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秋
決意2
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「正直に気持ちを伝えて、二人を傷つけるのが怖い。都合のいいことを言ってるのはわかる、気まずくなるのが嫌で、いい人ぶってるだけだって。でも、いざ行動しようとするとどうしても足がすくんで」
何勝手なことを言っているんだろうって自分でも思う。どれだけ答えを延ばしたところで結果は変わらないのに。
気遣っているのは幸記くんに対してじゃない。もちろん、黒崎くんに対してでもない。
自分だ。
私は自分かわいさに幸記くんに甘えている。「返事はいらない」と逃げ場を残してくれた幸記くんに。
「桂」
うつむいて話す私に、雪乃はいつもとは違う、真面目な声で名前を呼んだ。
「桂は、その子を傷つけたくないんだよね」
「うん」
「でもさ、向こうだってわかってたと思うよ?自分が告ったら今の関係壊しちゃうって」
「……うん」
「あたしも時々そういうのあるけど、やっぱ、覚悟もって告白してくれたなら自分もそれなりの返事しなきゃいけないと思う。でなきゃお互い先に進めないじゃん。せっかく勇気出したのに、壊しっぱなしじゃ悪いよ」
例え思いを受け入れられなくても「受け止め」なくてはいけない。
それが最低限の礼儀だと言う雪乃に私は小さく頷いた。
「そうだよね…」
今の私は、幸記くんから火のついたロウソクを差し出されているのと一緒。目の前でゆらめく炎を自分の心に灯せないからと、ただ溶けていくロウを眺めている。幸記くんの優しい手が、火傷を負うかもしれないのに。
「ま、断り下手な桂にはむずかしいかもしれないけど」
「ううん、言うよ、絶対に言う。自分が相手の立場だったら、きっとつらいから」
中学時代の私は、何て言って告白を断ってたんだっけ。
友達でいたい?
そういう目で見られない?
その言葉を選んだ時、私は相手のことをちゃんと考えていたんだろうか。好きだと言ってくれる人の想いに、心から耳を傾けていただろうか。
(きっと、真剣じゃなかった)
それは、私自身が人を想うことをちゃんとわかっていなかったから。
好きになること。その人のことばかり考えること。些細なことで落ち込んだり喜んだり、次から次へと想いが生まれてくること。
気になって、恋をして。
初めて知った気持ち。
黒崎くんを好きになってようやく、私は相手の立ち場に立って物事を考えられるようになった。
「私が相手の立場なら、たとえ駄目でも、無かったことにはされたくない。好きな人の気持ちを知りたい、だから」
うまく言葉にならない気持ちをおずおずと口にする私に、雪乃が笑った。明るい笑顔だった。
「桂の中では、答えが出てるんでしょ?」
ぽん、と肩を叩く仕草は不思議なほど大人びていて、雪乃もこういうことをたくさん考えてきたのかなと頭のすみで思う。
「どうしたいか、どうするべきかわかってて、背中を押してほしいのならあたしが押してあげるから頑張りなよ」
「うん、ありがとう」
「それにしても……」
言葉とともに吐き出された、大きなため息。
「……まさか、桂みたいなお子様が三角関係に悩む日がくるなんて」
お姉さんは寂しいよ、と肩をすくめられて唐突に我に返る。
「だ、だから例えばの話!」
「今さらそんなこと言ってなんの意味が……」
呆れを通りこした、小さい子を見るような慈愛の視線をそそぎながら黄緑のお箸を伸ばす雪乃。
「これ相談料ね」
と、つまみあげたのは昨日作っただしがら昆布の煮しめで、相変わらず渋いチョイスだなあとおどろいてしまう。
「いつも思うけど、雪乃って見た目と味覚があってないよね」
ガラスケースに飾られた人形みたいな派手で華やかな顔をしてるのに、好きな食べ物は煮物やお味噌汁。お祖母ちゃん子だったのが原因らしいけど、それにしても意外。
「見た目と違って中身は古風、っていうのもギャップがあっていいでしょ」
「たしかに印象的ではあるかも」
「それに、桂の作る煮物は美味しいし」
