作品集

白水筒

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A-あい

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 3月22日
 私立実灯ジツトウ中学高等学校中等部の卒業式
 卒業生総勢72名の1人である柚垣ユガキは卒業式の数ヶ月前、悲しみと諦めを混ぜた笑みを浮かべた特別な人である青鹿アオシカに「高校には進まない、だから卒業式でお別れ」と言われた
 柚垣は青鹿の言葉が信じられなくて現実逃避をしていたが、教室の後ろ黒板で「卒業式までのカウントダウン」が書かれたころに青鹿と別れないように策を練っていた
 どんなに良い策を思いついたとしても富も権力もないただの中学生が実行するにはあまりにも現実離れで、柚垣は自身に落胆すると同時に両親が自身を捨てた理由がわかってしまった
 自身を捨てた両親の気持ちを分かってからの柚垣は「自分が何を考えてもできるはずない」と思い込んで「卒業式が来ませんように、あわよくば青鹿が高校に通えますように」と願うことしかしなかった
 普段は学園長室から出ない学園長から卒業証書を卒業生全員は受け取ったことで青鹿との繋がりがなくなったことを溢れる涙を止められずにいる柚垣を除く卒業生の顔はどこか晴々としているように感じた
 式後、卒業生たちはそれぞれの教室に戻って担任の感動的な言葉を聞いて中学生生活最後の「さようなら」をするとすぐ校庭へ出て記念写真を撮っていた

 溢れる涙をハンカチで拭いているせいで教室に居残っている柚垣に「帰らないの?」と声をかけたのは柚垣が泣く原因である青鹿だった
 青鹿は左手で持っていたボストンバックを柚垣の席の前の席の机に置いてから「貴方のせいで帰れないんです」と涙声と怒り声が混ざった声で囁く柚垣を強く抱きしめて、時々柚垣の七三分けのふわふわしている水色の髪を撫でた
「ごめん、ごめんね、ありがとう」
「謝るくらいなら離れないでください!!あとなんで『ありがとう』って言うんですかっ!?」
「他の人にも「高校には進まない」って言った。みんな『悲しいけど時間あったら会おうな』って感じで、それが正しいのだろうけど『この人たちは誰がいなくなったとしても軽くで終わるんだな』って思った。でも君だけはこんなに泣いてくれるからすごく嬉しい…」
「俺は泣きたくて泣いてるんじゃないです…貴方がいなくならなければ全て丸く収まる話です」
 青鹿は少しの間、躊躇ったが意を決して「じゃあさ、家出に付き合ってくれる?」と尋ねると柚垣は驚いて青鹿の腕の中から離れると少し思案して「ええ、どこまでもおつきあいさせてください」と微笑んだ
 青鹿は驚いたあと「う、うん、よろしく」と言ってからプリーツスカートからハンカチとティッシュを取り出して柚垣に渡した
 柚垣が青鹿から受け取ったティッシュでぐしゃぐしゃになった顔を綺麗にしている間に青鹿はボストンバックから服を出してセーラー制服から私服に肌を見せることなく着替えた

 パーカーにジーパンを着ている青鹿に柚垣は新鮮さを感じていると「校門前で待っているから早く来てね」と微笑む青鹿に言われて急いで帰った
 キッチンに寄ってダンボールを4つとビニール袋がたくさん入った袋とチャック付きポリ袋を手に持った
 そして家の中で一番端で太陽にも見捨てられた自室でセーター制服から青鹿に似た服に着替えて上着を羽織るとクローゼットの奥に片付けられたままだったボストンバックに服や上着や下着や靴下はもちろん、エコバックを1つ、キッチンから持ってきたチャック付きポリ袋とビニール袋、メガネ、コンタクトレンズ、物心ついたころからある毛布を入れた
 忘れ物がないか確認してからシンプルな貯金箱に入っている金を財布に移し、財布を上着に入れて自分の部屋を綺麗にした
 ボストンバックに入らない小物や制服や教科書・参考書などは全てキッチンから持ってきたダンボールに入れて、もう何も入らなくなったダンボールは空っぽになったクローゼットに入れた
 データを消してから今まで隠していた鬱憤や寂しさを様々な方法でぶつけたせいでボロボロになった携帯電話と家の鍵を勉強机に置いた
 ボストンバックを肩にかけてから靴を履き「行ってきます、さようなら」と両親になのか家になのか自分になのかわからない挨拶をしてから急いで校門前へ向かった

