ホテル「ソラスフォレスト」と季節の人々 ~44歳男性コックと25歳女性コックの不器用関係と不思議なスタッフと~

物書き赤べこ

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第2章 季節の変わり目は複雑な天気に

第91話 三次審査通知

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 昼下がりのロビーはいつもより静かだった。

 チェックアウトが一段落し、
 チェックインまでのいわば“空白の時間”。

 結はフロント奥のデスクで帳票を整理していた。

「……あれ?」

 自動ドアの向こうに立つ男に違和感を覚える。

 スーツ姿。
 だが客ではない。

 歩き方に逡巡がない。
 場所を知っている人間の足取り。

 京子も気づきさっと背筋を正した。

「いらっしゃいませ」

 男は名刺を差し出した。

「日本料理技術協会の者です」

 その瞬間結の心臓が一拍遅れて鳴った。

 応接スペースに通された男は年齢四十代半ば。
 柔らかい物腰だが無駄な言葉は一切ない。

「本日は二名の方にご用件があります」

 結と公。

 名前を呼ばれた瞬間、
 公は「あー……はい」と分かりやすすぎる反応をした。

「郵送ではなく直接お渡しするよう指示がありまして」

 男は封筒を二通机の上に並べる。

 厚みがある。

 それだけで一次や二次とは違うことが伝わってきた。

「――おめでとうございます。2次試験突破通知と三次試験の通知です」

 室内の空気が目に見えない形で張り詰める。


 開封はその場で。

 そう言われ結は一度だけ深呼吸をしてから封を切った。

 紙の音がやけに大きく響く。

 内容を読み進めるうち眉がほんのわずかに寄る。

「……グループ審査?」

 思わず声に出ていた。

 男がうなずく。

「四人一組で調理していただきます」

 公が顔を上げる。

「四人でひと皿?」

「はい、グループで一皿を作っていただきます。」

 結の視線が文字を追う。

 “グループの総合得点で高得点を獲得した上位2グループのみが三次審査突破”

 つまり。

 協力戦。

 足を引っ張るものがいた場合は連帯責任で敗退となる

「……えげつないですね」

 公が正直すぎる感想を漏らす。

 男は苦笑しない。

「三次はそういう試験になります」

「課題食材は――」

 男は一拍置いた。

「海老」

 その単語が落ちた瞬間、
 結の脳裏にいくつものイメージが浮かんでは消える。

 火を入れすぎれば固くなる。
 足りなければ、生臭さが残る。

 主役にも脇役にもなる。
 だが誤魔化しは効かない。

「なお」

 男は続ける。

「調理ジャンルの指定はありません」

 それは自由であり、
 同時に逃げ場がないという意味だった。


 通知を受け取り男が去ったあと。

 しばらく誰も口を開かなかった。

 最初に声を出したのは公だった。

「……グループ、かぁ」

 腕を組み天井を仰ぐ。

「絶対クセ強いのと当たるやつじゃん」

「公」

 結が苦笑する。

「自分も含めてでしょ」

「それな」

 二人の会話を少し離れた場所から見ていた奏は何も言わなかった。

 ただ、結の手元の紙に一瞬だけ視線を落とす。

 厨房。

 仕込みの合間に噂は一気に広がった。

「三次グループなんだって?」

「え、個人戦?」

「四人で同時調理って……もう戦場じゃん」

 京子が腕を組む。

「しかも海老?」

「……難しい食材っぽいですね」

 川谷が低く言う。

 木島は、黙って聞いていたがやがて口を開いた。

「一人で完成させなきゃいけない場所でそれでも“個”を見せろってことだ」

 結はその言葉を噛みしめる。

 これまでの審査は、
 自分と料理だけの世界だった。

 だが次は違う。

 他人の気配。
 他人の技。
 他人の皿。

 その中で、自分は何を出せるのか。

 夜。

 結は一人冷蔵庫の前に立っていた。

 中には明日の仕込み用の海老。

 殻越しに見ても分かる張り。

「……海老か」

 指先でそっと触れる。

 まだ何も決まっていない。

 だが。

 胸の奥に、
 確かな熱が灯っているのを結は感じていた。

 三次試験。

 ここからは、
 “料理がうまい”だけでは足りない。

 それでも――

「行くしかないよね」

 独り言は静かな厨房に溶けた。

 その背中を、
 少し離れた場所から奏が見ていた。

 言葉はかけない。

 だがその視線は確かに“次の戦い”を見据えていた。

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