【バグ】を消したなら

西乃真 るう

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2章

35.初登校②ラッタッタ

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「なんでだろ、初めての学校なのに初めてじゃない感じなんだよね」
休み時間になると、校内の案内と理由で2人になって学校を周った。
「食堂とか体育館の場所とか、教えてもらう前から知ってた気がする」
残像だったころに一緒通っていた記憶が残ってるんだろうか。
「学校なんてどこも似たようなもんだろ」
「そんなもんかな」
どう答えべきなのかわからなくて当たり障りないの返事をしたら、あっさりと納得したようだ。
「そうだ、今日は昼から化学の実験だぞ」
「実験? じゃあ授業は実験室で?」
「ああ」
「それは初日からうれしいな。実験室にはいつもちょっと早めに行くんだよね。誰もいない実験室の非日常感が好きなんだ」
なんだよそれ。それ言ったの俺だよ

──誰もいない実験室が好きなんだよ。
──だから実験室で授業があるときはいつも早くいって1人の時間を楽しんでる

お前がまだ残像だったときに俺が言った言葉だ。
何か少しでもお前の中に残ってるなら、それでいい。


学校の帰りに、同じ高校生ぐらいの女子が乗った原付バイクが通り過ぎていった。一真がその原付きを指さして「なに、あれ?」と驚いている

カズマサがいた田舎には原付バイクはなかったのか? まさかそんなはずはないな。おそらく女子高生が原付きバイクに乗ったりはしなかったのかもしれない。

「ラッタッタだろ」
「らったった?」
「ああ、少し前までテレビでよくコマーシャルが流れてたろ」
「え……知らない。テレビのチャンネルも少なかったから……」
「そうか。そのコマーシャルがかなり大流行りしてから、ああいうのを全部まとめた総称になったんだよ、ラッタッタ」

と話しながら、浮いている空き瓶の残像に指を向けてパチンと鳴らした。別に消さなくてもよかったが、目障りだ。
一真に視線を戻すと、あんぐりと口を開けている。

「どうした、何があった?」
「だって永准……今、らったったが」
ラッタッタ? 原付バイクならまだ同じ場所に停まっている。
「らったったって、初めて見たけど消すこともできるんだ!」
「ちょっと待て、ラッタッタはあそこに停まったまま……」
いや、ちょっと待った方がいいのは俺の方だ。
「ひょっとしてラッタッタって、さっきの空き瓶のことか?」
「そうだよ、空中に空き瓶が浮いてるのなんて初めて見たよ。“らったった”なんて名前も初めて聞いたし、都会はすごいね」
そっちか。そりゃ原付バイクなんかに驚くはずがないよな。それよりも
「さっきの空き瓶が見えてたのか!?」
「え? さっきからずっとその話をしてたんだけど……」
「み、見えてるのか……!」
「うん、“らったった”だよね」
「違うっ」
「違うの?」
「あれは……他の人には見えないもんなんだ」
「何それ、心霊現象?」
「そういうわけじゃない」
「じゃあ……呪い……?」

だからただの残像だ、幽霊でも呪いでもない。
説明しなきゃいけないのに、一真にも残像が見えたことが嬉しくてそれどころじゃない。まだ残像だったときには見えていた、一真になったらどうなんだろうと思ってた。見えるんだな、俺にしか見えない残像がお前にも見えるんだな。

「じゃあさっきの空き瓶は、他の人には見えてなかったってこと?」
簡単に説明したら、すんなり受け入れて納得していた。
「なんでその残像が突然見えるようになったんだろ」
一真が首を傾げている。
突然「見えるようになった」ことより、突然「人間になった」ことの方が謎としては大きいんだがな。まあ本人が知らないのだからどうしようもない。
「見えてるのは僕と永准だけ? 誰も知らないのか」
「そうだ、言っても誰も信じないしな」
「……永准がいてくれてよかった」

翌日からもお隣さん同士、2人で学校に行くようになった。
教室に入っても席は前後だ、必然的にずっと一緒にいるようになる。もちろん必然がなくても一緒にいるつもりだった。

体育のバトミントンやテニスのときは一緒にペアを組んだ。一真は上手くもなく下手でもなく、まごうことなく【平均】を地で行っていた。

美術の授業で「友人を描く」という課題が出たときもお互いの顔を描いた。一真の絵は上手くもなく下手でもなく、コメントに困るぐらいに平凡な絵だった。

「わかる、似てなくもないし下手すぎるワケでもないし感想も出しずらいよねー、いっそのことびっくりするぐらいヘタクソだったら笑えるのにな」
いつの頃からか、残像だったときの人懐っこい一真になっていた。
でも、教室や他のクラスメートの前ではこんな言い方はしない。
「絵はそんなに得意じゃなくて……」
とか、はにかむだろう。その少し恥ずかしそうな顔がますます皆のハートを掴むに違いない。気分が悪いな。
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