そして消えゆく君の声

厚焼タマゴ

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期末試験2

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 黒崎くんの連絡先を教えてもらったのは、屋上の件から一週間後の放課後だった。
 
 家のことを知ってから上手く話せなくなってしまった私に、黒崎くんは「前と同じでいい」と言って、何かあったら伝えるからとメールアドレス(メッセージアプリは使っていないらしい)を書いたメモをくれた。以来、たまに連絡を取り合っている。
 
 といっても、家の話はほとんどしていない。私には何もできなくて、ただ、話を聞くのが精一杯で。だから、黒崎くんが何か言わない限りは、私も何も訊かないようにしていた。
 
 本当は、力になりたかった。
 でも、その糸口すら見えなかったから。
 
 
 
「えっと…黒崎くんはまだ、かな」
 
 どうにかテストを終えて迎えた午後。駅前で雪乃と別れた私は、人目を気にしながら小さなカフェに入った。
 
 紅茶が美味しいこのお店は住宅街の真ん中にあるから、どこを見ても学生でいっぱいの駅前と違って制服姿のお客さんは滅多に来ない。
 つまり、人に見られるのが嫌いな黒崎くんにとっては、うってつけの待ち合わせ場所で。
 二人でお茶を飲んだ回数は、そろそろ両手が必要になるくらい……だと思う。
 
「ミルクティーブレンドとスコーンお願いします」
 
 お気に入りのお茶を注文して、ぼんやり携帯の時計を眺める。待っている時間はいつも気持ちがそわそわして、落ち着かなかった。だって。
 
(なんか、デートみたいだし)
 
 放課後、喫茶店で落ち合って。お茶を飲みながら、なんでもない話をして。きっと、雪乃も彼氏と同じことをしているはず。
 
 話をして、知りたくなって。知ったら、そばにいたくなって。
 今では、こうして会うたびに胸の中がふわふわして、嬉しいのにドキドキしている。

(好き、なんだろうな)
 
 日に日に、自分の中ではっきりしていく気持ち。不器用で、無口で、ちょっと短気で。でもすごく優しい黒崎くん。
 格好良いなとか、憧れるとかじゃなくて、誰かに恋をしたたのなんて、きっと小学生のころ以来。
 
 好き。大好き。
 でも、その気持ちが大きくなればなるほど、足元で色濃くなっていく影。黒崎くんを取り巻くどうしようもない状況。
 
(私にできることがあればいいのに)
 
 何度も胸に思い描いて、同じ数だけあきらめた願い。
 好きな人が傷付けられているのに、つらい現実から目をそらすしかないなんて。あの日聞いた、苦しそうな声に背を向けるしかないなんて。
 
 自分が無力なのはわかっている。どうしようもないことなのも理解している。

(……それでも)

 グラスの水が揺れる。
 ちいさく波打つ楕円形には、俯いた私の顔がうっすら映っていた。
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