とびっきり可愛い笑顔で昆布を口に運ぶ雪乃に、私はつられて笑いながらにぎっていた手をそっとほどいた。
想いを受け止められるように。
両手で抱きとめられるように。
何勝手なことを言っているんだろうって自分でも思う。どれだけ答えを延ばしたところで結果は変わらないのに。
気遣っているのは幸記くんに対してじゃない。もちろん、黒崎くんに対してでもない。
自分だ。
私は自分かわいさに幸記くんに甘えている。「返事はいらない」と逃げ場を残してくれた幸記くんに。
「桂」
うつむいて話す私に、雪乃はいつもとは違う、真面目な声で名前を呼んだ。
「桂は、その子を傷つけたくないんだよね」
「うん」
「でもさ、向こうだってわかってたと思うよ?自分が告ったら今の関係壊しちゃうって」
「……うん」
「あたしも時々そういうのあるけど、やっぱ、覚悟もって告白してくれたなら自分もそれなりの返事しなきゃいけないと思う。でなきゃお互い先に進めないじゃん。せっかく勇気出したのに、壊しっぱなしじゃ悪いよ」
例え思いを受け入れられなくても「受け止め」なくてはいけない。
それが最低限の礼儀だと言う雪乃に私は小さく頷いた。
「そうだよね…」
今の私は、幸記くんから火のついたロウソクを差し出されているのと一緒。目の前でゆらめく炎を自分の心に灯せないからと、ただ溶けていくロウを眺めている。幸記くんの優しい手が、火傷を負うかもしれないのに。
「ま、断り下手な桂にはむずかしいかもしれないけど」
「ううん、言うよ、絶対に言う。自分が相手の立場だったら、きっとつらいから」
中学時代の私は、何て言って告白を断ってたんだっけ。
友達でいたい?
そういう目で見られない?
その言葉を選んだ時、私は相手のことをちゃんと考えていたんだろうか。好きだと言ってくれる人の想いに、心から耳を傾けていただろうか。
(きっと、真剣じゃなかった)
それは、私自身が人を想うことをちゃんとわかっていなかったから。
好きになること。その人のことばかり考えること。些細なことで落ち込んだり喜んだり、次から次へと想いが生まれてくること。
気になって、恋をして。
初めて知った気持ち。
黒崎くんを好きになってようやく、私は相手の立ち場に立って物事を考えられるようになった。
「私が相手の立場なら、たとえ駄目でも、無かったことにはされたくない。好きな人の気持ちを知りたい、だから」
うまく言葉にならない気持ちをおずおずと口にする私に、雪乃が笑った。明るい笑顔だった。
「桂の中では、答えが出てるんでしょ?」
ぽん、と肩を叩く仕草は不思議なほど大人びていて、雪乃もこういうことをたくさん考えてきたのかなと頭のすみで思う。
「どうしたいか、どうするべきかわかってて、背中を押してほしいのならあたしが押してあげるから頑張りなよ」
「うん、ありがとう」
「それにしても……」
言葉とともに吐き出された、大きなため息。
「……まさか、桂みたいなお子様が三角関係に悩む日がくるなんて」
お姉さんは寂しいよ、と肩をすくめられて唐突に我に返る。
「だ、だから例えばの話!」
「今さらそんなこと言ってなんの意味が……」
呆れを通りこした、小さい子を見るような慈愛の視線をそそぎながら黄緑のお箸を伸ばす雪乃。
「これ相談料ね」
と、つまみあげたのは昨日作っただしがら昆布の煮しめで、相変わらず渋いチョイスだなあとおどろいてしまう。
「いつも思うけど、雪乃って見た目と味覚があってないよね」
ガラスケースに飾られた人形みたいな派手で華やかな顔をしてるのに、好きな食べ物は煮物やお味噌汁。お祖母ちゃん子だったのが原因らしいけど、それにしても意外。
「見た目と違って中身は古風、っていうのもギャップがあっていいでしょ」
「たしかに印象的ではあるかも」
「それに、桂の作る煮物は美味しいし」
とびっきり可愛い笑顔で昆布を口に運ぶ雪乃に、私はつられて笑いながらにぎっていた手をそっとほどいた。
想いを受け止められるように。
両手で抱きとめられるように。
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