ホテル「ソラスフォレスト」と季節の人々 ~44歳男性コックと25歳女性コックの不器用関係と不思議なスタッフと~

物書き赤べこ

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第1章 宿り木ホテルと季節の人々

第22話 女子高生とアルバイトとアップルパイと

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 雪が静かに舞う冬の朝。
 ホテルのロビーには、ほのかに甘い香りが漂っていた。

「おはようございます! 高橋千夏です!お久しぶりです!!」

 元気な声とともに、千夏は半年ぶりにアルバイトとしてホテルに戻ってきた。
 ロビーに立っていた京子は、笑顔で迎えるつもりだったが、つい心の声が漏れてしまった。

「Welcome, Bienvenue, 환영합니다……お久しぶり、若いっていいわね」

「最後だけ思いっきり聞こえました!?」

「あっ……ごめん癖だから気にしないで!」

 厨房から結が顔を出す。

「おひさしぶりだね、覚えてる結のこと。よろしくね」

「はいっ!よろしくお願いします!」

 ぬくは足元で尻尾を振りながら、千夏を確認するように鼻を鳴らした。

「わぁ~かわいい!!ワンちゃん買い始めたんですね!!名前は何ですか?」
「ヌクっていうんだよ」
「ヌクかぁ~、ヌクよろしくね!!」

 千夏は微笑む。

 その日、厨房では特別な仕込みがあった。
 冬限定のアップルパイ作りだ。

「今日は千夏ちゃんにも手伝ってもらうよ」
 結がリンゴを見せると、千夏の目が輝いた。

「わぁ……美味しそうです!」

 まずリンゴを薄く切り、砂糖とシナモンで和える。
 ぬくは興味津々で、厨房の前をうろうろしている

「……待って、ぬくにはまだだからね」
 千夏は笑いながら、ぬくをそっと押さえる。

 奏も黙々と作業を進めている。
 無表情だが、パイ生地の扱いは丁寧で、千夏は横で見学しながら学ぶ。

「練習は大事だ。生地を扱う手は優しく、けれど確実に」

 千夏は真剣に手を動かし、結も細かくアドバイスをする。
 ぬくは厨房には入らないが小さく鼻を鳴らし、時折千夏のみつめる。

 フロントでは京子が声をかける。

「千夏ちゃん、アップルパイが焼けるまで、客室案内も体験してみてね」

「はい! 楽しみです!」

 客室に向かう千夏の後ろを、ぬくがちょこちょこと小走りでついてくる。
 廊下を歩く二人の姿は、ホテルの温かさを象徴しているかのようだった。

 焼き上がりのベルが鳴ると、厨房に戻った千夏の手元には、黄金色に輝くアップルパイが並ぶ。
 ふんわり香るシナモンとリンゴの甘さに、思わず息を飲む。

「……綺麗に焼けましたね」
 千夏は嬉しそうに微笑む。

「うん、なかなか上手だよ」
 結も笑顔で頷く。

 そのとき、奏がパイの一つを手に取り、千夏の前に差し出した。

「まずは味見だ」

 千夏は少し驚いたが、指示に従いフォークで一口。
 口の中に広がる甘さと酸味。冬の寒さを忘れさせる、心地よい温かさが体に染み渡った。

「美味しい……!」

 奏は無表情のままうなずく。
 その静かな承認だけで、千夏の胸に自信が生まれた。

 夕方、ロビーに戻ると、京子と快が待っていた。

「ねえ千夏ちゃん、アップルパイをウェルカムスウィーツとしてお客様に出すのよ。
 ぬく同伴で“冬の特別サービス”ってわけ」

「ぬくも一緒ですか!?」

「もちろん!」
 ぬくは尻尾を振り、まるで自分の仕事だと言わんばかりに胸を張る。

 客がアップルパイを受け取り、ぬくと千夏の姿を見ると、自然と笑顔になる。
 温かい笑い声が、ホテル全体に広がる。

 アルバイト終了後、千夏は厨房に戻り、結と奏にお礼を言った。

「今日は本当にありがとうございました! 半年ぶりでも、温かく迎えてくださって……」

 結は笑顔で頷き、奏は無表情のまま短く言った。

「よく頑張ったなこれからよろしくな」

 千夏はその言葉だけで十分だった。
 半年の成長と、自分を受け入れてくれるホテルスタッフへの感謝。
 そして、ぬくの存在も、心をほっと温めてくれた。

 夜、雪の中、ホテルの窓から灯りがこぼれる。
 ぬくが千夏の足元で丸くなり、アップルパイの香りがわずかに漂う。
 冬の寒さを忘れさせる、静かで温かい時間。

 千夏は心の中で小さくつぶやいた。

「また、このホテルで頑張れそうです……」

 厨房の奥で奏が鍋をかき混ぜる音。
 結が小さく微笑む。
 ぬくが小さく鼻を鳴らした。

第23話「2日目と女子とわんことレアチーズケーキ」につづく
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