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冬
荘厳な城で1
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急用が入ったから帰ると言った私に雪乃は思いきり口をとがらせて『薄情者』『もう店移動したって言いなよ』と袖を引っぱったけど、私の意志が変わらないと知るとため息をつきながらボーダーのマフラーを結んでくれた。
「気をつけて帰りなよ」
「うん」
基本的に料理以外は不器用な私と違って、雪乃はマフラーを巻くのがとてもうまい。お礼を言って外に出ると、刺すように冷たい風が火照った顔に吹きつけた。
店から黒崎くんの家までは、そう離れていない。
電車で二駅。近くを通ったのは一度だけだったけど、純和風の大邸宅は離れた場所からでも一目でわかる存在感を放っていて、迷わず辿りつくことができた。
「ここだ……」
街灯に照らされる高級住宅地を山側へと歩くと、やがて視界が開けて塀と門が姿を現す。
敷地内で野球が出来そうとか武家屋敷とか色々な話を聞いていたけど、こうして正面に立つと威圧感に足がすくみそうだった。中が全く見えない背の高い石塀。鬱蒼と繁った木々に囲まれた、巨大な邸宅。
瓦を葺いた大きな門とかたく閉ざされたケヤキの扉は誰一人通さないと言わんばかりで、知らず心拍数が上がり始める。
(……どうしよう)
ぐっと踵を上げたまま、私は途方に暮れた。
会いたい、会わなきゃばかりで、方法なんて全然考えていなかった。門の横にはカメラつきの呼び鈴が取りつけられているけれど、到底押せるような雰囲気じゃない。
駄目元で携帯に電話しても聞こえるのは呼び出し音ばかりで、何もしていないのに門前払いされた気分になる。
(……って、駄目駄目。ほかの入口を探さないと)
ぶんぶんと首を振って、進路を変える。壁同様の表門よりはまだ裏口のほうが取り次いでくれる可能性が高い、気がした。
暗い夜道を、塀伝いに歩き続ける。
歩いても歩いても、見えるのは同じ風景ばかりだった。水も漏らさない塀。森を思わせる木々。明かりが少なくて、真っ暗闇を歩いているようだ。
こんなお屋敷じゃ、助けを求めても誰にも届かない。寒さにかじかむ指先でそっと胸を押さえると、痛いほどの鼓動が伝わってきた。
歩き続けること、数分。どこまで行っても変わらない景観に戻ろうかと思い始めた時、不意に小さな木の扉とインターホンが目に入って、私は小走りで門に近づいた。だけど。
「……そこで何をしているんですか」
扉に触れようとした瞬間、冬の空気よりも冷淡な声が行く手を遮った。
「え……」
弾かれたように振り返ると、立っていたのはスーツ姿の若い男の人。
痩せた身体に神経質そうなつり目。整った前髪の隙間から、険しい瞳で私を見ている。
「この家に何か用でも?」
「え、っと、その」
威圧的な語調に、声が上擦る。
組んだ腕は手ぶらで、寒いのにコートも着ていない。もしかして、ここで働いている人なのだろうか。
「私、く、黒崎くん……ああの、黒崎秀二くんのクラスメートです。今日は、どうしても話したいことがあって、来たんですが」
「そのような話は伺っておりませんが」
「あっすみません、約束とかはしてないです。正面から入れば良かったんですが門がその、立派すぎて、ええと……」
しどろもどろになる私に、男の人の表情が蔑みへと変わる。足元から頭のてっぺんまで、値踏みするように視線を這わせると。
「それで、コソ泥のように他の入り口を探していたと。こんな時間に。失礼ですが、あまり礼儀を知らないようですね」
尖った言葉を突きつけられて、腰が引ける。
「夜分に来たことは、その、申し訳ないと思ってます。だけど、私」
「お引き取り下さい」
「少しだけでいいんです。ご迷惑はかけませんから……っ」
「すでに煩わしい気持ちにさせられているのがわかりませんか?」
嫌悪を隠さない態度に、爪先から凍りつきそうになる。
怖かった。こんな風に接されたことがなくて、言葉が上手く出てこない。たじろいで、しきりにマフラーを触る私に男の人は吐き捨てるように続けた。
「はっきり言わなきゃ理解できませんか」
カツン、と革靴が乾いた音を立てる。門灯に照らされる白皙の顔。急に肩をつかまれ目を見開いた途端、一語一語区切りながら、低く囁かれた。
