ご所望の品お売りします

雫流 漣。

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自販機「はじめてのおつかい」

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ピピピピピピ!
ピピピピピピ! 
ピピピピピピ!

「なんだよう~これ」

優斗は口をへの字に曲げて
懸命に涙をこらえている。

ピカピカの百円玉が一枚と
五十円玉が一枚。

(優くん、幼稚園の年中さんになってちょっと大人になったわねぇ。お祖母ちゃん150円あげるから、角の薬屋さんの自動販売機まで、一人でジュースを買いにいけるか冒険してみる?)

優しいお祖母ちゃんがくれた大切なものなのに。
それも二枚も。


「返してよう~」

小さな手をグーにし自動販売機をドン!と叩く。
とてもとても、下の位置を。


すると、
ピピピピピピ!!
ピピピピピピ!!!

「アタリデス。オ好キナボタンヲ押シテクダサイ」


優斗の目が丸くなり、
握りしめた小さな拳が緩む。


「え」


(ジュースの機械が…しゃべったあ…!!)

淡々としたイントネーション。声というより音に近い。
楽器でいうなら高音のエレクトーン、それが隙間を開けず同じ台詞を繰り返している。


「おねぇちゃん、なぜここにいるの?機械のなかに住んでるの?」


「アタリデス…オ好キナボタンヲ…」

変わらぬ口調が優斗の質問に答えた。


思わず飛び退いて、前屈みの姿勢を保ったまま、ごくんと生唾を飲む。


「誰に閉じ込められたの?
ご飯は食べれてる?きっとものすごくおなかすいてるよね…」


「アタリデス…」


腹ぺこなんだ、おねぇちゃん。かわいそう。
さっきは叩いてごめんね、
優斗が目に涙を浮かべて謝る。


ピピピピ、ピ…ピ
ピ…ピ…ガガガ、ピ

突如、お知らせ音に雑音が入った。変則的なリズムで間に挟まる濁音。デジタルのルーレット盤がぐるぐると回転しながら不規則に明滅している。



「アタリデ…スオ好キナ、ギギギ…ボタン…ガガ…ヲ」


「なにか食べたいものある?」


「アタリ…メ、オ好キ…ギギ、ギ」


(アタリメ?どうしよう聞いたことないよう…)


「ごめんね、おねぇちゃん。
僕それわかんないんだ。
ほかに食べたいもの、ある?」
悲しげに首を振る優斗。


「オ好キ…ナ、ボタ…ンモ……チ、グ、ギギギ…ガガ」


「それなら僕しってるかも!」
目を輝かせる優斗。


「ちょっと待ってて、いま取ってくるから!それまで死なないでね!」


150円が未回収なことなどすっかり忘れ、優斗は走り出した。


全力疾走。
もつれる足で、懸命に走る。


「お祖母ちゃん、大変大変!」


「あらあら、早かったわねぇ…優くん」

コタツに座ってみかんを剥いていたお祖母ちゃんが、にっこりした。


「違うの、お祖母ちゃん、茶ダンスのおやつちょうだい!」


「いいわよ。お友だちと食べるなら二つ持っていきなさいね」


「ありがとうお祖母ちゃん!」
大急ぎでお菓子をひっつかみ、優斗は再び自販機に向かって走り出した。





「おまたせ!」
はあはあ息を切らして肩で呼吸をしている。


「これで…合ってる?」

優斗が両腕をまっすぐ突き出す。広げられた小さな両の掌に、大事そうに二個。


「当タリデス…!」


「良かったぁ!」

どうぞ召し上がれ、
と声をかけてから…
ぼた餅をひとつ、
自販機の下部にある飲み物の取り出し口に入れる優斗。


その瞬間、ガーガーうるさくがなり立てていた音が一斉に止まった。



十秒。



三十秒。



「あれ?どうしたんだろう」
首を傾げてちょっと考えこむ。


次の瞬間、ハッとした表情を浮かべ…
なごり惜しそうに手の上のぼた餅を見つめ。


「えい」

思い切って、手に残った
もうひとつのぼた餅も投入する。



一分。



二分。



目の前の機械は黙ったままだ。


…と。
がこんと音がしてペットボトルの緑茶が一本、続いて二本。
なんて律儀な自動販売機だ。


お茶を取り出し、頭をくっつけて中をのぞき込む。
優斗の考え通り、そこにぼた餅の姿はない。


「良かったね、おねぇちゃん。大丈夫?2個で足りる?」


ウィンクをするように、
自動販売機のパネルが上から下、下から上へと軽やかに点滅を繰り返す。


「良かったあ」

優斗が大きな声で笑った。
とても嬉しそうだ。


「このお茶、おばあちゃんと二人で飲むね。ありがとう、おねえちゃん!またね」


二本のペットボトルを抱えて走り去る優斗を見送るように、
爽やかな電子音がメロディーを奏でている。
曲がり角を曲がって優斗の姿が消えたと同時に、音楽はぱたりとやんだ。


機械に、フリーダイヤルの番号が記載されたシールが貼られている。


《故障の際のご連絡は下記の
Kカ・Kーラボトラーズ社まで》
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