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12、戴冠式
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時はさかのぼる。
ザミドとイチと再会を果たした際、四人で話し合った。長い話し合いが終わると、席を立つヨミ王子をトウヤが呼びとめた。
(あなたはこれからどうしたいのか)と尋ねたのだった。
「どうしたい、とは」
(あなたは兄上を愛しているのですから、王となった兄を支えるという道がある。その場合は、言葉をつくせばいい。
それでもニト王子の心が変わらず、和解できないのであればこの国を出て自由に生きるのもよいでしょう。火吐山に戻り静かに暮らすのもいい。あなたの兄はあなたの命までとらないはずです)
最後に会った時の兄の様子を思い浮かべる。変幻の途上だった自分をその場で殺すこともできたはずが、そうしなかった。
トウヤは、清廉なたたずまいで、ヨミ王子の両手をとった。
火吐山で、激しくまぐわい片時も離れずにいたことなど、なかったような、性愛というものがこの世にあることすら理解してないような顔だった。
(望むままに)
調査官は何か口の中で唱えながら、ひとつひとつヨミ王子の手の甲に口づけする。両の手がほわりと発光した。
「いったい何を」
(祝福を)
調査官は、ヨミ王子の手をすぐに離した。
(剣闘の前には剣闘士に祝福が必要かと。いつかの真似事です)
「兄さま! どうか手合わせを」
イチがしびれをきらして、割りこんできたので、それ以上トウヤとは話すことができなかった。
イチは少し背が伸びていて、精悍になっていた。大人っぽくなってはいたが、少女らしさ、女性らしさからはかけ離れている。
ザミドがいうには剣闘の基礎から叩きこんだので、子どもだと油断するような小者であれば、やすやすと勝てるくらいにはなっているということだ。
軽く手合わせをしてみたら、技も筋力も以前とは比べようもなく、その成長に目をみはった。
自分はといえば、剣闘は兄から教わった。闘技場ではっきりと拒絶され、自分は単なる駒であり、切り捨てらえる存在であると理解したが、何もかも釈然としない。
ただ、兄に対して恨みや憎しみを抱いたりはしていない。あるとすれば悲しみと、兄の意図を知りたいという気持ちのみである。
兄に教わった剣闘を試したくて、王宮から抜け出した。イチと出会い、夜の剣闘に出場することになってからは、王宮にいない種類の人間とのたくさんの出会いがあった。
兄の考えはわからない。
聞いても本当のことを話してくれるとも思わない。
ただし剣を交わしているときだけは、今も嘘がないのではないか。誠の心が、かいまみえるのではないか。
兄が王になりたいならなればいい、弟である自分を排斥などしなくても異を唱えたりしない、と思いながら、ざらりとした違和感はずっとあった。
それが何か知りたい。それが望みだ。
(祝福を)
そう言った際、調査官のすずやかな顔が少し違う種類の顔になったのが気にかかった。
どこか困ったような、焦っているような、ごかますような。それが何なのか知りたい。それもまた望みである。
剣をかまえた兄と対峙する。兄は剣闘士のつける防具を何もつけていない。
それでは公平さに欠けると思い、ヨミ王子は、顔の保護にもなる仮面と胸や肩を守る防具を脱ぎ捨てた。
どうっと、闘技場全体が沸き返った。
「やはりヨミ様だ!」
「ヨミ殿下!」
「生きていらした!」
「なんとご立派なお姿」
「あの構え、やっぱりカラス様よ。カラス様はヨミ殿下だったのだわ!」
沸き立つ声に、剣闘士としての血がだぎってくる。応援や歓声ひとつひとつが粒だってぶつかってくる。力があふれだす。
そうだ、兄が王になるということに対する違和感の一つ、いくら賞賛されようが、彼らを気にかけているそぶりがうわべだけで、一つも血が通っていないのだ。
「兄上、覚悟を」