 校門前には先ほどまでの腰まである黒髪をふたつ結びしている青鹿ではなく、銀に近い白髪の髪をおろしている青鹿がいた
 柚垣は桜と白髪の青鹿の儚さの相性が抜群なのが恐ろしく感じてしまい、なんとか収まっていた涙がまた溢れるところだったが青鹿が柚垣に近づいて「じゃあ、いこうか」と言ったときの綺麗な笑顔に見惚れて涙はすぐに引っ込んだ
「綺麗な髪ですね」
「こっちが地毛なんだけど白い髪だと色々言わそうじゃん」
「人間っていうのは綺麗なものや初見なものに偏見や文句を言う生き物ですから」
「柚垣はこの髪、綺麗だと思う?」
「はい、綺麗すぎて消えないか心配です」
「大丈夫、そんな簡単に消えてたら家出なんてしないしこの年齢まで生きてないよ」
 自嘲気味に笑った青鹿に柚垣はどうすればいいのかわからないまま駅に向かった
「高校卒業してからの予定だったんだけど、父の命が高校卒業までもつかどうか、と今後の情勢を考えたら父が元気な今のうちに家業を継いで、もしドタバタしたとしても経験豊富な父がいるなら乗り越えることができる、って周りが勝手に考えたせいで中学卒業したら家業を継ぐことに決まっちゃった。けどさ、家業を継ぎたいなんて言ったことないのに何で家業を継ぐこと決まっているんだろう?継ぐつもりないから家出して行方不明の末、死んだことにしてしまえばいいじゃん!ってことで家出することにしたの」と柚垣は青鹿がなぜ高校に進まないのか、家出することに決めた経緯を教えてもらい終わったときに駅に着いた

 終着駅で聞いたことない地名が終着駅の電車に乗りかえることを決めた2人は改札を通って人がほぼいないプラットホームの隅にあるベンチに座った
 ベンチに座ってすぐボストンバックから鋏を出しながら「ねぇ、この鋏で顎の長さまで髪の毛、切ってくれない?」と青鹿に言われた柚垣は首を横に何度も振った
「白い美しい髪をポリ袋に入れて保存したい気持ちもあるが、青鹿の髪の毛だから欲しいのか綺麗な髪だから欲しいのかわからない自分が切ってはいけない」と考えている柚垣に「特別な人である青鹿のお願いを何度も断ることができるはずない」と予想している青鹿はめげずに何度も何度もお願いした
 青鹿の予想通り柚垣は「わかりました!切ります!」と宣言して青鹿から鋏を受け取って立ち上がった
 慎重に腰まである髪を顎の長さまで切って、不器用なりに揃えてみたものの、仕上がりにあまり納得できていない柚垣に青鹿は「綺麗にできているよ」と微笑んで安心させてから鋏を返してもらって青鹿はボストンバックに入れた
 青鹿の隣に座ってから「あの、ボストンバックからポリ袋を出してくれませんか?」と青鹿にお願いした柚垣の左手には切られた青鹿の髪があった
 柚垣のボストンバックからポリ袋を出して開け口を広げた青鹿に「これ、もらいますね」と微笑んでから青鹿の髪をポリ袋に入れて密閉した
「そんなんでいいならあげるよ」
「家宝にします」
「それは絶対やめて」
 柚垣の顔は本気で家宝にする顔で必死に青鹿は家宝にすることを止めたが柚垣は青鹿の言葉に何も返さず、ボストンバックにポリ袋を入れたタイミングで乗る電車が来た

 ボストンバックを右手で持って勢いよく立ち上がって笑顔で真っ直ぐ電車に向かう青鹿とは違い、暗い顔で立ち上がれない柚垣
 電車に乗ろうとしているときに柚垣が動かないことに気づいた青鹿はボストンバックを持ち替えて柚垣の腕を強く引いて2人は扉が閉まりそうな電車に乗った
 左端の席に座ってから少し眉を下げた青鹿は暗い顔をしている柚垣に「どうしたの?」と尋ねた
「足手まといになる自分が一緒に行ってもいいのかな、でも貴方がいない日々を過ごすのは嫌だから一緒に行きたいし、と今更ですが思ってしまって…」と柚垣の返答に青鹿は呆気に取られた
 青鹿はどう返答すればいいか考え込んでいるうちに柚垣が追手に命を奪われた方がマシだと思う行為をされるのではないか、追手を上手に逃げれたとしても未成年である我々を世間は絶対守ってくれない、と悪い方へ悪い方へ考えてしまった
「あ、青鹿?大丈夫ですか?」
「うん大丈夫、悪い方に物事を考えちゃう癖がでちゃっただけだから」
「それは大丈夫ではありません!青鹿が悪い方へ考えてしまったのは俺が余計なことをあのとき思わなければ良かっただけですよね…」
「柚垣は『自分は足手まといにならないか』なんて心配しなくてもいいよ、大丈夫」
「本当ですか?」
 青鹿は柚垣の手を絡めて繋いだ状態で何度も縦に頷いて笑いかけることで柚垣を安心させた

