そして消えゆく君の声

厚焼タマゴ

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ヒーロー3

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「俺には時々、あの人が幽霊みたいに見えた」
 
 こぼれかけた髪を耳にかけて、幸記くんは目を伏せた。何かを思い出すように数回まばたきして、下唇を舌でなぞる。 
 
「幽霊?」 
「うん。怖い話とかにあるじゃん、もうとっくに死んでいるのに気付いてない幽霊。初めて会ったときからそうだった」
 
 穏やかな声だった。心地良く空調の効いたこの部屋のように。自然、私の動悸も少しずつ落ちついていく。
 
「小さい頃の俺は母親と暮らしていたんだけど、母さんは少し変わっていてね。俺を愛してくれてはいたんだけど、いつも誰かを待っているような、危うくて優しい人だった」

 微笑みまじりの言葉には、遠くを見つめるやるせなさがにじんでいた。

「母さんがいなくなってからしばらく経って、それまで会ったこともなかった伯父に引き取られたんだ。伯父は忙しいのかまるで顔を見せなくて、しょうがないから毎日時間が過ぎるのを待っていたら、小さな離れに連れていかれた」
 
 それは、捨ておかれたような寂しい一室だったそうだ。
 征一さんたちのお母さんは病気がちで、亡くなるまでほとんど家から出られなかったらしい。だからだろうか、征一さんは幸記くん人目につかない場所に閉じこめた。お母さんと同じように。

「君は人に会ってはいけない、こうするのが正しいからってね。俺が憎かったのか、他の扱いかたを知らなかったのか、実際のところよくわからない」

 もう聞きようもないし、と小さな呟き。細い肩を覆うのは薄手のパジャマだけで、私はベッドサイドにそえられた肩掛けを差し出した。

「あの人はよく庭でぼんやりしていて、そんな時、そばにはいつも秀二がいた。正直言うとね、俺、最初は秀二が苦手だったんだ。というか、無愛想で怖かった。背も高いしさ。でもいつからか、離れの様子をうかがうようになって」
 
 柔らかいフリース地を指先が撫でる。
 
「一番初めの言葉は何だっけ。そうそう、枕の使い心地を聞いてきたんだ。意味わかんないよね。怒られているのかと思って黙ってたら、すごく気まずそうな顔してた。それから、何か理由を見つけては声をかけてきて」

 面識のない二人が出会って、少しずつ近付いて、家族になる。
 秀二は面倒くさい性格だから。そんな冗談めかした口調で語られるやり取りには、迷子の子ども同士が身を寄せあうような、ぎこちなくて清潔な思いやりがあった。

「……黒崎くんは、幸記くんに会って変わったんだね」
「別に運命的な出会いなんかじゃなかったよ。でも、きっと昔の秀二は幽霊になりたかったんだ。あの人みたいに、全部閉め出したかった。でも俺を見つけて、無視できなくて、どっちにも行けなくなった」

 当たり前だ。だって黒崎くんは生きているんだから、完全に心を殺すなんてできるわけがない。
 きっと黒崎くんだけが その事実に気付けなかった。
 
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