「帰れと言っているんだ、ガキ」
乱暴に押され、足首がよろめく。
それでも食い下がろうと柱に力を込めた私の後ろに、細い影が差した。
「そいつは俺が送っていく」
「気をつけて帰りなよ」
「うん」
基本的に料理以外は不器用な私と違って、雪乃はマフラーを巻くのがとてもうまい。お礼を言って外に出ると、刺すように冷たい風が火照った顔に吹きつけた。
店から黒崎くんの家までは、そう離れていない。
電車で二駅。近くを通ったのは一度だけだったけど、純和風の大邸宅は離れた場所からでも一目でわかる存在感を放っていて、迷わず辿りつくことができた。
「ここだ……」
街灯に照らされる高級住宅地を山側へと歩くと、やがて視界が開けて塀と門が姿を現す。
敷地内で野球が出来そうとか武家屋敷とか色々な話を聞いていたけど、こうして正面に立つと威圧感に足がすくみそうだった。中が全く見えない背の高い石塀。鬱蒼と繁った木々に囲まれた、巨大な邸宅。
瓦を葺いた大きな門とかたく閉ざされたケヤキの扉は誰一人通さないと言わんばかりで、知らず心拍数が上がり始める。
(……どうしよう)
ぐっと踵を上げたまま、私は途方に暮れた。
会いたい、会わなきゃばかりで、方法なんて全然考えていなかった。門の横にはカメラつきの呼び鈴が取りつけられているけれど、到底押せるような雰囲気じゃない。
駄目元で携帯に電話しても聞こえるのは呼び出し音ばかりで、何もしていないのに門前払いされた気分になる。
(……って、駄目駄目。ほかの入口を探さないと)
ぶんぶんと首を振って、進路を変える。壁同様の表門よりはまだ裏口のほうが取り次いでくれる可能性が高い、気がした。
暗い夜道を、塀伝いに歩き続ける。
歩いても歩いても、見えるのは同じ風景ばかりだった。水も漏らさない塀。森を思わせる木々。明かりが少なくて、真っ暗闇を歩いているようだ。
こんなお屋敷じゃ、助けを求めても誰にも届かない。寒さにかじかむ指先でそっと胸を押さえると、痛いほどの鼓動が伝わってきた。
歩き続けること、数分。どこまで行っても変わらない景観に戻ろうかと思い始めた時、不意に小さな木の扉とインターホンが目に入って、私は小走りで門に近づいた。だけど。
「……そこで何をしているんですか」
扉に触れようとした瞬間、冬の空気よりも冷淡な声が行く手を遮った。
「え……」
弾かれたように振り返ると、立っていたのはスーツ姿の若い男の人。
痩せた身体に神経質そうなつり目。整った前髪の隙間から、険しい瞳で私を見ている。
「この家に何か用でも?」
「え、っと、その」
威圧的な語調に、声が上擦る。
組んだ腕は手ぶらで、寒いのにコートも着ていない。もしかして、ここで働いている人なのだろうか。
「私、く、黒崎くん……ああの、黒崎秀二くんのクラスメートです。今日は、どうしても話したいことがあって、来たんですが」
「そのような話は伺っておりませんが」
「あっすみません、約束とかはしてないです。正面から入れば良かったんですが門がその、立派すぎて、ええと……」
しどろもどろになる私に、男の人の表情が蔑みへと変わる。足元から頭のてっぺんまで、値踏みするように視線を這わせると。
「それで、コソ泥のように他の入り口を探していたと。こんな時間に。失礼ですが、あまり礼儀を知らないようですね」
尖った言葉を突きつけられて、腰が引ける。
「夜分に来たことは、その、申し訳ないと思ってます。だけど、私」
「お引き取り下さい」
「少しだけでいいんです。ご迷惑はかけませんから……っ」
「すでに煩わしい気持ちにさせられているのがわかりませんか?」
嫌悪を隠さない態度に、爪先から凍りつきそうになる。
怖かった。こんな風に接されたことがなくて、言葉が上手く出てこない。たじろいで、しきりにマフラーを触る私に男の人は吐き捨てるように続けた。
「はっきり言わなきゃ理解できませんか」
カツン、と革靴が乾いた音を立てる。門灯に照らされる白皙の顔。急に肩をつかまれ目を見開いた途端、一語一語区切りながら、低く囁かれた。
「帰れと言っているんだ、ガキ」
乱暴に押され、足首がよろめく。
それでも食い下がろうと柱に力を込めた私の後ろに、細い影が差した。
「そいつは俺が送っていく」
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