 柚垣は安心して息を吐いてから終着駅に着くまでの間に柚垣は青鹿に伝えた
 両親が世間体で結婚したこと、できてしまったから産まれたこと、両親は“完璧な子供”を切望していたこと、両親の期待に応えようと必死に頑張っていたこと、いつ捨てられるか怯えていたこと、結果が伴っていなかったため両親に捨てられたこと、捨てられてすぐ弟が産まれたこと、弟が幼いのに両親の期待を簡単に応えていく度に自分の存在が家族から消えていったこと、いつかまた自分に期待してくれるかもしれないと淡い期待を抱いて引き続き努力していたこと、唯一自分を認めてくれたのが青鹿だけだったことを
 青鹿は柚垣に伝えた
 両親は一族繁栄と家業継承のために自分を産んだこと、誰にも愛を注がれたことはないのに敵意と期待を注がれたこと、周りにいる人の約3人に1人が自分と半分血を分けた世間では“きょうだい”と言われる関係であること、きょうだい全員が家業を継ぎたいのか他の理由があるのか正確にはわからないが自分の命を奪おうとしてくること、刺客を何度も送られたせいで人間不信になっていること、何度もきょうだいの代表的な存在に「家業なんか継ぎたくない」と訴えても全く理解されずに生きていたこと、身代わり人形で死亡していることにしたが生きていることが露呈するか不明であること、露呈した場合は確実に命を狙われることを
 終着駅で電車から降りた2人は黙って名前も聞いたことない場所が終着駅の電車に乗りかえた
 電車に乗りかえてしばらくしてから柚垣は微笑んで「あの場所から俺を逃がしてくれてありがとうございます」と青鹿にお礼を言った

「さっきも言ったけれど命を狙われるかもしれないからね」
「貴方の側にいれるならば何も怖くありません」
「そっか…
 ごめん、ちょっと寝てもいい?なんだかすごく安心しちゃって」
「ええどうぞ、肩使います?」
「ありがとう」
 柚垣は自分の肩で眠っている青鹿の寝顔を撮りたい気持ちだったが写真を撮る道具が手持ちにないので目に焼き付けることで妥協した
 動けないため同じアングルでずっと見ているのに青鹿の寝顔を見飽きることがないことを不思議に思っているうちに青鹿の体温が移って眠気が来たため柚垣は青鹿の頭の上に自分の頭を乗せて目を閉じた
 終着駅の一つ前の駅で目を覚ました柚垣は「青鹿は起こしたら不機嫌になるタイプかもしれない…」と思いながらそっと青鹿を起こした
「お、おはようございます」
「ふふっ、おはよぉ」
「なんかふわふわしてますね」
「柚垣、甘えてもいい?」
「もちろん!と言いたいですが、次が終着駅なので電車降りたらでもいいですか?」
「わかった、あとで思いっきり甘える」
 青鹿は甘える宣言をしてから伸びをして目を何度か擦ると完璧に目覚めた
 終着駅に電車が着いたのでほんの少し残っていた心配を座っていた席に置いてから電車を降りて誰もいないように感じる田舎らしい改札を通ると見たことないようなどこかで見たことがあるような景色が目に入った
 青鹿の「どこ行っても同じ感じなのかな」という言葉に「どんなに遠くへ行ったとしても観光地以外はどこも大差ない景観なんでしょうね」と柚垣は返した

