあの子を追い詰めた移民を悪と呼ぶ風潮、いやッ誰かを悪者にし正義を掲げる社会の構造を変えようと考えた。それが一番あの子の供養となると思ったんや。しかしワシの頭では幾ら考えた所でこの世から全ての悪者を消す方法は浮かばんかった。だが其れでも諦め悪く考えていると突如強い確信を纏った閃きが落ちてきた、世界から悪者が消えないのなら自分一人を悪者にすれば良いと」



「………それが、この街の真相ッ」



「そうや、済まんかったな」



 フートは全てを理解してしまった。そしてそれに気付いたディックが何と表現して良いのか分からない、使命感に多少の罪悪感が混じる奇妙な表情をする。



「人間同士の信頼関係は150人が限度と言われ、それを超えればグループ化し排他が起こり対立が生じる。だが例外もある、それが戦時下や災害時などの皆が一方を向ける危機がある時や。だからワシは全人類が一方を向ける危機に自分自身がなる事を決めた、全人類が同意する悪者となる事を決めたんや。そうすることで皆が一つの正義の元に団結するヒーローとなる事が出来る。ワシという悪が巨大になれば成る程ハルトマンという正義の象徴は光輝き、人々の団結は強固となっていく」



 ディックは自らが呼吸を忘れていた事に気付き、スゥと息を吸いそしてその言葉を放った。



「フート、ワシはお前が思い描いている様な孤高で社会転覆を狙うヴィランではない。プロフェッサーディックは言うなればプロレスでいう所のヒール、社会を維持する為に存在する歯車、嫌われ者を演じるピエロに過ぎん」



 其れまでの内容で何となく分かっていた事ではあったが、改めて明確な言葉にされると流石に応えた。今思い返してみれば、ハルトマンが今程もてはやされ始めたのはプロフェッサーディックが現われてからだった気がしてくる。



「………………じゃあッ、つまり……オレが今まで憧れて手に汗握ってきた戦いは全て嘘だったって事ですか? アンタ達が演じる人形劇に馬鹿みたいに歓声を上げていただけッ」



「別に手を抜いてた訳やない。ハルトマンはこの事を知らんから全力で向き合わな簡単に殺されるからな。けど、手段を選ばなかったかと聞かれれば嘘になる。不意打ちを行ったり人質をとったりしとれば、若しかすると今頃勝とったかも知れへんな」



 全てが仕組まれていたのである。

 プロフェッサーディックは思い描いていた様な一人社会から独立し孤軍奮闘する反逆者ではなかった。それどころか社会の最奥部に位置する巨大歯車であるハルトマンを際立たせる為の付属品に過ぎなかったのだ。

 この世で最も生きていると思っていた男は、実は初めから社会システムの一部だったのである。



「……なんで、何でそれをオレに教えたんです。こんな事知りたくなかった。知らないままで居させてくれれば、あの時あのままオレを拒絶してくれてれば………唯オレの自殺を肯定してさえくれれば迷わなかったのにッ」



 フートの内側で滅茶苦茶に暴れ出したい様な、蹲って唯涙を流したい様な、今すぐ此処から逃げ出したい様な、そんな感情がグルグルと渦巻く。

 単純に裏切られた訳ではなく、彼の言わんとしている事が理解できてしまった事が事態を更に複雑にする。だがその理解した内容は彼の思想と反するどころか、寧ろ真逆の考えであった。

 自らを犠牲にし、社会を一つの正義で塗りつぶすなど許容できる訳が無いではないか。



「お前に教えたのは、唯の自己満足や。チイロによく似たお前に手を伸ばせば自分の罪が許される様な気がしたんや。それが救いに成らず逆に恨まれたとしても、自ら死へ向かうお前を無視出来んかった」



 やはり、ディックもフートをチイロと重ねていたらしい。



「自己満足ついでに言わせて貰うで。肉親がおらず、周囲に頼れる人間も居らんかったお前には世界の全てが敵に見えとるだろう。けどな、世界ってのはお前が思ってるほど悪いもんやないで。奪ってくるだけやなく与えてくれる人だって居るんや、無条件にな。社会という物が善か悪かを判断するにはお前の年齢じゃまだ時期尚早や。リアリストになんて何時でも成れる、根拠の無い夢希望を語れるのは若者の特権なんやで?」



 ディックの穏やかで優しい視線を感じるが、フートはその視線でさえ直視する事が出来ず顔を伏せる。



「ワシは言っていたな、秘密を知って弟子に成りたいとお前が言えたら弟子にすると。どうするかはお前が決めろ。何も弟子になったからって全てワシに習う必要は無い、唯の踏み台として使ってくれても一向に構わん。当然、ワシの伸ばした手を拒絶するという選択も歓迎しよう………」



 其処でディックは返答を求める様に間を作る。だがやはり、フートは何も言葉を発する事が出来なかった。

 自らの信念を貫くのであれば此処での選択肢は拒絶以外に有り得ないだろう。しかし、それを行動に移そうとするとフライパンにこびり付いた焦げの如き憧れが邪魔をするのだ。では弟子入りを選ぶかと聞かれれば、それもまた過去が邪魔をして選ぶ事が出来ないのである。

 沈黙は一分程続き、ディックがくしゃりと笑ったのを合図として壊れた。



「まあ、別に今すぐ回答を貰おうとは思っとらん。お前の人生に関わる問題やからな、ゆっくり考えてから回答をくれれば良い。それと助けて貰った礼に暫くうちに泊まってけ。此処は設備が充実しとるから工学の勉強も捗るし、何より飯の心配が要らん。何か分からんことがあったら直ぐワシに聞けるしな」



「………飯食うだけ食って結局居なくなるかも知れませんよ」



「ああ、構わんよ。ワシも其処まで引退を急いどる訳でもないしなッ」



 結局フートはその日の内に結論を出すことが出来なかった。こういう物はその日のうちに答えを出さなくては堂々巡りになるとは分かっていたが、出来なかった。

 つい一時間前まで彼の弟子に成りたくて仕方が無かった筈なのに、今はそれが歪にねじ曲がってしまっている。今まで散々否定されてきた社会の一部に戻るなんて納得出来ない。だがこのままの自分ではいけないという事も分かってる。

 振り上げた拳を何処に下ろせば良いのか分からないまま、唯時だけが流れていったのだった。
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