空虚な目に光が宿った気がした。ニトが口元をぬぐうと、裂けていたはずの傷は消えてゆく。
準備は整った。
ザミドとイチと再会を果たした際、四人で話し合った。長い話し合いが終わると、席を立つヨミ王子をトウヤが呼びとめた。
(あなたはこれからどうしたいのか)と尋ねたのだった。
「どうしたい、とは」
(あなたは兄上を愛しているのですから、王となった兄を支えるという道がある。その場合は、言葉をつくせばいい。
それでもニト王子の心が変わらず、和解できないのであればこの国を出て自由に生きるのもよいでしょう。火吐山に戻り静かに暮らすのもいい。あなたの兄はあなたの命までとらないはずです)
最後に会った時の兄の様子を思い浮かべる。変幻の途上だった自分をその場で殺すこともできたはずが、そうしなかった。
トウヤは、清廉なたたずまいで、ヨミ王子の両手をとった。
火吐山で、激しくまぐわい片時も離れずにいたことなど、なかったような、性愛というものがこの世にあることすら理解してないような顔だった。
(望むままに)
調査官は何か口の中で唱えながら、ひとつひとつヨミ王子の手の甲に口づけする。両の手がほわりと発光した。
「いったい何を」
(祝福を)
調査官は、ヨミ王子の手をすぐに離した。
(剣闘の前には剣闘士に祝福が必要かと。いつかの真似事です)
「兄さま! どうか手合わせを」
イチがしびれをきらして、割りこんできたので、それ以上トウヤとは話すことができなかった。
イチは少し背が伸びていて、精悍になっていた。大人っぽくなってはいたが、少女らしさ、女性らしさからはかけ離れている。
ザミドがいうには剣闘の基礎から叩きこんだので、子どもだと油断するような小者であれば、やすやすと勝てるくらいにはなっているということだ。
軽く手合わせをしてみたら、技も筋力も以前とは比べようもなく、その成長に目をみはった。
自分はといえば、剣闘は兄から教わった。闘技場ではっきりと拒絶され、自分は単なる駒であり、切り捨てらえる存在であると理解したが、何もかも釈然としない。
ただ、兄に対して恨みや憎しみを抱いたりはしていない。あるとすれば悲しみと、兄の意図を知りたいという気持ちのみである。
兄に教わった剣闘を試したくて、王宮から抜け出した。イチと出会い、夜の剣闘に出場することになってからは、王宮にいない種類の人間とのたくさんの出会いがあった。
兄の考えはわからない。
聞いても本当のことを話してくれるとも思わない。
ただし剣を交わしているときだけは、今も嘘がないのではないか。誠の心が、かいまみえるのではないか。
兄が王になりたいならなればいい、弟である自分を排斥などしなくても異を唱えたりしない、と思いながら、ざらりとした違和感はずっとあった。
それが何か知りたい。それが望みだ。
(祝福を)
そう言った際、調査官のすずやかな顔が少し違う種類の顔になったのが気にかかった。
どこか困ったような、焦っているような、ごかますような。それが何なのか知りたい。それもまた望みである。
剣をかまえた兄と対峙する。兄は剣闘士のつける防具を何もつけていない。
それでは公平さに欠けると思い、ヨミ王子は、顔の保護にもなる仮面と胸や肩を守る防具を脱ぎ捨てた。
どうっと、闘技場全体が沸き返った。
「やはりヨミ様だ!」
「ヨミ殿下!」
「生きていらした!」
「なんとご立派なお姿」
「あの構え、やっぱりカラス様よ。カラス様はヨミ殿下だったのだわ!」
沸き立つ声に、剣闘士としての血がだぎってくる。応援や歓声ひとつひとつが粒だってぶつかってくる。力があふれだす。
そうだ、兄が王になるということに対する違和感の一つ、いくら賞賛されようが、彼らを気にかけているそぶりがうわべだけで、一つも血が通っていないのだ。
「兄上、覚悟を」
空虚な目に光が宿った気がした。ニトが口元をぬぐうと、裂けていたはずの傷は消えてゆく。
準備は整った。
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