 もう太陽が沈み始める時間のため、早く今夜寝れる場所を確保したい…あわよくば今後も住める場所を確保したいと2人は考えていた
「さてどこに住みましょうか?」
「あそこに見える廃墟の教会に住む?不法侵入になるのかな?」
「まず中に入れるかの問題がありますね…」
「ああいう教会って小説とか漫画とかだと入れるのがお決まりだよね?」
「そうですね、基本は入れるかと…」
「それじゃあさ、一回行ってみようよ」
「そうしましょう、入れなかったときのことは後で考えましょうか」
「ところでそろそろ甘えていい?」
「ええ…ど、どうぞ…」
 緊張でカチカチになっている柚垣を抱きしめて「頭、撫でてほしい」と上目遣いでおねだりする青鹿の頭を恐る恐る撫でながら柚垣は「この人…俺にないはずの母性本能をくすぐることばかりするのは心臓に悪いのでやめて欲しい!けれどもっと可愛いところを見せてほしい!そう思う己の心が憎らしい」と思っていた
 5分ほどして2人の身体は離れ、駅から教会へ歩き始めたと思えば青鹿が柚垣に甘える時間があるためなかなか教会へ着かずに太陽は沈んでしまった
 太陽が沈んでしまったことで暗い教会に向かう気がすっかり失せた2人は今晩は駅で眠ることに決めた
 駅に戻る2人の耳に遠くの方で人の声が聞こえた気がした

「幽霊、でしょうか?」
「え…!?まだ太陽沈んだばかりだよ!?」
「じゃあ人ということでしょうか?
 仮にも人だとしたら視力が良すぎませんか?」
「こっちの幻聴ということも考えられるよね」
「気にしないでおきます?」
「そうだね、気にしないでおこう」
 声の正体を気にしつつも駅に戻って僅かに感じる空腹感に耐えながら眠る支度をはじめた
 眠る支度を一段落して明日からの日々を計画立てているとき、駅前に少し古びたタクシーが停まった
 柚垣は青鹿を守るように前に出て「だ、誰ですか?」と上擦った声で運転手に尋ねた
 運転席の窓がゆっくりと開いて「僕は椹木サワラギ、2人はここの人じゃないよね?」と元気よく先ほどの幽霊だと思った存在と似てる声で言ったスーツ姿の男は黒色で特徴的な前髪にボサボサした短髪をしていたおり、丸い目は赤と黒が混ざっていた
「ええ、家出してきました」
「家出!?勇気あるね、んでどうして駅に?」
「教会に行こうと思ったけれど時間がなくて今日は駅で休むことにしたんです」
「あの教会はだから行かないほうがいいよ!そうだ!あのさ、僕の幼馴染の家に泊まらない?幼馴染の家、元々旅館だったけれど先代で潰れたから無駄に広い家に1人で住んでいるんだよね」
「その人の迷惑にならないでしょうか?」
「大丈夫だからタクシーに早く乗って!」
 一通り椹木から聞きたいことを聞いた柚垣は自分の後ろで椹木を恐れている青鹿に「どうします?」と尋ねると青鹿は「…行く」と呟いたので眠るために出していた道具をボストンバックに片付けて椹木のタクシーに2人は乗り込んだ

 タクシーが着いたところは古くて人が住んでいる感じはしないが整っていて綺麗な日本家屋だった
 「ちょっとここで待っててね」と言った椹木が先に降りて「コウちゃんいる?」と大声を出しながら日本家屋に慣れた感じで入っていった
陸夏リナツ!煌ちゃんと呼ぶなって何回言ったらわかるんだ!」
「煌ちゃんって呼んだら煌哉コウヤ、すぐ来るからつい呼んじゃうんだよね!」
 柚垣と青鹿は顔を見合わせて手を繋ぐと日本家屋の中から聞こえる言い合いに耳を傾けた
「ダメなのでしょうか?」
「いや、いけると思う…思いたい…」
 そのあと2人は椹木の声と幽霊の声がそっくり、いや同じだ!じゃあさっき椹木さんに怖がってたの!?っていうことは椹木さん人間だとは思えないほど視力いいんだね!という話で盛り上がっていると青緑色の目つき悪いが椹木と似た丸い目をしており暗い茶色のオールバックの髪型で着物姿の清楚系な男と共に戻ってきた椹木はドアを開けてから「こちら、煌ちゃんこと僕の幼馴染の花澤ハナザワ煌哉です」と花澤を2人に紹介した
「はじめまして、花澤です。2人はいくつ?」
「中3です…」
「そっか…陸夏は帰って、2人は家に入って」
「え!?僕は帰るの!?」
「うん、帰って」
 家に帰っていく悲しい雰囲気を纏う椹木のタクシーを3人で見送ってから日本家屋へ入っていった
「あの幼馴染、昔からお人好し過ぎて問題が起きたり自分の力じゃどうしようもないことになったら泣きついてくるんだよね」と椹木の文句をなんだか楽しそうに言いながらどこかへ向かう花澤の後ろに少し怯えながら2人はついて行った

