そして消えゆく君の声

厚焼タマゴ

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泣く少年2

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 ……
 ………って、
 な、なに恥ずかしいこと考えてるんだろう。
 
 一人考えて、一人赤面してしまう。片手で口元を押えると知らない間にニヤついていた唇に指が触れて、これじゃあ恋する女の子どころか不審者だ。
 
 そんな風に一人百面相をしている間にも家は近付いてきて、もうそろそろマンションの入口が見えてくる、という時。 
 
 不意に、誰かの声が聞こえた。

(あれ……?)
 
 何だろうと立ち止まっても、耳に入るのは雨がアスファルトを打つ音ばかり。
 
(聞き間違いかな)
 
 けれど、首をひねりながら右足を踏み出すと同時に、声は雲切れのようにくっきり響いた。
 
「……っ、く……」
 
 声というより嗚咽に近い。雨風に揺れる葉の音に混じってかすかに耳に入ってくる、痛々しいうめき。
 私は慌てて辺りを見回した。迷子かもしれないし、急病で動けなくなっているのかもしれない。どちらにせよ大変だ。
 
「だ、大丈夫ですかー?」
 
 できるだけ大声で呼びかけながら背の高い草むらに入り込むと、やがて目に入ったのは小さな背中。
 誰かが地面に座りこんでいる。シャツの張り付いた白い背中、膝を抱える折れそうなほど細い腕。女の人だろうか。
 
「あの」
 
 草の匂いがした。
 
「どこか悪いんでしたら、人を……」
 
 開いた傘を傾けて、ちょっと緊張しながら細い肩に触れる。蒸し暑い空気とは真逆の、冷えた体温に眉を寄せた、瞬間。
 
「……だれ?」
 
 俯いていた黒い頭がゆっくりと持ち上がって、小さな顔の、大きな目が私を見つめた。
 
「俺を、連れ戻しに来たの?」
 
 濡れた真っ黒な瞳。透き通るような白い肌を伝う雨粒が、赤く色づいた唇から細くとがった顎へと消えていく。
 
 ぬかるんだ地面にすわりこんで泣いていたのは、多分私より少し年下の、人形みたいに可愛い男の子だった。
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