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春
傷痕1
しおりを挟む「あ、タオルどうぞ」
「……あ……ありがとう」
「ちょっと小さめのしかないんですけど」
「ううん、大丈夫」
オレンジの間接照明が、革張りのソファを照らしている。
濡れた腕や顔を簡単に拭きながら、私はフローリングで膝をかかえる幸記くんにも新しいタオルを手渡した。
あの後、私は幸記くんを自分のマンションに連れて帰ることにした。
なにせ突然のことだったから迷ったけど、暗い道に佇む彼を放っておくことは出来なかったし、家の人に連絡を取るのも難しそうだったから。
明るい光の下で見る幸記くんは灰色の景色に立っていた時よりもずっと白くて、綺麗で。けれど、細すぎるのが少し心配だった。
濡れているから余計にそう見えるんだろうか。布ごしにあばら骨が見えて……って。そうだ、タオルの前に服をどうにかしなきゃ。
「幸記くん、良かったらシャツ着替えない?」
「え?」
「濡れたままだと風邪引くし、お父さんの服で良ければ」
「……」
私の提案が良くなかったのか、細い首をぶんぶんと振ってシャツの裾を握りしめる。
「だ、大丈夫」
「でも、相当濡れてるし」
「平気、だから……っ、しゅんっ」
拒絶の言葉とくしゃみが重なる。
……やっぱり、身体が冷えちゃってるみたい。
どうしよう。
無理強いはよくないけれど、このままだと風邪をひいてしまうし、服だって家に帰るまでにかわかしておいた方がいい。
うーん、と悩むこと十数秒。
私は思いきって強硬策に出ることにした。
「わっ、な、なにっ…」
肩を掴んで、ちょっと強引な手つきで幸記くんのシャツに手をかける。
「ごめん、でも冷えるからっ」
「や、ちょっと、やめっ……!」
本気で嫌がる幸記くんを見るとなんだか自分が暴漢にでもなった気がするけど、非常時だし許してほしい。数個だけとめられたボタンを外して、長い裾を手前に引っ張る。
けれど、濡れて張りついた布の下からあらわれた肌を見た瞬間、私はびくりと動きを止めた。
同時に、幸記くんがサアッと青ざめる。
「これ……」
「……」
「これ、一体……」
言葉が出ない。
へたりこむように膝立ちの体勢を崩して、ただただ両の目を見開く。
見てはいけない、反射的にそう思ったけど。
幸記くんのあばらが浮くほど痩せた身体、そこに残る痛々しい傷痕から、目を離すことができなかった。
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