初日の出と柘榴石【石物語 1月号】 (R-18)(颯太×千尋 1)

るりあん

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おみくじ、引く?

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 根ノ島の島内にある小さな神社は、縁結びの神様ということもあって予想通りカップルが多かった。
 混雑はしているけれど、ギュウギュウってわけではない。初日の出を見終わった人たちは、もう帰ってしまう時間だったし、家で年越しをした人たちには、まだ初詣には早い時間なのだろう。
 そんなこともあって、思ったよりもすんなりと本殿の前につき、正面でお参りすることができた。

「あ、ねえ。私、おみくじ引きたい」
「おみくじ?」
「引かない? 今年最初の、運だめし」
「引かない。俺、絶対大吉だもん」

 出たよ、意味もない自信。
 颯太のその自信が、どこから湧いてくるのか、すごく興味ある。

「引きたいなら、ついて行ってやってもいいぞ?」

 大吉なんて、ほとんど引いたことのない私は、その申し出を「……横から結果を見て笑われるのいやだから、いい」と断った。

「じゃ、ここで待っててやるから、お前、一人で行って引いてこいよ」

 颯太は、参道から少し外れた大きな木の下を差した。その位置からなら、社務所もその周辺も、見渡せる。
 人は多いけれど、はぐれてしまいそうなほどではないと判断した私は、颯太を残して一人で社務所へ向かった。
 おみくじをお願いしたとき、きれいに並べられているお守りに目がとまった。

「はい、四十三番、どうぞ」

 筒の中から出てきたおみくじ棒と交換に、一枚の和紙を頂く。それから、ちょっと悩んで、さっき目を止めた、ストラップ型のシンプルなお守りを一つ受けた。
 邪魔にならないよう、おみくじを結ぶために設けられた場所の近くに移動する。そっと開いた紙の上部にあった大きな文字は、末吉だった。
 いまだにこれが、順番で言うとどのあたりの位置にくるのかよくわからないけれど、まあ、『吉』ってついているのだから、悪くはないのだろう。
 で、今日始まったばかりのこの恋愛の行く末は――

 待ち人――待て

 その二文字を見た時、颯太が遠いところへ行ってしまうという事実が、再び私の視界を滲ませた。
 認めたくない事実をつきつけられたような気がして、私は、その気持ちをどこへぶつけていいかわからなくて。
『待て』って、私にできることは、それしかないじゃない。そんなこと、こうやって、いちいち示されなくても、分かってるわよ――と、とりあえずおみくじに当たってみた。
 なんだって、颯太は、出発が迫ってきた今になって、あんなことをしたんだろう。
 言うなら、どうして、もっと早く言ってくれなかったのか。
 あるいは、どうして、黙っててくれなかったんだろう。知らなかったら、こんな気持ちには、ならずに済んだのに。
 こんな関係にならなければ、颯太を激励し、笑顔で見送ることも出来たかもしれないのに。
 ほんの数時間前までは、颯太から電話で誘ってもらえるだけでも嬉しかったのに、今は、颯太がいなくなるのが怖くなっていた。
 なんて、欲張り。
 
 戻りが遅い私を心配してなのか、颯太が人ごみの向こうから私を見つけて、こっちへ歩いて来るのが見えた。
 私は、颯太に分からないように、そっと袖口で涙を拭う。
 ほんの数時間のうちに、私は、なんて涙もろくなっちゃったんだろう。
 それもこれも、みんな、颯太が悪いんだ。

「どうだった?」
「うん。……悪くなかった」
「俺をゲットしたんだから、当然だな。今年のお前の運は、最高に決まってる」

 私は、曖昧に笑うことしかできなかった。
 颯太の表情が、私の肯定を待っているのが判ったけれど、私は、思い出したように「あ、そうだ」とポケットから社務所で買った小さな袋を出して話を反らした。