 旅館らしい清潔で大きな脱衣所に着くと「ここがお風呂、お風呂から出たら好きに過ごしていて」と2人に言うと花澤は何処かへ行ってしまった
 2人はさっと風呂に入ってボストンバックを持って大きな家の中を散策した
 大きな屋敷でどこの部屋を見ても驚くほど何もなくて花澤も椹木も人間ではない、幽霊みたいな存在でこの街は生きている人はいないんじゃないかと2人は思った
「何を2人して怖がっているのですか?」
 花澤の先ほどとは低い声が後ろから聞こえて2人は少し悲鳴を漏らしたあとゆっくりと後ろを振り向いて「ここは人がいない感じがするなって思いながら散策していました」と柚垣が小声で言った
「うん、この家には弟がいなくなってからすぐ自分以外の家族親類は全員いなくなってしまったし、街にも片手で数えるくらい人がいないと思うよ」
「どうしてですか?」
「死にかけてた老人は弟が教会に囚われている狐の妖怪に喧嘩売った呪いが村に広がったとか言ってたけれど
 幼いときに聞いたのは狐の妖怪は教会から逃げたとかだったのにね
 ……そこの白髪さんは喋らないの?」
「…この人は人見知りで喋るのが苦手なのです」
「そっか、君たちの名前は?」
「俺は柚垣です、この人は青鹿」
「教えてくれてありがと、2人は教会に行こうとしていたんだっけ?」
「そうです」
「あそこには昔よく溜まり場にされてたからゴミが無断放棄されていたから汚いし、いつからあるかわからない教会だからいつ崩壊するかわからないから行かないことをおすすめする」
「そうなんですね」
「好きな部屋に荷物置きな」
 花澤の言葉を聞いて2人はよく相談して日本庭園みたいな庭がよく見える部屋にボストンバックを置いた
「じゃあ、ご飯を食べようか」
「急に来て食事まで頂けませんよ!」
「全然迷惑じゃないから安心して」
「それでも…!」
「1人だと買い溜めしている食材食べきれないから2人が来てくれて嬉しいし1人で食べる食事もこの家で1人でいることももう嫌だからさ」
 花澤の言葉に甘えさせてもらい、食事を食べて余って使いきれないと言う歯ブラシで歯磨きをして、荷物を置いた部屋の押入れの中から出したふわふわの布団を2つ出した
 柚垣と青鹿はここまでよくしてくれた花澤に“自分”という存在が迷惑かけないかとても心配になっていた
 柚垣が使う予定の布団と青鹿が使う予定の布団をくっつけている青鹿の表情と柚垣の雰囲気から2人の心情をなんとなく勘付いていた花澤はかつて弟によくやっていた感じで近くにいた青鹿の頭を撫でながら「何も気にしなくていいから」と囁いた
「今日はありがとうございました…」と涙を目に溜めて青鹿は言った
 花澤は弟を見るような視線と微笑みで2人に言った
「『今後ともよろしく』でしょ?」
 2人は花澤の言葉に嬉しさを感じながらお互いの手を繋いで幸せな眠りについた

 2人が、特に柚垣がいなくなったことについて2人がいた街ではちょっとした騒ぎになっていたが柚垣の両親は世間体のために柚垣のことを探したが元々、興味が失せて存在を消してしまいたかった柚垣が自ら消えてくれたことに安堵していたため2ヶ月程度で捜査を打ち切った
 そんなことなんて知らない2人は花澤の手伝いをしつつ、たまに都心へ行ってお揃いのブレスレットを買ったり娯楽施設で遊んだりする「普通の学生らしい」ことに幸せを感じると共にお互いの過去の出来事をだんだんと忘れ、青鹿は椹木と花澤と話せるようになった
「柚垣、教会行くのリベンジしない?」
「したいですが…椹木さんにも花澤さんにも行くことを推奨されてないでしょう?」
「そうだけど気になるじゃん!」
「…じゃあ、行きますか?」
「静かに行こうね!」
 日課の掃除をほどほどに終わらせて縁側でのんびりしている花澤と椹木に見つからないよう細心の注意を払いながら教会へ向かった
 教会の周りは花澤が言っていた通りゴミが散らばっていたが窓から覗いた内装は見た目の古さと雰囲気からは想像できないほど綺麗で神父や牧師が立つところには狐のような人が横たわっている人を抱いている石像があった
「綺麗だね」
「ええ、綺麗ですね」
 2人はその会話からは黙って教会の内装に見惚れていた
 十分満足してため中に入らないで花澤の家に帰ろうと道を歩いているとき「お久しゅう、あんなリアルな身代わり人形とはよう考えたなぁ」と柚垣にとっては聞き慣れない、青鹿にとってはすっかり忘れていた男の声が後ろから耳に入った

