紅い糸切らないで

神崎真紅

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事件の裏にあった翔の姿

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 そんな事をやっていても、翔に会える確率なんて、無いに等しい事なのに。


「ねぇ、彼女達、ヒマ?ドライブ行かない?」


 このふたりがのちにとある事件の発端になるなんて、分かる筈がなかった。


「トルエン持ってるんだけど?」

「えっ?頂戴!」


 明美はシンナーが大好きだった。

 それだけで明美とふたり、その男達の車に乗ってしまった。
 咲は知らない男の車に乗って、緊張していた。

 また、あの時みたいに何処かに連れ込まれるんじゃないか、と。
 けれど、市内を一周しただけでその男達は帰してくれた。



 ところが、何処から聞きつけて来たのか、何を勘違いしてるのか、あの豚男が咲を自分の女だと言って、相手をゆすったのだ。 


 そこから大騒ぎに発展してしまう。


 ゆすった相手の叔父さんが、ヤクザの親分をやっていて、困ったその男がヤクザの叔父さんに相談したから大変だ。



 咲と豚男は、その親分に呼ばれた。
 一件のスナックに入って行くと、その親分は静かな声で話した。


「自分の女の教育ぐれぇ、しっかりやりな!」


 この言葉は、咲にとって屈辱以外の何物でもなかった。


 あたしはこいつの女なんかじゃ、ない!!

 本当はそう怒鳴りたかった。

 けれど、黙って話しを聞いて来いと言われてたし、ヤクザの親分なんて今までの咲の生活の中には存在しない人種だった。

 咲はただ黙って頭を下げて帰って来たのだ。
 屈辱を噛みしめながら...。 


 この事件が市内に住んでた被害者の男から、翔の知り合いの耳に入って来た。



「翔が付き合ってた女って、工藤咲って名前じゃね?何だか大変な事やらかしたらしいぜ」

「えっ?咲が?」

「そんでよ、男が出て来てあいつがゆすられたらしいんだよ。んで、あいつの叔父さんがヤクザの親分やってるんだとさ。困って相談したらしいぜ」

「親分って、松野さんか?」


 翔は考えた。
 けれど、どう考えても翔の知ってる咲は、そんな事する女じゃなかった。

 何か、ある。
 そう考えた翔は、ひとりで松野の親分のところに話しに行った。 


「....という訳で、自分が付き合ってた女なんです。そんな事する様な女じゃないんで、親分には申し訳ないですけど、女は怒らないでやって下さい。あと、俺の事は内緒でお願いします」

「なんだ、翔の女だったのか。あぁ、分かったよ。女には何も言わねぇよ」

「すみません」




 翔は密かに咲に降りかかる火の粉を払い落していたのだ。
 でも、どうしてそんな事を翔はやっていたのだろうか?
 捨てた咲への、罪滅ぼしのつもりだったのか?


 ならば、翔が咲のもとへ戻ってやる事こそが、一番の罪滅ぼしだったのではないのか? 

 翔が裏で手を回していたなんて、夢にも思わなかった咲は、とにかくこの豚野郎の女だなんて屈辱から早く解放されたかった。


 天然ではあるが、咲はかなり気が強い。
 咲は二度とこいつの隣りに座る事はなかった。


 いつだったか、お店で咲に絡んで来た時も「さわんないでよ!!」と店中に響き渡る声で、怒鳴りつけた事があった。

 それからそいつが店に来る事はなくなった。 



 翔が咲の知らないところで、また咲を陥れようとしていたどっかの族を引き連れて来た小谷洋子を、その族ごと潰していた事も知らなかった。


 翔は、咲すら知らないそんな咲の敵を、どうやって見つけ出していたのだろう?
 そこまで咲を守るのなら、傍にいてやればよかったんじゃなかったのか?



 翔は、咲に対して負い目があった。
 自分から告白したくせに、自分の都合であっさり他の女に乗り換えた。


 けれど、咲と付き合ってる時にも、翔は何度か浮気をしていた。
 でも、それは一度きりの火遊び。
 朝には咲のもとへ戻って来ていたから、咲も何も言わなかったのだ。 


 しかし、理恵の時は違っていた。


 咲は、はっきりと翔の心変わりを感じていたから。
 もう、翔は戻って来ないんだ、って。



 けれど、時折掛かって来てた翔からの電話。
 それもあの時の事件以来、ぴたりと止まった。



 もう自分は、翔にとって過去の女になっちゃたんだろうな....。

 淋しさだけが募ってゆくだけだった。
 けれど、忘れる事の出来ない翔の存在....。


 咲は翔の想い出だけを胸に抱いて、命を繋いでいた。

 本当は死んでしまいたかった。
 翔に忘れられたのなら、生きてる意味など何処にもないから....。


 咲はそう思っていたのだが、実は咲の知らないところで、咲に降りかかる厄(わざわい)を潰してくれてたなんて、誰が想像しただろう? 

 まだ咲に少しでも、気持ちが残っていたのかも知れない。

 咲が、翔に心を盗られてしまった様に、翔もまた咲が忘れられなかったのではなかったのか?


 その真偽(しんぎ)は誰にも判らない。
 翔の中にしか、その答えは存在しないのだから。


 翔には、咲に会えない事情があったのかも知れない。
 それでもたまに学校に出て来た咲を、翔は遠くから見ていた。



「咲....、痩せたな....。俺のせいなのかよ....?」



 あんなに楽しかった、咲と過ごした思い出。
 それを翔は、今更ながら思い出していたのだ。
 咲を手放したのは、俺の間違いだったな....。


 俺が咲から離れれば、咲は危険な目に遭わなくなると思ったのによ。
 逆効果じゃ、ねぇかよ? 
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