「これ、颯太に」

 颯太が袋を逆さまにすると、赤黒い石のついた組紐のストラップが、彼の大きな手の上に転がり出る。

「学業成就だって。良かったら、お守りにして」

 親指と人差し指で摘むように持って、颯太は丸い石を、鑑定でもするかのような目つきで下からのぞきこんだ。
 そういえば、最近颯太のお母さんは、パワーストーンにはまっているのだと、うちのお母さんが言ってたっけ。

「ガーネットかな? サンキュ」
 
 颯太は早速それを自分の携帯電話につけ始めた。

柘榴ザクロ石、って書いてあったよ?」
「柘榴石って、ガーネットのことだよ。――気が合うな、俺たち」

 ストラップをつけ終わった颯太が、ふふんと笑い、ダウンジャケットのポケットから小さな箱を取り出す。

「なに?」
「いいから、開けてみろよ」

 促されて箱を開けると、そこに入っていたのは、ワインレッドが美しい、スリムなハート形のピアス。「気が合う」の意味がわからなくて、黙ってピアスを見ながら考えていた私に、颯太が、「それも、ガーネット」と言った。

「どっちもガーネットなの?」

 私は颯太の手の中のストラップの石と、自分の手の上にあるピアスの石を見比べる。颯太がくれたピアスの石は、ストラップについていたどす赤い――ほとんど黒に近い不透明の石とは全く見た目が違う、ほんのりと紫がかった大人っぽい赤色で、とても透き通っている。

「結構高かったんじゃない?」
「おかげ様で……、クリスマスが潰れました」
「クリスマスって、綾菜と――」

 颯太が、小さく舌打ちして、私の言葉を遮った。
 
「お前、まだ言ってんのか? 確かに、綾菜とクリスマスには会ったよ。ただし、バイト先で、だ。――で、俺がバイトしてんの、千尋には内緒にしておいてほしいって頼んだんだ」
「それって――」
「それのために、決まってんだろ」

 私は、颯太が指差したピアスに目を落とした。
 だから、あの時綾菜は、あんな風に嬉しそうに誤魔化したんだ。

「もし、私が……颯太のこと、好きじゃなかったら、どうしてたのよ」
「それは、考えもしなかったな」

 どんだけ、自己中心的なんだろう。
 あるいは、私の気持ちは、最初から颯太にはバレバレだったのか。

「でも、ほんとに、偶然。どうして、この石を選んだの?」
「店員のおススメ」

 ……。そうだ。颯太は、昔からそういうヤツだ。何かをするのに、深い意味なんてなくて、たいていは思いつきで行動する。それで、上手く行くんだから、よほどの強運の持ち主なんだろう。
 それでも、颯太が、私のために買ってくれたのだと思うと、胸の奥が熱くなってきた。

「――その店員が言うには、ガーネットってさ、昔から、大切な人との別れの時に再会を誓って交換し合った石なんだって」

 鼻の横を人差し指で掻きながら、颯太が背を向けた。
 どんな顔をしているのか、分からない。けど、背を向けるってことは、きっと、照れているところを見られたくないからなのだろう。

「そっか……ありがとう」

 私は、それを早速耳につけてみせた。

「少し、大人っぽかったか」
「自分で選んだくせに」

 前を歩き始めた颯太のダウンの肘の部分を、私はそっと摘む。
 それだけでも、私にとっては、進展だ。

「俺が、帰ってくるころには、それが似合う女に、なってろよ」

 颯太が、私の手を取り、腕と脇の間を通すようにぐいっと引っ張った。
 必然的に、腕を組み、密着度が増す。それに比例して、私の頬の温度も上がった。
 私がそうなったのを確認して、颯太は、とどめを刺すかのように、赤いピアスの揺れる耳元に口を寄せた。

「それ、子宝にも恵まれる石なんだってさ――」

 私の頬は、これ以上ないくらい真っ赤になったと思う。
 多分、今朝見逃した初日の出の空も、負けないくらいに。

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