 青鹿は後ろを振り返って声の主をきちんと確認したあと柚垣の前に出て男から守るように隠すようにしてから「なんでここがわかった?」と男に尋ねたあと柚垣は後ろを振り返った
 2人の目の前にいる男は褐色の肌に生え際だけ黒色であとは白色をした外ハネしている前髪が短い短髪、糸目で口角が上がっている口から見えるのはギザギザした歯、スカビオサ柄のトップスに黒のスラックスみたいなズボンという服装だった
「ここがわかった理由はわかっとるやろ?
 家出するとは思っとったけれど柚垣くんを連れとるのは予想外やったわ…
 ところで聞くんやけどお前にとっての柚垣くんってなん?」
「…特別な人」
「は?」
「柚垣のことを閉じ込めてしまいたい気持ち、羽ばたいて欲しい気持ち、自分から離れて幸せになって欲しい気持ち、自分の手で幸せになって欲しい気持ちがある
 この複雑な気持ちの名称は『あい』って言うんだ、知らねぇだろ?」
 家にいた頃を思い出し、自身の存在感を消しながら青鹿と男の会話を聞いている柚垣は青鹿が自分のことを“特別な人”と思ってくれていることに喜びを感じつつ、この男が家出して椹木に出会う前に教えてもらったきょうだいの代表的な存在ということを察した

 男は目をはっきりと開いてズボンの後ろポケットから銃を取り出すと青鹿に守られている柚垣の右足首を狙って打ったことで柚垣はゆっくりと青鹿の背中に倒れた
 柚垣の足首を打たれたことと男の開かれた目が右目が灰色に近い水色で左目が檸檬に近い黄色のオッドアイであることに驚いて言葉が出ない青鹿に男は悪魔のような笑みで微笑んだ
 柚垣を抱きしめて「何もかもあげるから!柚垣だけは奪わないでくれ!」と悲痛な声で叫ぶ青鹿をなぜか冷静な気持ちでいる柚垣は優しく抱きしめた
「あはっ!そう言ってくれてありがとさん♡
 その言葉、録音できたから産まれてきたことで多くの人を不幸にしてきたお前は柚垣くんと一緒に今すぐ死んでな♡
 ほなね~」と男が言い終わったときに2つの銃声が柚垣の耳に入った
 男が打った銃弾は青鹿の頬を擦り、青鹿がどこからか出して打った銃弾は男の心臓を撃ち抜いた
「ごめん、兄さん
 お前が生きるより柚垣が生きたほうがこの世界のためだし、お前も産まれてきたことで多くの人を不幸にしただろ?兄さんが思う俺たちと一緒だ」
 冷たい顔で絶望している男にそう吐き捨てる青鹿の顔にときめいている柚垣は自分に呆れたあと急激な眠気に襲われて寝ぼけ声で「ごめんなさい、青鹿…少し、寝ます…必ず起きるので足の処置を頼みます」と呟くと「ちょっと待って!起きて!」と青鹿の悲痛な声が聞こえた気がしたが眠気に抗えず目を閉じた

 柚垣は目覚めると見慣れた花澤家の部屋の天井と布団ではないことと青鹿がいないことに怯えながらそっと起き上がった
 目に入ったのは広くて時間の問題か少し薄暗い部屋に唯一置かれている自身が眠っているベッド
 己の両手と左足首には鎖が繋がれていることに気づいた
 大きな扉が開き、状況を整理しても理解できずに困惑している柚垣に近づいたのはスーツを着て冷酷な表情をして青鹿だった
「秘密にしとく予定だったけど聞いて、本当の名前は秋鹿晴暖アイカセノ
 この名前聞いたんだからもう一生逃げれないよ、覚悟してね♡」
 青鹿もとい秋鹿は柚垣を抱きしめながら改めて甘い声で自己紹介をした
 柚垣は秋鹿に椹木と花澤のこと、男のこと、己についている鎖のこと、ここはどこかなど質問する気だったけれど抱きしめられて「一生一緒」宣言をされたらそんなことはすっかり忘れて言い表せない多幸感に包まれた
「はい、不束者ですがよろしくお願いします」と秋鹿に挨拶した柚垣の表情は世界一幸せそうだった
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