それでも生きて

神崎真紅

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葛藤

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 言いかえれば我儘なのだろう。けれど私は今、自分の居場所を見失っている。
 
 長年働いてきた職場についぞや終止符を打つ時が来たのだと。ただそれだけの、事。
 考えてみても、大した事じゃない。
 そう、代わりはいくらでもある仕事なのだ。私の代わりも、職場の代わりも。
 私が職替えをするに至って、今まで積み重ねてきた経験は、ただ即戦力になるだけの事。
 
 けれどいざ終止符を打とうとオーナーに電話をかけても出ない。間が悪いにしてもせめて着信があったのなら、かけ直してくれてもいいのではないだろうか。
 
 今回は珍しく相方が怒っている。そこまで自分を貶めてまで働く必要ないだろう?と。
 それもそうだ。
 なに?
 三ヶ月のお試し期間て?
 私をお情けであと三ヶ月置いてやると、そう言われた。
 そんなのひどい。
 私そこで十三年間働いてきたのに。
 入って間もない新人じゃないのに。私は二十四時間、全ての時間帯の仕事もこなせる。どこに行っても通用する。
 
 だからこそ辞めようと思い決めた。たかがコンビニ、されどコンビニ。
 
 ちょうどのタイミングで私の胆のう摘出手術の日にちが決まった。ここで辞めなきゃまたずるずるになる。店長には悪いけれど。
 
 オーナーに電話で伝えた。何を言われるかと思いきや、言わせたかった言葉が聞けたという感じで、ガックリとどこかの力が抜けた気がした。
 これで私は自由だ。
 次に行くのは家から近くのあそこの店がいい。時給も今より五十円も高い。
 五十円も違うのだ。
 同じ仕事なのに。
 やっぱりあのオーナーはケチで小さい人種なのだ。私とは合わない。そう強がってみても、一抹の寂しさが残る。
 いずれにしても遅かれ早かれあのオーナーには因縁つけられて追い出されたことだろう。
 本当に情けない。
 そんな人種に振り回されて、自分を見失って、挙句の果てにお情けで置いてやる、なんて言われて。
 私にとって屈辱以外なにもない。
    屈辱でしか、なかった。
    あの日、ファミレスでオーナーと話した時に、辞めるとひとこと言えたらよかったのに、と今更ながらそう思った。
    そして、オーナーがあんな常識の外の人でなければ、私は今もあの場所にいられたのだろうと、そう思う。
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