そして消えゆく君の声

厚焼タマゴ

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街の灯は遠く

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 赤、白、緑。
 
 鍋の中を泳ぐ色とりどりの野菜。
 簡単でおいしい、大好きなスープ。
 でも、ぼんやりと菜箸を持つ私の頭は目の前の夕飯とは全く違うことを考えていた。
 
 黒崎くん。
 
 今日何度、その名前を呼んだだろう。数十分前、項垂れる幸記くんの手を引いて、雨に包まれた夜道へと消えていった背中。
 
「……どうして」
 
 口をつく言葉も、数え切れないほどくり返したもの。どうして、黒崎くんが幸記くんを連れ戻しにきたのか。
 
 幸記くんは、家族が迎えに来るのと言っていた。けれど黒崎くんと幸記くんは名字がちがうし、黒崎くんの家が四人兄弟だという話も聞いたことがない。
 
 じゃあ、親戚の子とか?

 幸記くんは地元のことを知らないみたいだったし、何か事情があって黒崎くんの家に住んでいるのかもしれない。
 それで。
 

「………それで、あの傷を?」
 

 まさか、ともう一人の自分が否定する。
 あの人格者の征一さんや、真面目で不正を許さないと有名な要さん……それに、黒崎くんがあんなことを許すはずがない。
 
(だったら、誰が幸記くんを……)
 
 わからない。
 何ひとつ明らかにならないまま、疑問だけがどんどん増えていって堂々めぐりしている。
 黒崎くんに聞いたら答えてくれるだろうか。まるで私から逃げるように、速足で帰っていった黒崎くん。
 
 教えてほしい、
 幸記くんのこと、黒崎くんのこと。
 二人に、何が起こっているのかを。
 
 きゅ、と指を握りしめて、私は窓ガラスごしに見える灯りをながめた。家々をかざる灯りは星みたいだ。暗い夜道を明るく照らしてくれるのに、とても遠い。

 ふいに私は、数週間前に聞いた言葉を思い出した。

 オレンジ色に染まった美術室。今にもこちらを向きそうな、愛らしいネズミの絵。私の横でうつむいていた黒崎くんの、細い鼻筋。
 
 
『……淘汰されることを前提とした命って何なんだろうな』
 
  
 レミング。
 自殺するネズミなんて呼ばれる、小さく儚い命。

 そのやるせない印象に黒崎くんが何を重ねていたのか、ほんの少し、答えが見えた気がした。
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